Sakura-zensen


春のおまもり 22

ブラウンさんからグリーティングカードが届いた。そういえば前の依頼でご一緒したとき、連絡先交換して住所まで聞かれたっけな。
彼って神父様だというし、今日ってクリスマスじゃないか……なんてポストの前でカードをまじまじと眺める。
取り急ぎお電話でもして、俺もなにかカードを買いに行こうと思い部屋に戻る。

「あ、おはようございますー、今大丈夫?」
『おはようさんです、大丈夫ですよ』
電話をしてみると何度かコール音がしたあとに聞き知った声が電話に出る。
カードが今日届いたこと、ありがとうねとお礼を言いつつ近々お返事書かせてもらいますーと報告した。
年賀状でもいいんだけど、それはそれ、これはこれというか。
ブラウンさんはお構いなく、勝手に出したことですから、と言ってたけどこういうのは気持ちなので俺も好きに出そうと思っている。
『───あのう……実は相談したいことが、ありまして』
お礼を言い終えて、話の節目に電話を切ろうと思っていたところ、非常に申し上げにくそうな声が電話口から聞こえて来る。
「どうしたの?会う?」
『すんまへん、せやったら───』
前の調査も、滝川さんからの相談から始まったなあと思いながらブラウンさんとは会う約束をした。

せっかくなので谷山さんが暇してないかお伺いをたて、暇だしブラウンさんに会いたいということでお誘いした。帰りにケーキでも買ってあげようね。


ブラウンさんから詳細聞いてやってきた、教会の前に立つ。
建物が可愛いという谷山さんとのほほんな会話をしつつ、石像なんかを眺める。かわいい、のか?これって……と思いつつ、メルヘンとかお城に近いかなっていうのと、あと結婚式とかを彷彿とさせるのかもと分析してみた。
ちなみにブラウンさんはもう見慣れていて、俺たちを見て微笑んでいた。
どうやらこの教会は外国人就労者のお子さんを預かったり、訳あって親御さんと一緒に暮らせない子を引き取ったりしているらしくて、教会の庭には遊具があってそこで子供達が遊んでいた。
「なんでガイコツ?」
子供達の賑わいと、谷山さんが何かを言ってるのをよそに、俺はブラウンさんに声をかけた壮年の男性に気がついた。
彼こそが相談主の東條神父であった。

教会の中に入って、コーヒーをいただく。
東條神父とブラウンさんが向かいに隣り合って座り、俺は谷山さんと隣り合った。
「───この教会では、時々妙なことがありまして。今朝も様子のおかしい子がいて、ブラウンくんに連絡をしましたら、春野さんにお願いしてはと」
「妙なこと……ですか?」
俺は心霊現象専門というわけじゃないんだけど、どういうわけだか霊能者の間では地味に口コミが良いらしいのだ。そもそも、心霊現象じゃなくてもお手伝いできることがあれば快く引き受けるんだけどね。
「さっきの───外に、子供がいてましたやろ?時々あの子らの中に、憑依されてしまうお子がおるんです」
「憑依ですか」
「ええ!?」
口ごもる東條神父に代わって、ブラウンさんが説明をすると谷山さんが大げさに声をあげる。
ブラウンさんはこれまで、そう言った子供達を何度か見て来て、落としてはいるらしいけどまた暫くしたら子供に憑かれるの繰り返しらしい。
完全に消えたり、満足して成仏したりなどはしていないらしく、なぜ憑依が繰り返されるのかを調べてみた方が良いのかもしれないということになったのだろう。
霊能者さんは一見、霊のことを熟知してるように見えてそうでもないところが稀にある。というのも、霊ひとりひとりの人となりなどは結構無頓着ということだ。
もちろん、何も慮りがないというわけではないが、祓うことや散らすことに関しては、ある程度の技量をもってすればできてしまうわけで、そこに霊の心理は含まれない。執念や憎悪などによって強大な力をもっていればまた別で、それでも"事情"や"原因"を詳しく知るというよりもヤれるかヤれないかみたいなとこ。
でも俺も、実はそのタイプだったりするんだなあ……。

