春のおまもり 13
ジーンが見えていることを話しても、あまり驚かれなかった。いつからだと聞かれて、谷山さんの学校の旧校舎を調査した時からだと答える。そして森下家では霊の心情を読み取るのを助けてもらったことや、軽い気持ちで助手をしてみないかともちかけ、代わりに彼の身体の場所を探す約束をかわしたことを伝えた。「普段は意識はぼんやりしてて、調査中になると覚醒してたみたいだ。霊や霊能者がたくさん集まって気が高まったのかな」
「そうかもしれないな」
ナルはゆっくり足を組む。
「それで、今はについて行ってるのか」
「うん、今じゃほぼ覚醒状態のようだけど……何か異変は?……あそう───ないって」
「ふうん。まあそれはいい。……身体について、ジーンは何か手がかりがあるって?」
ジーンが首を振ってるのをチラッとみてから同じように俺も首を横に振る。
「ジーン曰く、ナルの方がむしろ見ていたんじゃないかってことで、今日話を聞きに来たんだ」
「そう」
「……無理にとは言わないけど」
不躾なことくらいわかってるので、指先をいじいじして空気をごまかす。
ナルが口にした最後の光景は、ちょっと想像してたけど信じたくなかったものだった。
ジーンを車で撥ねた人間は、とどめを刺すためにもう一度車に乗り込み轢いた。
そして身体を持ち去り、隠蔽し、遺棄。湖とか、大きな池のようなものに沈めたとナルは考察している。
サイコメトリーする時の特徴として、死んでいる人間が対象の場合は緑色にぼやけた視界になるそうなんだが、その切り替わりの瞬間というのを見せつけられた彼の心情は俺には想像ができない。ましてや双子の兄が対象である。
「話してくれてありがとう」
「参考になるか?」
「方角も地名もわからないとなると、俺も同じようなことしかできそうにないなあ」
ナルは日本中のそれらしいところを見て回っているらしい。つまり、手分けして探すしかなさそうだということになる。
「車のナンバーや、運転手の詳細もわかんない?」
「さあ……そんなの聞いてどうするんだ」
「身体の居場所を一番知っている人物に聞くのが手っ取り早いから」
「どんな素性の人間かもわからないんだ、接触するなんて危険だろう。目撃者もいないようだし……」
内心、ナルがすごく落ち着いていることと、ものすご〜く慎重なことに驚いた。
「どうやって口を割らせるんだ?殺したはずの人間と瓜二つの僕を見たら、どうなると思う?」
そこは手段のとりようだとは思うんだけど、方向性の相違にどういってもしょうがない。
肩をすくめて、これ以上犯人については聞かないことにした。
あまり二人で内緒話をしてたら谷山さんもかわいそうだし、情報共有はできたので所長室を出た。
俺を見て、ぴょこっと耳を立ち上げて寄ってこようとするわんちゃんみたいな谷山さんだったが、ちょうどよく違う部屋から出てきたリンさんに注意がそれる。
リンさんは真っ先に俺の姿をみとめて、驚いたみたいだった。
「どうしてここへ?」
「ちょっと相談」
「ナルに?そうでしたか」
隣にいるナルを示しながらいうと、リンさんはすぐに納得した。
しかし、相談なら自分に言ってくれればいいのに、と言いたげなお顔である。
そういえば俺って会ってた回数が一番多いのはリンさんかもしれない。
「最近見かけないのは、相談事に関係が?」
「ああ、いや……あすこは今除草してて早朝は業者さんがきてて……しばらくお休みにしてるんですよ」
「そうでしたか。たしかに草がさっぱりしていましたが、思い当たりませんでした」
公園での健康法愛好会の集まりは最近、以上の理由で場所を変えている。連絡網が組まれてるので、集まりに正式に参加してないリンさんには伝えようがないことだった。
それに、毎日頻繁にきてるわけじゃないし、来るときは出勤の少し前の時間で、俺がおじいちゃんおばあちゃんとのほほん話してる時が多い。
そういうわけで、除草の業者さんの存在も気にしてなかっただろう。
「じょそう?業者?なんの話?」
谷山さんがきょとんと首をかしげるのと一緒で、ジーンとナルもそういえば二人はどこで知り合ったんだ、と声を揃えていた。
「リンさんは俺のバイト先の整骨院の患者さんで親しくなって」
「春野さんが朝、公園で太極拳をやると聞いたので、たまに見学を」
「本格的なものじゃなくて、夏休み子供が多いときはラジオ体操だったし、色々変わるんだけどね」
「へっええー」
谷山さんは想像が追いつかないような顔でゆっくり頷いた。
三人のいるオフィスを後にして、帰り道でリンさんの連絡先を聞くの忘れてたと思い至った。あうっと一人で足を止めた俺についてたジーンが首をかしげる。
「大丈夫だよ、見てたところ、リンはすごくのこと気に入ってたし。今度会った時に聞いたら」
素直に相談すると、ジーンは緩く笑った。
確かに俺は、リンさんに好かれている自覚はある。
ただ、多分一番仲が良いと思われるリンさんを後回しにしてしまったことが、なんとなく気まずいだけだ。本人はきっと気にしないだろうけど。
数日後、公園の除草が終了したし、涼しくなってきたので少し遅い時間にいつもの場所で体操教室が再開された。
リンさんが差し入れの飲み物を持って訪れたのはそれからまた数日後のことで、おはようの挨拶をして早々に連絡先を聞かれた。もしかしてナルや谷山さんから連絡先交換したことを聞いたのだろうか。
「あの、聞くの遅れてごめんなさい」
「え?」
あれ、これはおこがましいか?
「連絡先、聞こうとは思ってたんですけど、タイミングがわかんなくて」
「ああ、いえ。私も以前からずっと……」
なんか告白してるみたいな会話になってきた気がする。
「ほんとはリンさんが一番聞きやすかったから頼もうと思ってたんですけど、たまたま谷山さんと二人になったときがあって……そいで、オフィスに顔だしたらそのことを知ったナルが交換するっていってくれたから」
「───ナルや谷山さんは知っていた……?」
「??聞いてなかったですか?」
「ええ、何も。ユージンの件で話をしに来たとしか」
谷山さんがナルにアポとったとき、きっとリンさんはいなかったんだろうな。
あの職場、情報共有がちょっと杜撰では……。いや、俺もお得意先なわけでもなかったし、ナルに会いに行くって言ってもらって良い?ってバイトちゃんに頼んだ時点でたいした用ではないと思われても仕方ないか。
ぷにぷにと液晶画面を弄って、リンさんの名前の加わったアドレス帳を確認する。
「春野さん───モモタロウはあまり素性を明かしませんから、そういう意味で連絡先もトップシークレットだと思っていたのでは」
「あー、そう、なの?俺も聞く方じゃないですけど、一切聞かれたことがなかったので……嫌われてるのかと」
「まさか」
リンさんはふっと笑った。
「本名はちゃんと名乗ってるし……勘違いだと思うんですよね、素性が知られてないっていうのは」
「では、誰もが秘匿したかったのでしょう、あなたのことを」
どういう意味なの。
「私もナルも、わざわざ春野さんのことを言いふらそうとは思いません、そういうことです」
え、よくわからない……わからないよう。
ジーンに後で聞いてみたけど、そのままの意味だというし。悪い意味じゃないのかって聞いてもありえないと間髪入れずに否定された。
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連絡先交換に緊張しすぎじゃないかって思うので、これ以降はあっさりしれっと交換させときますね。
本当は麻衣ちゃんあたりだけが知ってて、ぼーさんと綾子がぐぬぬう!ってしたところ書きたかったんですけど。
Aug 2018