Sakura-zensen


春のおまもり 20

「産砂先生は、何に恨みを抱いてはるのでしょうか……」
「うーん、笠井さんに関係するところ?───いや、自分も非難されているわけだから……」
パソコンルームを借りられたので、二人でモニターを眺める。電源スイッチを入れたところなので、立ち上がるまでに少しだけ時間がかかる。
「スプーン曲げ、ひいては超心理学的現象を信じない人たちに対する恨み?」
「そう考えるんが妥当ですね」
デスクトップ画像がぱっとうつり、徐々にソフトのアイコンが表示されて行く。
メニューからインターネットブラウザを選びマウスでクリック。数秒待つと、デフォルトの検索ページが現れた。
「えー……産砂けーい」
ぱちぱちキーボードを叩き、名前を打ち込みスペースを空ける。
「キーワードどうしよっかな」
「え、ええと……スプーン曲げ?」
言われたままにキーボードを撫でる。
「あれ?産砂先生はスプーン曲げしてな……えっ」
呪詛とか厭魅って打ち込みゃよかったと思いながら、手癖で変換してエンターキーを二回押した。
それは変換の確定と、検索開始を意味する。
スプーン曲げは一回で正しく変換され、正しく検索かけられた。そして出てきたものは、ゲラーが来日してスプーン曲げを披露した後にあらわれた、ゲラリーニと呼ばれる人々の記事。
そこに、産砂恵の名前があった。

俺は思わず隣にいたブラウンさんの肩をやんわり掴む。
「してた」
「は、はい」
週刊誌で取り上げられた、『ペテンであることを告白した』ゲラリーニたちのスプーン曲げの手口が紹介されてる。椅子に座り、足を少し開き、うずくまる。スプーンを足の間に入れて椅子に押し付けると、子供でも曲げられる。産砂恵さん七歳、と写真の横には書かれていた。


産砂先生の元を再び訪れて、かつてゲラリーニと呼ばれる人だったんですね、と言うと途端に仮面が壊れた。といっても怒り狂うほどの気力はないようだったけど。
いわゆる地雷、というかトラウマだったのだ。
笠井さん同様にテレビでスプーン曲げを見たことによって同じ能力を手にいれた。その力が誇らしく、テレビに出たりするのが楽しかった。力を失いはじめ、できる時とできない時があるようになっても、大人……週刊誌の記者やテレビの制作会社の人たちは理解してくれない。
だって霊能者じゃなくて、ネタとしか思ってないんだから、あたりまえだ。

自分の超能力は本当にあった、という時だけは少し気力を取り戻していた。おそらく一番主張したいことだったから。
「私、できるだけ笠井さんの才能を守ってあげようと思いました」
やがてまた静かな様子へ戻って行く。
緩やかにうつうつと、淡々と。
「最初はどこにも出す気はなかった。でもいつのまにか周囲に騒がれていて、収集がつかなくなっていた───笠井さんは少し辛い思いをしたけれど、でも、今じゃ悪霊が出て笠井さんをバカにできない人が増えてきました」
「見返してやりたかったんですか?」
「そうです。だってくやしいじゃありませんか」
「悪霊や超能力が本当にあると知らない人は、永遠にそのままでいいと思いません?」
「無知は罪だわ」
「ではあなたのしていることは、罪じゃないんですか?」
呪詛はもう少しすれば人の命に関わるところだった。
電車のドアに挟まれて引きずられる事故なんかは、いつ死人が出たっておかしくはない。
他の事故だって、その人の命が助かったとしても心に残された傷は下手したら一生のこる。これから先、悪霊が存在するということを知りながら生きることになる。
超能力をひけらかしたから、超能力を否定したから、呪ったから、どこをどうとって一番悪いとするのかはわからない。
「俺は裁判官ではないので、公平なジャッジはできませんが、落とし所はここにしてほしいと思っています。ヒトガタをどこに隠しましたか?」

会議室へ戻ると、机や陸上部の部室など、場所に関することで起こる呪いの発端をみつけてきていた。
「とにかくこれで、次にあの席に座っても、大丈夫にはなったな」
「とっとと焼いちゃいましょうよ」
「でもこれどころじゃなく、もっと出てきますのでしょ?」
滝川さん、松崎さん、原さんが人型を目の前にしてそれぞれ口を開く。
「ジョンとはどうよ、収穫あったか?」
「ああ、空き地のマンホールにすてたそうなので、みんなでこれから見に行こう」
「はああぁ!?」
マンホールはきっとまっくらい中で、危ないこともあるだろうからみんなに付き添ってもらおうと片腕上げた。ロープと懐中電灯は用務員さんに借りてきたから問題無しだ。
いつのまにそんなとこまで進んでたんだ、と言いたげにみんなが驚いてくれたが犯人の話はとりあえず後だ。
産砂先生はあの後泣いて、憔悴して、今保健室で横になっておられるので後で伺う予定。
「さ、俺の呪いを解くぞう、大変なことになる前に」
「はあ?そんなにあぶねーの?なんで今まで呑気にしてたんだよ!みんな走れ走れ!!」
ぴしんぴしんとロープをしならせて廊下へ行くと、みんながどやどやと出てきて俺をおいて走り出した。
滝川さんが何を危惧しているのかしらんが、俺が言った大変なことになるっていうのは悪霊が強力だからじゃないのだ。