この案件、多分俺はあまり適任ではないなと思う。
霊の細やかな事情だのに詳しいのは───そう、たとえばナルとか、ジーンだ。まあ今イギリスに里帰りしているのでいないわけで……ならこっちは頑張ってどうにかする他ないんだけど。
あとは霊媒の、原さんとかだろうか。俺が無理ってなったら彼女に連絡をとってみたらいいかもしれない。


憑依された子供達は、特別悪事を働くというわけではないらしい。が、隠れてしまうのだという。
なんだかくれんぼか、俺得意だ。
「しばらく隠れていて、出て来るといつも通りに戻るのですが、憑かれた子供はその間のことを覚えていません」
東條神父が普段の憑依の様子を語っていると、外からカンカンカンと何かを叩く音が聞こえて来た。
これが、霊が隠れたときの合図らしい。
曰く、憑依した霊はこの教会に三十年ほど前に預けられた永野ケンジくんという子供ではないかと考えられていた。彼は父親に連れられてやってきたがその時すでに精神的な要因で喋ることができなかったという。その子のために、他の子たちがかくれんぼの合図として用いたのがステッキと称した木の棒を叩いた音で意思の疎通をはかる方法。かくれんぼの返事ができないケンジくんは、友達に知らせるために木の棒を用いて地や壁を叩く。「まだ」は1回、「もういいよ」はたくさん。
この数回続いて途切れた音は、「探して」の合図なのかもしれない。

ケンジくんの行方不明となった経緯を聞いてから、俺たちは外へ出た。
「もーいーかーい」
おもむろに、手でメガホンを作って呼びかける。
谷山さんとブラウンさんは、俺の行動にえっと驚いた。
「とりあえず憑依されてる子とケンジくんを一旦はなしてあげようかと」
「あ、せやですね」
いつもひょっこり出て来て憑依を解いたりするらしいので、さほど重要視していなかったようだけど、根本的にどうにかしようと思っているならこの現象も手っ取り早く見ておく必要があった。
かくれんぼが上手くて、誰も見つけられなかったケンジくん。いつも得意げに出て来たらしい。
それが最後、一人で命を落として未だ誰にも見つかっていないというのは、少々胸にくるというやつで。
ケンジくんは俺が呼びかけた声を聞いたのか、もう一度ステッキを鳴らした。
さっきは室内にいて、東條神父の話を聞いてたのでわからなかったけどある程度音のする方向はわかる。
「こっちかな」
「あっちじゃないの?」
複数回叩くとはいえ、探しての合図は見つけるためのヒントであってはならないため、すぐに音は止む。
谷山さんやブラウンさんはきょろきょろしてるが、反響や聞こえ方を考えて音のする方はある程度わかった。

相手は子供、または霊。なんらかの意識があり、俺が探すことを察した今、こちらを注視するだろう。
風の音、木々のざわめきを遠ざけ、周囲の気配を探る。
ブラウンさんや谷山さんが見つけられない戸惑いの声をあげるので、しいと人差し指を立て、ゆっくりと周囲に気を配りながら歩いた。
たとえば、見つかりそうになっても下手に動くことはないだろう。そのくらいで動揺してたら遊んでるうちによく見つかってる。だから彼は隠れるという特性をある程度わかっていて、人の目につかないところにいる。
そして人が来たら落ち着いて、静かに気配を殺している。
とはいえ、息を殺すというのは簡単なことではない。周囲の気配と自分をなじませ、けして我慢してはいけない。震え、ためらい、少しの恐怖、感情が揺れ動いてはいけない。
俺はわずかな息の音や雰囲気の変化を察知した。近くにいればいるほど、それは大きい。───ふっと息をする音がした。
「みっけ」
音がしてしまえば、俺は音のする方をすぐにあてられる。俺に向けていた視線を見つけられる。
ひょい、と見上げて覗き込んだところには、隠れていた子供がぱちくりと目を見開いて固まっていた。



next.

子供のかくれんぼは大概見つけられる元ニンジャ。
ケンジくんはおとーさんがいないので割と普通。えっっっ見つかっ……た……って思ってる。


Jan 2021

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