Sakura-zensen


春のおまもり 23

異国の色彩をもつ子供がそこにはいて、俺がおいでと手を広げるとおずおずとおりてきた。
片腕に抱いて、もう片方の手で背中を撫でる。
「ちょっと冷えたかね」
子供は風の子といえど、じいっと外で隠れていれば風邪を引きかねない。
短パンなのでほのかに触れた肌はつめたい。でも抱っこしてるとぬくぬくしてきた。
「わ、よく見つけたねえ、くん」
「僕、全然わかりませんでしたどす」
「まあ……気配がしたし」
前回の呪いなんかに比べれば、断然人の霊───亡者はわかりやすかった。
ぽんぽんと背中を叩き続けていると、子供はよくわからないという戸惑った顔から、きゅうっと顔を歪めてふにゃふにゃ泣き出した。
「うえっ、泣いちゃった。えーと、ケンジくんだよね?よしよし」
俺の心の中の地蔵菩薩さんをなんとか発揮せんとするが、ケンジくんは俺の肩に顔を埋めてきゅうきゅう泣いた。はい無理でした。
「とりあえずあったかいとこ行こう」
「せやですね!」
「大丈夫だよー、怖くないよー」
俺ははわわっと慌てて教会を指差し、ブラウンさんは先導するように向かう。そして谷山さんが横で子供をあやしながら付き添い、東條神父のところへなだれ込むようにして押しかけた。
「……タナット?どこへ行っていたの」
東條神父とともにいた中年女性がまあ、と驚いた。泣いてることにはとやかく言わないあたり、子供に慣れてるんだろう。
おそらく今朝から行方不明になっていた子で、今の今までずっと誰にも姿を見せなかったようだ。
女性───幸代さんはこの教会で育ち、いまのこの教会には手伝いに来ているという。ちょうどケンジくんのいた頃同年代だったらしく、かくれんぼの上手さをよく知っている人だった。俺がケンジくんを見つけたというととても驚かれる。
「さて、この子はとりあえずどうしようかな」
うんしょっと抱え直す。
さすがにもう泣いてはいないけど、なんだかやっぱり元気がない。
ケンジくんの感情に触発されて泣いてるわけだから、タナットくんの身体を解放してやりたいのだけど。
とりあえずソファに座らせて、隣に座る。そして借りたタオルで顔を拭ってやりつつ、じっと濡れたまつげの子供を見る。子供はその視線を感じて俺を見た。
「ケンジくん、さっきのかくれんぼは終わったね」
子供は名前を呼ばれたまま、俺を見返す。
否定もなく肯定もないが、この眼差しは多分肯定の意を表していただろう。
「今度は、君が最後に隠れた日の、続きをしようか」
谷山さんがえっと戸惑う声をあげたが、それ以上口を出してくることはない。
ブラウンさんや東條さん、幸代さんが俺たちの様子を伺っている。
「あのゲームは君の勝ち───それで、全てのゲームを終わりにしよう。君の隠れ場所を教えて?」
……子供は、こくりと頷いた。
この答えが、彼の身体はまだここにあること、そして見つけて欲しいことを何より物語っていた。
そしてふんわりとタナットくんの体が揺らぐ。
ソファに倒れそうになるのを肩を支えて止めてから、ゆっくりと寝かす。
朝から数時間、霊に憑かれていたのできっと疲労もたまっているだろう。ケンジくん自体は消えずに俺のそばに立っていた。


