Sakura-zensen


春のおまもり 17

タカさんに聞いた笠井千秋さんという生徒のところを訪れた。
彼女は超能力者として一時期学校内で有名となったが、反感も買い全校集会でつるしあげられた。さらにそこでも騒ぎが大きくなり、呪い殺してやると呪詛を吐き、孤立しているらしい。
放課後は生物部の準備室にいることが多いとのことで、俺と谷山さんはドアの前に立つ。
「───はい?」
ノックすると、落ち着いた声が返事をした。遠慮がちにドアを開けて顔を出す。中には女性教諭と女子生徒が向かい合って座っていた。
「しつれいします、笠井さんはいらっしゃいますか」
「……なんのご用かしら?」
笠井さんは頑なにこちらを見ようとしなかった。
俺が心霊現象の調査に来た者として挨拶すると、一応ここにも話を通っていたようで先生からは納得された。女性は生物の先生でもあり生物部の顧問で、産砂恵と名乗った。タカさんに先生の名前も聞いていたので前情報と現実が合致する。
笠井さん本人は話をしたくないそうだけど、産砂先生がとりなすとようやくこっちを向いた。
タカさんから聞いていた話通りなら、人間不信にもなるよな。
「騒ぎのことを聞きました。スプーンや鍵を曲げた噂も」
「噂じゃなくてホントだけど、どうせ信じてくんないでしょ超能力なんて」
「信じますよ。これでも勉強はしてるし、色々な相談も受けますから」
「相談って?」
「こういった心霊現象も、進路、成績、思春期の悩みとか、一番多いのは健康に関することかな」
なにそれ……と谷山さんが小さくツッコミを入れている。
俺んちを診療所と勘違いしてるんじゃないかな、ご近所さんは。話は来くけどな。
「随分寛大なんだね、なんでも聞いてくれるんだ」
「悩んでいる人の助けになりたいからです」
なんか宗教勧誘っぽいな、と今の発言を省みる。
「ふうん、……あたしが不健康だから嘘ついてるとでも言えるわけね」
「そんな!」
「嘘をついてないことくらいわかりますよ」
谷山さんが、そんなことしない!と言いたげに声をあげたが、俺はそっと手を掲げて制した。
おもむろに笠井さんに近づいて、少しだけ顔の調子を見る。
「でもたしかに、不健康だ。寝不足かな……ここんとこずっと?」
「え、あ……まあ」
「寝付けないよなあ……うん」
頷いて勝手に同情すると、笠井さんの目が一瞬揺らいだ。
「この状態では、超能力使うのは難しいんじゃない?」
「できるよ!」
一瞬弱りかけた顔が剣幕をとり戻す。
「その様子だと前はできたけど、今はできない。───あたり?」
「なんで……」
おそらく俺の推理は当たっている。産砂先生は静かに、笠井さんはぽかんと、俺のキメ顔を見た。
「PKは体調に大いに左右されるからです。特に思春期の女性や、突発的にできるようになった人は」
「突発的?」
「そう、気を使う訓練をしたり、幼い頃から素養があったわけではないのでは?」
超能力の使い方や、付き合い方、折り合いのつけ方をまるで知らない様子なのでそうだろうと勝手に検討をつけた。
「───夏休みにテレビの深夜番組を見てたの。そこでスプーン曲げやってて……」
笠井さんは落ち着きを取り戻し、話し出した。
スプーン曲げは、テレビの真似してるうちにできるようになったらしい。
何回かやってるうちにコツがつかめて、どんどんできるようになった。そしてちょっと楽しくなったんだろうな。
「ゲラリーニ現象か、なるほど」
「……昔ユリ・ゲラーという超能力者の放送を見たり聞いたりした人が超能力に目覚める現象がおきたの、そういう人のことをゲラリーニと呼んだのよ」
詳しいな、この先生。
産砂先生が入れてくれた解説に笠井さんや谷山さんがほへーと頷いている。
「そういうきっかけなのだとしたら、ゲラリーニ同様に力が弱まるし、たいてい失われるでしょう」
「……じゃあ、今は」
「さいきん……全然だめ、曲げられない」
谷山さんが少し寂しそうに笠井さんを見やると、弱々しい声が返って来た。
「───寝不足じゃなくなれば、また曲げられるの?」
「訓練方法は様々あるけどまあ心身ともに健康的じゃないといけませんね」
「他には?どんな訓練があるの?」
「瞑想、イメージトレーニング、体の中にあるエネルギーの調節───笠井さんはPKを取り戻したいですか?」
「うん」
「そっか……」
俺は特にそれ以上聞くことはなく、話を聞かせてくれてありがとうと準備室を出て行った。


