Sakura-zensen


春のおまもり 14

俺の家で暮らす幽霊はねぼすけだ。反して俺は早い方で、毎朝庭の薬草の手入れをするし、桃の収穫もするし、その桃の保存調理をするし、なんだったらみんなの朝ごはんを作ったりだとかもする。そいでもって運動して瞑想して、学校にも行くのでなかなかに健康的な生活をしている。

部屋を与えて寝起きはそこで、と言ってはいるが、実際現世にいる亡者が寝起きするのかは定かじゃなかった。
あの世へ行くと霊とはまた違う魂の状態になり人と離れた感覚になるが、一方で健やかな生活を送る余裕ができる。この世で彷徨う霊は、時間の経過だとか日常には縁遠いので朝起きて動いて夜眠るという行動を忘れがちだ。
なので、俺との生活を合わせるため、そして毎日つきっきりでいるのもどうかと思ったために部屋を与えた。そしたらまるで普通の人間のように過ごすことを覚え、おまけに俺より怠惰に眠ってることが発覚した。いや、やることないので寝てるのは正しいのか?
いっそ俺と一緒に寝起きしてみれば、と最初のうちは声をかけて、ジーンもそれに応じて頑張って起きて来たけど、桃の木下でうとうとしてるのをみてからは寝かせてやろうかなと思うようになった。

「明日はいつもより早く起きて、出かけるから」
「あ、うん。依頼?」
「いや、お参りっていうか、挨拶かな」
早起きが苦手といっても、俺が声をかければ応じるので朝そうすればいいのだけど、一応前日にジーンに断りを入れておく。
一緒に過ごすようになってからは大抵、相談や依頼を受けるところ、学校やバイトの予定を組む段階からみてるジーンは、予定なんてあったっけ、と首を傾げていたがこれは一人で思い立って決めたことだ。
「毎年この時期になると行ってるんだけど、今回は特にしっかり顔だしてみようかなって」
「この時期……お参りって言ったら、もしかして出雲?」
「よく知ってるなあ、そう。遠いから早く家を出るよ」
神無月は八百万の神様たちが出雲に集まってちゃんぽんしてる、というのが俺の中の常識だがまあ諸説ある。
縁結びという名の神様の暇つぶしから、信仰から人生の諸般まで様々なことを神議が行われて決められてるのだとか。
地獄の主神として、閻魔大王も顔を出していたりする。
そして俺も毎年誰かしら神様に会えるかなあ、なんてひょっこりのぞいているわけだ。
ちなみに会う確率が高いのは木霊さんで、まあ木々を通して俺が行く日を知って迎えに来てくれたりとかする。
「今回は特にしっかりって?」
「ん、縁結びの相談かなあ」
「縁結び?……だれと?好きな人いるの?」
そわそわ、というか、びくびくと俺を見る。
「結びたいのはきみに関する縁だな」
「ぼく?」
ぽかん、としたジーンに苦笑する。
「正確にいうと身体が見つかる縁というか……」
口にはしないが、犯人と俺の縁を結べれば、と考えている。
木霊さんは万物の木の精霊さんなわけだし、ジーンを見て何か思い当たれば僥倖。イワ姫がジーンの顔を見てテンション上がってくれればもっと嬉しい。協力してくれそう。
「いわば困った時の神頼み。縁結びシーズンで酔っ払ってるから、ほいほい聞き受けてくれそう」
「そ、そう……?」
「日本の神々ばっかりだし、しょっぴかれないから安心して」
ぽんぽんと背中を叩いて、久しぶりに浮世離れした話をされて驚いてるジーンを置いて部屋に戻った。
翌日はもちろん俺が起こすまではすやすやしていて、出かける準備を整えた俺にひっぱられて家を出た。


出雲までは飛行機でびゅーんすればさほど時間はかからない。ジーンはその間にすっきり意識を整えて、出雲の地に降り立った。
ジーンが周囲に干渉されることは滅多にないだろうが、はぐれないためにも、手をさし出す。
「お社の中では繋いでおこう」
鳥居の前の階段で、ちょっと戸惑った様子のジーン。けれど拒否することはなくおずおずと俺の手に触れる。
そんなに緊張しなくたって……握手とか、スキンシップしたことあったじゃないかよ。手を繋いでぶらぶらしたことはないが。

