春のおまもり 16
依頼を受けて向かった学校は都内の女子校、湯浅高校という。校長先生とお話をした上で、生活指導の吉野先生という男性教諭が俺たちの案内をしてくれた。
一部屋用意してもらい、相談がある生徒はここに来るようにと通達が行ってる。今日から俺たちが入ることは周知なので、おそらく初日は相談対応といったところか。
案内の吉野先生がまさか一番最初の相談者になるとは思っていなかったが。
その後やってきたのは一度ナルのオフィスに来たという女子高生だ。友達がキツネに憑かれたので見てほしいという依頼だったそうだが、当の友人は欠席。まあ砂を食べたらしいのでお腹もいたかろう。
他にも机の上に飛び乗ったり、寒い日に制服のままプールに飛び込んだりするそうだ。
周囲の人間に対してなにか危害を加えてないだろうか、と聞いてみたがそれはないらしい。
「でも、なんでキツネだと?こっくりさんでもやった?」
「あ、はい……終わったら憑かれたかもって。それに自分で私はお稲荷さんの使いの白ギツネじゃって言ってたし」
たいてい、素人のこっくりさんで呼び出されるおいなりさんのキツネは本物じゃない。
そう、モノマネ芸人みたいなもんだ。笑いをとりにきたんだよ。
と、言ってやりたいが本人を見てないのでなんともいえない。
もし何かしら憑いてるんだったらぶちっと引きちぎってあげられたけど……。
話を聞くだけ聞いて情報を集めることに徹する。もちろん俺の本分は安心をお届けすることなので落ち込んでいるようなら慰め励まし、解決に努めますからと宣言して帰した。
次々とやって来る悩める人々の対応に追われ、とっぷり日がくれていた。
相談件数のあまりの量に、とうとう滝川さんがわっと顔を覆って泣き出す。嘘泣きだけど。
「こんだけの量だれが除霊するってんだよ、二人じゃたんねーぞ」
「ははは……ごめんね、ただのバイトで」
俺も除霊っぽい除霊って得意じゃないけどな……と思いつつ谷山さんに入れてもらったインスタントコーヒーに口をつける。
「んー……タカさんに連れてってもらった教室の机も、その行き帰りで見かけた校舎内のどの教室にも、霊の姿はなかったけどなあ」
「へ?」
「まじかよ……」
少なくとも亡者と呼べる人の形をした思念はなかった。
滝川さんと谷山さんは俺のぼやきに対してうへえと肩を落とす。
「今まで見えなかったことってあるの?」
「見えないっていうのは、ないことと一緒だからなあ」
むむうとして顎を撫でる。
「あでも、見えなくても殺気があればわかる」
二人はひくっと顔を引きつらせて黙り込んだ。
とりあえず今日はいったん引き上げようと意見は固まったが、明日もこの人数じゃあどう考えても進みそうにない。
「除霊が効くかどうか以前に、その場所を巡るのも一苦労だな、これじゃ」
「綾子でも呼ぶ?くんいるって言えば来るんじゃない」
そんな呼び方があるか。せめて人手が足りません手伝ってくださいって言おうよ。
「あ、俺ジョンの連絡先も知ってるぜ」
「ジョン!へえ〜!」
谷山さんと滝川さんの話になんとなく入っていけない。俺の人脈のなさといったら……。
「ジョンと言ったらエクソシストの彼?」
「そ。今まではなんだかんだタイミング合わなかったが、手助けできる時はゼヒって言ってたしよ」
「呼ぼう呼ぼう!」
カラオケ行くみたいなノリの二人である。滝川さんはよっしゃと言って携帯を耳に当ててしまう。そしてわずか数秒でもしもーしと話し始めている。
「そうそう、ももたろーいるからさ、うん」
なんか俺の名前出たな。名前じゃないけど。
谷山さんと二人で滝川さんの様子を見守って、詳細と高校の所在地を告げるのを聞く。
この流れだとおそらく合流決定なんだろう。ありがたいが、いいのか、俺何も挨拶してないぞ。
「ジョン来るって」
「わーい。あとどうする?綾子呼ぶ?」
「まあいないよりゃマシだろ。真砂子ちゃんも声かけてみっか」
滝川さんの連絡網すごいなー……。
俺は終始ぽやぽや、静かにお鍋に茹でられダシをとられ、桃太郎いるよという話をあと二回聞いていた。
翌日集まった具材……霊能者さんたちは、ぴっかぴかのつやっつやの顔で現れた。健康的で美味しそうですね。
ででーんという効果音がつきそうなほど堂々とした振る舞いで松崎さんが真ん中に立った。
「来たわよ!久しぶりね」
「お久しぶりですわ」
「お呼びいただき光栄です」
両脇の原さんとブラウンさんはひかえめな優しい笑みを浮かべていた。
「急な要請にお応えいただきありがとうございます」
ぺこーりと頭を下げると、みんなは助け合いでしょと言ってくれた。ありがたい。
今後は俺のことも存分に呼んでください……と連絡先を渡すことに成功した。
みんなの感性がたよりなので、学校をうろうろと見てもらうことになった。
原さんは霊視してもらい松崎さんが除霊するペア、滝川さんとブラウンさんは怪しげなところを試しに除霊してもらうペア。俺も谷山さんとペアを組んで怪しいところを見回ってみることになった。
相談に来るのは放課後に指定しているので会議室はからっぽだ。まあ、ご用があれば電話くださいとメモを残してきたけど。
「なんだか大変そだね、あんなにいっぱい事件あってさ」
「うん。でもここまで事件がおおいとなると、きっとなんか原因があるんだろうな」
「原因って?」
「いやそりゃまだわからんけど」
てくてく、と長い廊下をあるく。授業中の教室をちらりと見ると、先生が黒板を背に生徒たちへ何かを言ってるのが見えた。おお、懐かしき光景だ。といっても、俺だって大学生なので授業はうけるけど。
「あ、おーい麻衣〜くーん、だっけ?」
廊下を曲がると、その先の階段のところにタカさんがいた。あれ、今授業中……まあいっか、見逃そう。
谷山さんは呆れた顔をしつつも、手を振り返している。
「こんにちはタカさん」
名前に自信がなさそうだったので、あってるという意思表示を含めて頷きながら挨拶をした。
駆け寄って来るタカさんは、どうやらさっき会議室へ顔を出して来たところで、誰もいないから探していたとのことだ。
「電話くれたらいいのに」
「いや〜どうなってるかなーって思ってさ、わざわざ電話するほどのことでもないし」
「とくに進展はないよ。相談件数がすっごくて、霊能者増やしたくらいだもん。今見回ってもらってる」
「まったく、どーなんってんのかねーこの学校は」
すっかり仲良しらしい谷山さんとタカさんは、やれやれといった様子で話し出す。
「タタリに幽霊に超能力でしょ、あとUFOがくれば……」
「超能力?」
はて、そんな話題が出ただろうか。
おかしな事件がめじろーしだあと言いかけていたタカさんに、俺と谷山さんは前のめりになって言葉をさえぎった。
next
ようやくジョンと真砂子ちゃんだせた〜。
Sep 2018