春のおまもり 15
出雲から帰ってすぐ、俺はもう一度ジーンの事故現場へ向かった。前からもう一度来て花を供えたいと思ってたから。
それに、縁を手繰り寄せるには、縁に触れている方が良い。
ジーンは前ほど無口にはならなくて、お供えの缶ジュースも一緒に選んだほどだ。
見えない一人と一緒に二人で、手のしわとしわを合わせて少し俯く。自分の死亡現場で両手を合わせさせるのってどうだろうって思ったが、ジーンは当たり前のように一緒になってやってた。
まあ自分でも願うのは良いことだ。
黙祷を捧げながら、背後で車が通る音を聞き流した。ところが、エンジン音は止まり、ドアが開いた音がする。
道に迷ってしまったのかしら、と思いつつきっかり秒数数えてから手を下ろして振り向く。
ひどく青い顔をした人がそこにいた。
その人は、怯えながら、うろたえながら、俺の跪いた場所を見る。
そこには小ぶりだけれど花束と、いくつかのお供え物があって、ここで人が命を落としたことをまことしやかに伝えていた。
「あ、の……」
「はい、どうしましたか?」
おずおずと歩み寄る足元はおぼつかない。
道を訪ねようとしたけど、黙祷してたことに今気づいて、尻込みしてるんだろうか。
「お困りですか」
安心させようと微笑みかけた。
「は、はい。その、……」
「大丈夫?落ち着いて。もし迷っておられるんでしたら」
「……───わたしが、……やりました……!っうぅ」
ゆっくり立ち上がり歩み寄ろうとしたら後ずさる。しまいには、よくわからないことを言いながらくずおれた。
俺は訳も分からないまま、泣きじゃくったその人を慰めることになった。
ジーンがお供えのジュースをあげていいというので、今日買って来たやつだからと説明して飲ませる。ありがとうございます、すみません、としか言わないので事情を聞くこともできない。
やがて憔悴した様子で、深く深く頭を下げ、ご迷惑をおかけしましたと謝罪したと思えばとぼとぼと車に戻っていく。
「なんだったんだろ」
帰宅して三日後、俺はナルに事務所に呼び出されて驚愕の事実を告げられた。
ジーンを車で轢き身体を遺棄した人物が出頭したそうだ。
証言に従って捜索した結果、銀色のシートに包まれた人間の遺体が湖から上がった。被害者は十代後半から二十代前半の男であること、事故を起こし遺棄した月日から見てナルが出した捜索願の内容と似ているとされ、上がった遺体の確認をしに昨日は出かけてたらしい。
「───事故現場にたまたま通りかかった時に、花を手向けて手を合わせて居る人を目撃して怖くなったらしい」
「へ」
「目撃者は誰もいないはずだ。よって、事故現場も知られていない。たまたま、違う事故があって花が置かれていた可能性もある。罪悪感に苛まれていたのか知らないが、勘違いして怖気付いて出頭したんだろうな」
あ、あー……。目を細めて固まった笑顔のまま、どこかしらを指差す。あれか。
「心当たりが?」
「この間手を合わせにいった時、なんだか様子のおかしな人がいたんだよなあ」
「その人だったのか」
「たぶん。俺、お願いしたんだー」
「なにを」
「縁結びを」
ナルは縁結び、と言葉を繰り返す。若干目を白黒させていた。ま、信じられないだろう。
普通だったらこんな風に適当に縁を結ばれることなんてないんだが、酒の席で何人かの神様によろしくぅって言ったし、ざっくりやってくれたのかもしれない。さすが酔っ払い。
それにしても効果絶大……効きが早すぎるだろ。
閻魔大王とか木霊さんが一肌脱いでくれたとか……?とりあえず八百万の神々に感謝だ。
来年もお参りに行こう。
「ねえナル、くん、話終わったー?」
詳しい話を聞きたそうだったナルだけど、詳しい話を始めると長くなりそうだったので、ドアをノックして来た谷山さんに一度応じることにした。
そもそも俺が呼び出されてオフィスに来た時、ナルは来客対応中だった。
まあ、相手は女子高生数人が帰るところだったけど。谷山さんもさすがに、依頼人であればもう少し何か言うだろうに、彼女たちを見送り俺とナルが二人で所長室に引っ込むのに文句を言わなかった。
依頼を断ったように見えたけど、もしかしたら何か事態が変わったのかも。