「あ、さーん」

名前を呼びかけられて、えっと反応したのはジーンだ。見えているようでなにより。
まばらに生きた人間がいる姿がぼんやりとし始めた。
小さな子供がとってとってと駆け寄ってくる。坊っちゃんなのか嬢ちゃんなのかわかりにくいほどにあどけない顔。
現代の服装ではない格好や、周囲を取り巻く雰囲気でおそらく人ではないとわかったのかもしれない。
「木霊さん、こんにちは」
「こんにちは!毎年ありがとうございます」
「お礼を言われるほどのことでは……みんなに会いたくて来ただけですから」
「そのお気持ちが嬉しいんですよ!……あれ?こちらのかたは?亡者ではないですか?」
心なし緊張した面持ちのジーンは、木霊さんの視線を受けて一瞬だけ俺の手を強く握った。が、物腰や見た目など恐ろしいものではないので、木霊さんの存在感に戸惑っただけだろう。
「海外から来た旅行者の亡者です」
「はじめまして、えっと……」
一部では神様に名前を教えてはいけない、ともいうが願いをいう時は名前や住所を言わなければならない、など諸説あるので名前を名乗るのはジーンの裁量に任せた。あっさり名乗るタイプだった。
「私は木の精霊です、よろしくお願いします。よろしければあの世に案内しましょうか?」
「え」
早速案件が発生した。木霊さんはお山にいることがおおく、お山は遭難者や自殺者など亡者が多い。そいでもって、あの世の入り口とも言われているので、亡者を見つけてはあの世へ連れてってくれる一番安全な案内マスコッ……精霊さんだ。
「大丈夫です、いざという時はぼくが責任とりますから」
ぐいっとジーンを引っ張って一応俺の背に隠す。
「へ?……ということは」
「はい。今回はジーンを紹介したくて……」
「そ、そんな重大なことを急に……!天国と地獄と桃源郷が荒れます!!あと山も!」
もしかしたら海も!と付け加えた木霊さんは戦々恐々としている。
そんな、天変地異の訪れが?俺が亡者一人匿う罪ってそんなに重かった?はわわ……。
「わ、私は祝福しますが……突然のことに驚きましたよ」
はわわ……?
「あ、今度お祝いの品を送ります。ご新居決まりましたらそちらに……」
「結婚の挨拶じゃないです」
ようやく見えない話の真相に気がついて訂正する。
雷に打たれたように動きを止め、わずか数秒後にわなないた口でなんだとこぼす。勘違いに気づいてくれたようだ。
「説明不足ですみません、ええと、助手をしてもらってます」
「生前は霊能者をしていましたので、の手助けをしたいと思って一緒にいます」
ジーンも俺の紹介に伴って口添えしてくれた。
俺が普段からお悩み相談などをして視野を広げ徳を積もうとしてることは知ってるので、木霊さんもなんの助手かはわかる。
「彼は死後、身体が何者かに持ち去られ遺棄されたらしく」
「助手をする代わりに探してもらう約束なんです」
「───なるほど、さんがそばにいるならあなたが現代で彷徨ったりいたずらすることはないでしょうが……お身体の方は当てがあるんですか?」
「……水に沈められたらしいことは判明したんですけど」
木霊さんとジーンは困った顔で俺を見た。もちろん俺も困り顔である。
だからここに来たんだってば。

木霊さんと挨拶をしてから知ってる神様に挨拶まわりをした。
ジーンとは手を繋いでるせいか誤解されやすいとわかったので、開口一番に助手ですと紹介する。
閻魔大王なんかは助手です、って言っても青い顔をやめない。
「白澤くんには言ったのかい?」
「いえ、まだ会ってないので」
「え〜じゃあものすごくショックを受けるんじゃないかなあ」
飲もうと言われたので、神様たちの宴会に混じってお酒をいただく。手を繋いだままなので、ジーンがお酌してくれた。
「だって助手ですよ?男ですよ?居るなあって思うだけに決まってる」
「きみと、きみに関係する男には大いに気にするよ」
「だとしてもまあ、駄々こねるくらいでしょー」
ちょっと泣くかもしれないが、と酒を口に含み嚥下する。
その隣でジーンがいそいそとお酒を注いだ。
なんか楽しくなって来てるな?手持ち無沙汰だししょうがないか。

白澤様が会いにくるのはそろそろだ。
助手といっても、俺が物事を教えてやる立場ではなく、力を借りたい……いっちゃなんだが、お供の神獣のような関係だ。だからいくら俺を孫だかアイドルだかみたいに可愛がってる白澤様でも、そんなにショックじゃないだろう。
鬼灯さんレベルで女性が関係してこなければ害も加えないはず。

だいじょーぶ、だいじょーぶ、と閻魔大王に断りをいれ、ジーンのこと一応お願いしてから拝殿でお賽銭奮発してお願い事をした。
春野とユージン・デイヴィスの縁がもっともっと繋がって、身体が早くみつかりますよーに。



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鬼徹キャラいっぱい出したい。
草木を愛でる男なので木霊さんとも親しいかなって。なんだかんだ天国でも有名な人だったし、神様に知り合いはたくさんいそう。
木霊さんと会ったあたりからは主人公も神域に入ってるので、周囲の人から姿は見えなくなってます。
Aug 2018

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