───呪いをかけられた時、どうしたらいいと思う?
判断を、心の中の天使と悪魔……もとい、神獣と鬼神に問う。
両者、「やっておしまいなさい」である。
神の方は三倍にして呪詛返し、鬼の方は鼻血が出るまでひっぱたいて呪詛返し、という細かい違いはある。神も鬼もどっちもどっち、大概容赦ない。
呪詛を無効にする術は本来ほとんどないゆえの回答なのでしょうがないけど。

今回の場合は水に流すか焼けばどうにかなるので、俺もそうするつもりだ。
そもそも俺は術師じゃないので、きちんとした呪詛返しをしたことはないし、方法を知っててもやろうと思っていない。やればできる自信はある。
そして、襲われたら咄嗟に呪詛返しをしてしまわない自信がないのだ。

「もー、くんおそいよ!ロープ持ってるんでしょ!」
「あーい」

のっそのっそと向かって行くと、谷山さんが俺に気づいて手を振った。
少しかけよってきた彼女に縄を投げる。それをまた谷山さんが滝川さんに投げ、受け取る。地面に腹ばいになってマンホールをどかした穴を覗き込み、懐中電灯で照らしているブラウンさんに声をかけると、下は瓦礫がいっぱいだし、ハシゴは途中少し壊れているとの報告があった。
「んじゃ、ロープで降りてった方が安全か?」
「さいですね」
「俺身軽だからいってこよーか?」
「だめです!」
「だめ!」
「だめよ!」
女性三人から怒涛のだめ攻撃を受けた。
「馬鹿いってねーでおとなしくまってろ、おすわり」
「わ、わん?」
滝川さんはロープを頑丈なところにくくりつけて、強度を確認したと思ったら穴の中にぽーいといれ、俺にステイを言いつけた。
あれれ、もっと前は俺がみんなをとりなしていたのに……いつのまに結託したの?
犬扱いされると自分んとこの可愛いバカ犬とかぶるから微妙な気分なんだが。

ブラウンさんと滝川さんが探しに行ってくれた結果、大量の人型が見つかった。
俺の名前の書かれたそれもあり、みんなでキャンプファイヤーである。ああ肉くいてえな。
灰は川に流し、これがあの世に行って俺が呪われたものだとわかって騒ぎになりませんよーに、と手を合わせた。何やってんのって言われた。
「さーて、校長先生に報告して帰るか。皆さん今日はありがとうございました」
「っちょっと、まて、それだけ?もしかして先帰れってことじゃねーよな」
「あ、よければこの後ごはんでもいっしょに……お忙しくなければ……」
「いくよ!!……あーうー、詳しいことはあとできく。とりあえず行ってこいさ」
ちらちら、と視線をやると滝川さんは力強く肯定してくれた。


校長先生への詳細報告と、産砂先生の今後についての相談は無事終わった。産砂先生が今回の件で罰を受けることはないが、俺の勧めで療養する方向となった。
生徒たちへは、学校全体をお祓いしてもらったことのみを報告してもらう。
原因は、気の淀み。人の持つ不安や不満、それから校舎内の汚れ、様々なものから発せられる気がマイナスとなりよくないことが起こった。精神的にも物理的にも美化活動につとめてくださいってね。

会議室でみんなと合流する前に、保健室でねむる産砂先生のひたいにこっそり手を当てて気を送る。
少しでも疲労が回復するように。身体を活性化させれば気持ちも自然とつられる。逆もしかりだけど。
うっすら目を覚ました産砂先生は、ゆるく笑った。
それはどういう表情なのか俺にはわからないけど。
「俺は気に触ることをしちゃったんでしょうか」
「……あなたは陰陽師だと」
「術師じゃないですよ、軽く勉強しただけで」
「そう。返されるかと思った」
微かな声に俺は顔を引きつらせる。これはジョークなのか?憎まれ口なのか?
「返されたらどうするんです……この程度の怠さじゃないですよ」
「───光栄だわ」
え、返される覚悟で俺にかけてたってこと?
まさかそんな剣士みたいな心算でいたとは思わず、口をつぐんだ。


next.

調査にやってきた人まで呪ったのは、邪魔者を排除するつもりで、おそらくそれほど分別がつかなくなっていたってことだとは思うんですけど。こういう可能性もあったかな、なんて。
笠井さんには除霊が終わったと報告され、そのため産砂先生もほっとして力が抜けて療養にはいった(相当思いつめてた)と聞いてショックは受けるんじゃないかな。原作とは違った意味で。
別に本当の話は知らされなくてもいいかな……どっちでもいいです。
主人公的には知らせないつもりでことを終えました。大人たちも暗黙の了解ですが、どっかから漏れる可能性もなくはない。
Sep 2018

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