「どうしたの」
「ぼーさんが来てるの。くんも居るって言ったらあわせてって」
「よう、ひさしぶりい」
ドアの所で困ったようにしてる谷山さんの頭に、後ろから滝川さんがのしかかった。
話はあっちで、と言うので俺とナルは所長室から出ていく。
滝川さんは以前見たカジュアルな服装ではなく、いつもよりデザイン的な格好をしてた。
「今日は、なんだかオシャレだね」
「はあ?」
谷山さんがオシャレ?と首を傾げてる。
「おー本業の方もあってな」
「本業?何してんの?」
「スタジオミュージシャン。知ってる?」
「うん、聞いたことは。カッコいいね」
「いい子だなあ〜」
わしわし、と頭を撫でられソファに座った。
「ところで、なんでももたろーがオフィスにいんだ?」
「あ、お邪魔だった……?」
「ちがうってーの」
立ち上がろうとしたが滝川さんに制された。
「プライベートな話だ」
なぜここに居るか、という問いにはナルがにべもなく突き放す。
谷山さんと滝川さんは二人揃って、ナルの口からプライベートが言葉にされたことに愕然としていた。単語そのものを口にしたんだけど。
「まあいい、……ちょいと知恵を借りたいんだわ。できればお二人さんに」
滝川さんの相談事はそもそも、彼のおっかけをしている女子高校生が相談したことから始まった。
都内の女子校に通うタカという女の子は、学校で起こる奇妙な事件に悩まされている。それはタカさん本人だけではなく、周囲で度々起こる。不審な声を聞いたり、霊らしきものにつきまとわれたり、ノイローゼになったり、事故にあったりと様々だ。
「それって、湯浅高校?」
「なんで知ってんの?」
話を聞いて居た谷山さんが、はっとした。
滝川さんはきょとんとして首を傾げる。
「今日、湯浅高校の生徒が相談に来たの。前にも他の子が来たし、ナルが受けないっていうからくんに聞いてみようってその子たちの連絡先も聞いてた───」
メモをばらばらと出そうとした彼女の行動をさえぎったのは、来客を告げるドアについたベルの音だ。
出入り口には恰幅の良い年配の男性がいて、その人は遠慮がちに部屋の中を見てから依頼をしたいとこぼした。
そして、湯浅高校の校長をして居ると名乗った。
子供の依頼を受けなかったのは、依頼料を取らないとはいえ経費はかかるからだ。
調査対象が学校の校舎内だというからには、学校の許可が必要なこともおそらく大きな理由だろうけど。
でもそれ以上にナルには断る理由があった。
それはジーンの身体が見つかって、イギリスに帰るから。
「ご依頼は受けられません」
俺の想像してた通りのナルの答えに、想像してなかった谷山さんはなんで!と目を丸めた。
校長先生まで来てるし、何度か相談だって来てるのに、と言いたげだ。
「僕はしばらく手が離せない用事があって」
それがなんでなんだよ、と谷山さんが強い目で訴えてくる。
俺はこの二人の意思の疎通の噛み合わなさ、意外と好きです。
「───あの、よろしければお手伝いしますが」
校長先生がおろおろしてるので、ちびっと手を挙げてみた。すると三人がそろってこっちを見るのでひゅっと引っ込める。
「霊能者的なこともやってますし、完全にボランティアなので依頼料も発生しませんから」
「そりゃあいい!もちろん俺もタカに相談受けてたから手伝うしさ」
「校長先生は渋谷サイキックリサーチの名を聞いて来られたようですから、無理にとは言いませんが」
業界に明るくないので、と困り果てた校長先生は、藁にもすがる思いで俺と滝川さんに依頼を頼んだ。それはそれで心配。
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せっかくなのでぶっとび展開です。黒田さんの時もそうなんだけど、悪しき部分のある人が桃太郎さんと接すると清くなっちゃう説がありまして。つまり安西先生と対面した三井寿みたいにバスケがしたくなるんです。……あの二人は過去にやりとりしてるし、みっちゃんが長年敬愛してたこともあるんですが。
考えてた当初は出雲に出かけてる間に湯浅編終わってる設定だったんだけど……。
Aug 2018