春のおまもり 12
ジーンが俺の家に来てから一週間ほどで、俺のお供たちは予想どおり仕事の休みの日に現世に来て庭で駆け回っていた。縁側でボール遊びしたいシロに向かってぽーんと投げてやると、柿助も混ざって走って取りに行く。そんな俺の隣でもっふり座ってるのがルリオだ。こいつは一見クールで実際冷静だけど、ピヨちゃんなので俺をママだと思ってる節がある。
つまり心の中では一番甘えんぼうで、遊んでもらうよりはお膝にいたい派。
「あ!亡者だ!亡者がいる!」
ボールを持ってへっへっへっと駆け寄って来たシロが、起きて来たジーンに気がついてぼろっとボールを口から落っことす。
そして足元をビョッビョッと飛ぶ。初対面でそれやられたら割とびっくりするだろ。
太ましい身体をわっしりと掴んで抑える。
「ごめん、驚いたろ」
「あ、いや、……可愛いね」
ジーンは狼狽えてはいたが犬に怯えるタイプではなかったようで、俺が抱き上げたシロを撫でた。
もう飛びつかないだろうと思ってシロを地面におろす。まあ相変わらずジーンに興味があるみたいでふすんふすんと近寄っていったけど。
「なんで亡者が?お迎え課に言っておこうか?」
「あ、ううん、ちょっと事情があって」
柿助はさっきシロが落としたボールを拾って持って来てくれた。
ボールを拾ってくれたことはお礼を言って頭を撫でたけど、お迎え課はちょっと待って欲しい。
そもそも日本人じゃないので、お迎え課でいいのかもよくわからない。
「事情って?」
「身体を探すんだ」
ルリオもシロも首を傾げて俺を見てたが、身体を探すと言った途端はあ!?と驚かれた。
言っちゃ悪いが、亡者のよくあるお願いにいちいち付き合ってたら身が持たないってことである。
俺だっていつでも付き合うわけじゃないっての。
普通だったら警察と遺族に任せようと説得してる。
「生前は霊能者だったから、しばらく助手をしてもらおうと思って」
「使役霊か、ならまあいいんじゃないか」
「使役ってほどでもないんだけどなあ……」
「じゃあペット?───キャワン!」
さすがにシロの頭にゲンコツ落とした。
ずーっとお前らのことペットだと思ってたけど、それはもっと人聞きが悪いじゃないか。
「さすがに人のことペットにしないだろ、俺たちもいるんだし」
「あ、そっかあ。でもほら、もしペットなら俺たちの新しい仲間かなって思って」
「いやでも、そういうことなら、まあ仲間に入るんじゃねえの?」
お前たちペットの自覚あったのか。
「なんかごめん、ペットとか主従とか気にしなくていいから」
「ううん、桃太郎のお供の仲間に入れるってことかな?光栄です」
「わー、ジーンさんっていい人だね!」
シロはなんだか嬉しそうだし、柿助もルリオも嫌がってないようなのでよかった。
でもペットはやめよう。最初に俺がお前らのことをペットだと思ったのが悪かったから。
夏のボランティア活動の合間に、ジーンが生前最後に会いに行ったという霊媒の人に話を聞きにいったんだけどその人はジーンの霊を目にすることはできなかった。
本人の意向で、ジーンが亡くなったということは伏せて、友人の霊がそばにいる気がするのだと言って聞いてみた。
なんとなく気配は感じるけど、うまく俺の空気に溶け込んでいて、わかりにくいらしい。
ジーンの方も霊媒に波長が合わせられないというし、はわわ……もしかして俺が邪魔を?あ、違うらしい。
そもそもジーンは今までも自分のことを感じられる人には会ったことがなかったし、ナルを除いては俺が一番合うらしい。あと谷山さんもなんとなく合いそうって言ってた。
ただナルと谷山さんは霊感がほとんどないので難しいのだそうだ。
「俺は見えたり触ったりできても、霊のことはわかんないしなあ」
「しょうがないよ」
溜め息をつくと、ジーンは苦笑した。
身体を探して欲しいとはいっても、自分でもろくに覚えてないので負い目があるのかもしれない。
とりあえず帰り道はジーンが行った道を辿る。
ここだ、と小さな声で呟かれた場所で立ち止まった。
事故の跡はなにもない。地面を見ていた俺とは違いジーンは目線を高く遠くへやる。
「この景色、間違いない」
「そう」
最後に歩いていた道の景色を見ているジーンと一緒に、俺も昼間の山が見える風景を眺めた。
身体はどこへ行ったんだろう、遠くを見ても道などなかった。
あ、花を買ってくればよかったなあ。
ジーンが最後に会った霊媒以外にも、サイコメトリーに富んだ人に聞いてみるべきかな。
俺が探すのを手伝うと行った以上、俺が何かしてやりたいところだけど、事故現場を見てもジーンと話をしても手掛かりがほとんどない。
オリヴァー・デイヴィス博士はかつて、霊媒の大半はサイコメトリーをしていて、霊の過去や思念、伝えたい感情を読み取っていると見解していた。そして博士自身は霊媒ではなく本当のサイコメトラーだ。