「どした?」
「え?」
「ちらちら見るから」
廊下に出てふーと息を吐いて、会議室に戻ろうと足を踏み出すと谷山さんがあわあわとついてくる。そいでもってなにやら言いたげなので、くすっと笑ってしまった。
「いや、あのー、さっきのやりとりでなんかわかった?」
「笠井さんが原因ではないんじゃないかなあ」
「だよね……にしても、スプーン曲げたくらいで大げさだなあ」
「まったくだ」
肩を落として会議室にいくと、みんなが戻って来ていた。
「あ、おかえりー」
「ただいまあ」
松崎さんがお茶を飲みながら声をあげた。俺と谷山さんは揃ってふへっと笑う。
「どこいってたんだ?」
「ん、笠井さんっていう女子生徒の噂を聞いたのでちょっとね。とりあえずみんなの報告から聞こう。原さん、霊視の結果は?」
「いません」
「───またかぁ……」
腕を組んだ滝川さんは原さんの回答にびっくりしたようだったけど、やがて肩を落とした。
「そもそも、春野さんがいないっておっしゃってるんですから当然ですわ」
「そうなんだけどよう。こいつ、どうも霊視はしても自分は霊媒じゃないから断言はできないって言うんだ」
「見て得られる情報が違うの」
「それにしたって、例の席にはいて当然だ。四件も事故が続いてんだぜ!?」
「ううーん、なんでなんだろうね?」
「おい!」
ずるっとこける滝川さんの両肩をてしっと抑える。ごめんて。
「もうちょっとちゃんと見てみるから」
「そーしてくれ……」
頭を抱えてしまった滝川さん。なんかこうしてみると、俺がナルの代わりにリーダーやるのは向いてなさそうだな。滝川さんに心の中でバトンタッチだ。


今度は全員そろって、例の席におしかけた。教室には誰もいない。
「ど?真砂子ちゃん」
「いません」
俺と原さんを並んで机の前に立たせて、その後ろから滝川さんが問いかける。毅然とした態度の原さんが回答した後は俺の順番だ。ううー見えないよう。
見えないなら見えないと答えるのが筋だ。恥ずかしくも惨めでもない。見えるといいたいわけじゃない。ただ、四人もこの席に座って事故にあってるのに、何も収穫がないというのもプライドが刺激された。ええい、いざゆかん、鬼ヶ島。
「わ、わーーー!?!?」
「ちょ……!?」
「おい!!」
ガタタ、ガタガタ……と机が揺れて音を立てる。
何があったかというと、俺が席に座ろうと椅子を引き体を滑り込ませたからである。座らせまいと、ブラウンさん、松崎さん、滝川さんが俺を引っ張る。ブラウンさんに至っては俺の奇行に一番驚き、一番近かったせいか……可哀想に、慌てて俺の腰にしがみついていた。
「なんで毎回そんな捨て身なんだ!?」
「え、捨て身かな?」
俺にしがみつき状況が飲み込めてないブラウンさんの肩をぽんぽんしながら、滝川さんに笑いかける。
もう大丈夫ですよ〜となだめるとすぐに体が離れたけど、松崎さんと滝川さんは全く俺を信用していないらしく腕はがっしり掴まれ、机から距離をおかれる。
そして原さんと谷山さんが机を遮るようにして立った。
「事故に遭いかければ手っ取り早いって思ったんでしょ!」
「あたり」
「これが捨て身じゃなくてなんだとう……!?」
すっかり俺の単純っぷりを理解している谷山さんに言い当てられてへらへら笑った。
松崎さんも滝川さんも薄々気づいていたらしく、口を揃えてバカ!と叫んだ。



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冷静と見せかけて短絡的というのが周囲にバレつつある。
わりと脳筋。
Sep 2018

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