春のおまもり 19
「谷山さんは、滝川さんとブラウンさんと一緒に人型探し頼むね」今日は除霊の目的ではなく、人型探しでもう一度校舎を回ってもらうことになった。俺は犯人を探す方で、ペアはまあ組まなくてもいっか。
そう思って谷山さんに言うと、心配そうに見つめられた。
「え、なんで!?くん一人になっちゃうよ」
「うん、でもほら、俺といたら悪霊でるよ」
「へ、へ、へいきだもん」
言葉の割には目が泳いでいる。
「あたしじゃ頼りないなら、ぼーさんかジョンと一緒にいてよ!」
「別に谷山さんが頼りないわけじゃないんだけどな……」
たくましくなったなあ。思いがけず和んだ。
俺は一人で行くことを許されず、滝川さんとブラウンさんのどちらかがつくことになった。
谷山さんの作ったあみだくじの結果、ブラウンさんが俺係に当選。
「───ジョン、あの席に座ろうとしたら止めてね」
「はいです」
「もう呪われてるんだから座らないもーん」
谷山さんは注意事項をブラウンさんに引き継ぎ、俺はヤジを飛ばす。
「しっかりした人に見えるけど、実はそうじゃないから」
「は、はあ」
小さい声でこしょこしょ言ってるけど聞こえてます。
「あの、大丈夫ですやろか」
「え、なにが?」
廊下をすたすた歩いていく俺に、ブラウンさんは慌ててつきそう。
「春野さん、なんぞ身体に悪いことは……?」
「ああ平気平気〜、おそらくまだ呪われたてだし」
呪われたて……と復唱して苦笑するブラウンさん。妙な日本語でも通じるのはすごいな。
そもそもちょっと呪いかけられたくらいで傷つくほどヤワじゃない。いろんな意味で。
「そだブラウンさん、もう一度悪霊が出ても俺が良いというまでは手を出さないでね」
「え」
「様子みたいんだ」
「わ、わかりました。せやけど無理せえへんと約束してください」
「なんか俺って信用ない?」
「いえ、そういうわけでは……」
だ〜いじょうぶだって。べんべんと背中を叩くと、ちょっと体を押し出されて足をもつれさせた。
ふいに、廊下の向こうから荷物を持ってやってくる産砂先生が見えた。
「産砂先生、こんにちは」
「あら───こんにちは春野さん」
「荷物重たそうですね、手伝いますよ」
「いえそんな……すみません」
腕に紙袋を下げたうえでプリントの束とファイル、参考書などをいくつか積んで持ってたので手の上のものを全て取り去る。
ブラウンさんもそっと紙袋を腕からすり抜いた。
「彼はブラウンさん、除霊のお手伝いに来てもらってます」
「よろしゅうたのんます」
産砂先生は丁寧にお礼と自己紹介を述べた。
どうやら印刷室や資料室から持って来たものを生物準備室へ運ぶらしい。
分担して男が持つ分には大した重さではない荷物で、俺とブラウンさんは何食わぬ足取りで生物準備室までの道を行く。
「運んでくださりありがとうございます」
「どういたしまして。───あの、産砂先生とお話ししたいと思っていたのですが」
生物準備室の机や椅子の上に荷物を置くと、産砂先生はぺこりと頭を下げた。
「わたしと?」
「ええ、色々聞きたいこともありまして。お仕事のお邪魔でなければですが」
「もちろん、お力になれるなら」
俺が産砂先生に声をかけたのはたまたま見かけたからで、話をしてみたいっていうのは嘘じゃないけど聞きたいことは事件や呪いに関することというわけではなかった。
ただ単に、笠井さん同様に彼女もまた多くの衆目をあつめ、避難を浴び、気力を消耗した一人だから。
話を聞いていると産砂先生は超心理学に単に興味があって、大学で専攻していたとかではなく独学で知識を得たそうだ。
そしてPKやESPについて理解していたから、笠井さんを守ってあげたいと思った。そのことで学校中の人から色々と言われたそうだが、今では逆にそういう人たちのところへ悪霊が出てるので相談もうけるとか。
なんというか、見事なてのひら返しだし、そんなことをされたらもっと疲れるんじゃないだろうか。
ブラウンさんも同意見のようで、二人して心配のまなざしをふるふると向けてしまう。
「私なら大丈夫ですから」
俺たちの様子を見て、彼女はうっとり微笑んだ。
なんだろうな、言葉にも顔にも嘘はない、本心なんだろうけど。
「───でもあまり、体調が優れないようにお見受けします」
「え?……ああ、そうかもしれません───」
もともと線の細い女性ということもあってわかりにくいけど、昨日よりさらに弱々しくなっているような気がする。
笠井さん同様に、眠れているのか、食欲はあるのか、学校に来るのが辛くはないか問いかけてみる。
どれも、表情一つ変えずに否定された。
さっき呆然と体調が悪いことを肯定した時が一番人間らしい顔をしていた。
それまではずっと、陶器のお人形さんみたいにつるっとした表情で……。
「───先生は、この場所から離れた方が良い気がします」
「え?」
産砂先生は表情一つ変わらない。声をあげたのは横で話を聞いていたブラウンさんの方だった。
「すべて一度、手を離して……休んでもう一度やり直しましょう」
「あの、なんの話をしてるのだか」
白々しいと感じることもないくらいに、ふんわりとした柔らかな表情で問いかけてくる。
でも俺の感覚は敏感で、産砂先生の無感情な瞳と、その奥にあるうっすらとした殺意に気づいた。
なんの感情もない瞳が真実。
殺意に至っては多分、本人も気づいてない。
でも俺を呪ったのはこの人だ。
生物準備室を出た俺はふうと一息つく。結局産砂先生に俺の言葉は通じなかった。
呪いを受けていること、その犯人が産砂先生だとわかっていること、明言はしないがひしひしと言葉の裏に含んで伝えたのに。
「産砂先生なんですか?」
「うん」
隣で話を聞いていたブラウンさんには通じてる。日本語ちょっぴりおかしいブラウンさんにだぞ。
つまり産砂先生はそれほどまでに考える力を失っているか、ものすごい根性で素知らぬふりをしているかだ。───多分どっちも、かな。
「様子がおかしい、やりづらいなあ」
「おかしい、ですか?」
「どうしたらいいと思う?」
「……もっと直接的にゆうてみますか?」
とぼとぼと廊下を歩くとブラウンさんは慰めるように隣にならんだ。
「んー……とりあえず証拠集めないとかな?何を言ってるんだお前は?ってとぼけられておしまいだもんな」
「せやですね。でも、なんぞありますやろか」
呪詛の犯人というのは物的証拠はほとんどあげられない。証言だってないだろう。
境遇や身辺の情報から呪詛をかける理由や、産砂先生にしかできない条件を見つけださないと。
俺たちはその足で職員室へ向かい、産砂先生の情報をいくらか聞く。同時に笠井さん、吉野先生、他にも何人か生徒や教員の名前もだしてカモフラージュをした。
next
産砂先生はさすがに三井寿にはなりませんでした。
ジョンは今までの分をとりかえすべく一緒にいさせてみました。清い。
Sep 2018