おそらくだけど、ジーンの身体の行方を捜している彼は、ジーン本人よりも今の状態について詳しいかもしれない。
「ねえ、ナルがジーンの死を知ったのって」
「サイコメトリーしたんだと思う」
「じゃあ、身体がどこにあるのかも?」
「景色は知っているかもね、でも見つかってないってことは、道がわからないんだろう」
博士とか渋谷さんっていうとジーンがしっくりこないので、俺もナルって呼んでたらすっかり定着している。今度本人に会ったらうっかり呼んでしまいそうだけど、以前博士と呼んだ時にびっくりしてたので薄々俺が素性を知ってることに感づいてるだろう。
「特徴を聞いて俺でもわかるといいんだけど……」
「そうだね。でも急がなくていいよ、は忙しいんだし」
「別にそんな忙しくもないけど」
バイトに大学にボランティア活動やってればそりゃあ毎日のように出かける用事はあるけど、時間に追われているわけでもない。
夏休みが終わりたてのころは大学がちょっと立て込んでたから、それを勘違いしてるのかも。
逆にバイトの日数は減らしたのでちゃんと調整できてる。
「来週末はバイトも入れてないし、行ってみようか。あ、オフィスの詳しい場所知らないや」
「麻衣に聞いてみる?たしかメールしてたよね」
「うん、時々〜」
ジーンはイマイチ、オフィスの場所に自信がないようだった。
谷山さんと俺は連絡先交換をしてからたまにメールを交わす仲で、バイトの話や高校の話、コンビニの新商品の話をちょこちょこする。
実は両親のいない天涯孤独の身で、基本的に自炊せず朝は食パンか菓子パン、昼はコンビニ弁当か学食、夜もコンビニ弁当かスーパーのお惣菜にインスタント食品だというからショックを受けたのはナイショだ。
渋谷サイキックリサーチのバイト代は良いらしく、生活には困ってないというけど、俺は成長が心配である。
男子大学生が女子高生にお弁当を差し入れても良いのだろうか……。
忙しくない日時とオフィスの所在地を聞き出した俺は、何日の何時頃に伺いますのでよろしくお伝えくださいと約束をした。
谷山さんがナルにそれを伝えて、もし違う日がいいとかだったらまたメールをくれることになってるけど、翌日大丈夫だと連絡が来たので予定は決まった。
「なぜ麻衣にだけ連絡先を教えた」
そしてオフィスにお邪魔したら、開口一番に問いただされた。
となりのジーンは「ナル、拗ねてる」と笑ってる。
「拗ねてんの?」
「すぅ!?……あ、なんでもない……アハハ」
ジーンの言葉を聞いて思わず聞き返してしまったが、谷山さんが素っ頓狂な声をあげて慌てて口を押さえて逃げた。お茶入れて来ますって。
「谷山さんはたまたま二人になったから…み、みんなのいるところで聞くの、恥ずかしくって……」
全員教えてくれるかわからなかったし、とモジモジ言い訳するとため息交じりに連絡先を教えてくれた。
「あたしみたいなバイトならともかく、くんって有名な霊能者だったんでしょ?全員喜んで交換してくれると思うなー。はいアイスコーヒー平気?」
「いやいや、そんな、謎で有名だったんだと思うよ。ありがとう、いただきます」
連絡先を交換し終わってソファに座ると、谷山さんがアイスコーヒーを手に戻って来た。同じ部屋の衝立ての向こうにキッチンがあるので会話は聞こえていたらしい。
「ナルなんて前の森下さんちで、ぼーさんと綾子にいつのまにか連絡先聞いてたんだから」
「僕は今後の業務を円滑にするために聞いたんだ、お前と違って」
「あたしが遊びで聞いたっていいたいのかあ?」
引きつった顔をしてトレイを持った谷山さんの両手が震える。
「俺から持ちかけたことだから……軽率でしたごめんなさい」
「べつに、そうは言ってない」
「そうだよ、ナルはただ文句言いたいだけ、拗ねてんのね」
「うるさい。ところで、今日のご用件は?」
どこぞの鬼神と神獣のしょっちゅう血が出る喧嘩とは違って、子犬と子猫の可愛いケンカだ。爪を出さないか心配だから止めたいけど、短い手足を振り回して互いにもふもふ暴れてるだけみたいな、眺めていたいやりとりは、そもそも俺が原因というか客人ということもあって、すぐに視線が集中した。
「あ───ああ、ナルにちょっと相談があって」
「……所長室で聞こう。───麻衣はここで仕事の続きを」
ナルは少し考えた後立ち上がって、去り際に谷山さんに向かってなぜかふっと笑う。
まるで勝ち誇ったような顔だったので、谷山さんはぷっく〜と顔を膨らませた。
かわいそうだったので、谷山さんの頭を遠慮がちにひと撫でしてすれ違い、渋谷さんの後を追った。
next
みんな好き好きももたろさん。 新しい試みとして、主人公のこと君付けの麻衣ちゃんです。
主人公は麻衣ちゃんじゃなくて麻衣さんって呼ばせてもよかったけど、さすがにそこまで桃太郎じゃないのでたまーに麻衣ちゃん、普段は谷山さんにします。
Aug 2018