彼が俺を連れ出したのは外。
谷山さんが教会に来て可愛いと眺めた外観を指差す。そして脳裏に、「なんでガイコツ?」と疑問を口にした彼女の声が思い浮かぶ。
───谷山さんが最初に見つけた違和感は、ケンジくんだった。
石像の足元に、白い頭蓋骨がぽつんと転がっていた。
ひゅっと息を飲む音がして、周囲のみんなが目を見張ったのがわかる。
「見つけてあげられなくてごめんね」
ケンジくんはふるふると首を振った。
三十年前の12月───、ケンジくんはこの教会が建てられる時の工事中、子供らとかくれんぼをしていた。周囲には足場が組まれていて、彼が行方不明になった時にその足場が崩れていたらしい。
かくれんぼが上手な彼は、おそらく上の方に隠れると鬼から見つかりにくいという定石をもと、そこに隠れたあと足場が崩れて降りられなくなり、そのまま───。
「ありがとう」
ケンジくんを1度は見つけられたからだろうか、ふんわり笑う彼に光が降り注ぐ。
「向こうでは、お父さんにあえるといいね」
光の中に消えていく彼は、最後にもっと深く笑った。


さて、俺はしれっと見えない誰かと会話をしていたが、誰もそれを突っ込まないでくれた。
ブラウンさんは、浄化されていったのだけは感覚的にわかったらしく、彼の言葉があったのも一押しだろう。
「ほんまに、春野さんにお話してみてよかったです」
「いやーそんな」
「霊のお声を聞くのやと、僕みたいなのは難しいですよって」
ケンジくんの身体を降ろしてあげるために足場を手配することになり、俺たちは暖かいところでごゆっくりなさってと勧められて室内で待機、お昼までいただいてしまった。
夜はケンジくんの追悼ミサをするそうなので、参加していこうと思っている。
彼は死後三十年なので、憶え、悼む気持ちを持つ人が少ないから、俺たちの分も足しにしてもらいたいなという気持ちだ。
谷山さんもブラウンさんも快く同意してくれたので本当に良かった。
「でもケンジくん、喋れないからね……意思の疎通がむずかしかったよ」
「せやったら、さんは原さんとは違うタイプの霊媒体質やのんどすね」
「真砂子とは違う───って、これ前も言ってたっけ?どうちがうの?」
「原さんはいうなれば、霊の気持ちがよくわかる。俺はわからん」
そもそも俺の専門は鬼退治、魔除け、勝利、吉兆みたいな感じなので、今回は本当に相手が良かったとしか言いようがない。
「あとは、憑依とか同調っていうのかな、ああいうのもできないなー」
ブラウンさんはなんとなくわかるよう。谷山さんはうにゅっという顔をしているが、ふいに香ばしい香りがしてきたので話題がそっちにうつる。相変わらずわんこみたいだね、君。
とはいえ俺もいい匂いだなーと誘われて、二人してキッチンの様子を覗き込む。
どうやらミサで配るクリスマスケーキを作っていたらしく、カットして包装するのだとか。暇だし俺たちも手伝おうかーと3人一緒に参加。子供達も手伝っていたのでそれに混じり、なんだか保父さんになった気分だ。
特に様になってるのはブラウンさんかなと思ったけど、包み方であれこれ子供に注意されてて、あれちょっとちがったなと小さく笑う。
「ね、今日どうしてあたしのこと誘ってくれたの?」
子供に囲まれてるブラウンさんをよそに、俺と谷山さんは隣り合って二人で作業をしていた。
気になる女の子をデートに誘った時の駆け引きのようなセリフだなと思ったけど、まあ違う。
「寂しい思いをしてないといいな、と思ったから」
「……ありがと、くん」
彼女のお家事情は知ってるし、お友達がたくさんいるであろうこともわかっていたけど、だからって俺が様子を見ないで放っておいていいとは思えなくて連絡をとった。
「年末年始とか……よかったらうちおいで。まだオフィス再開されなくて暇でしょ」
「え……?」
「宿題も見てあげる」
「いいの?」
「いいよお、俺も整骨院のバイト休みになるし暇ー」
「やった」
えへへと笑った谷山さんの笑顔と、離れたところで子供にまみれて同化していってるブラウンさんに癒されたクリスマスは、こうして更けていくのであった。



next.

主人公は最初霊能者のみなさんに人見知りしてたけど、本来は社交的だし人好きだしみんなお友達感つよいうえに、麻衣ちゃんには庇護欲抱いてる。
ケンジくんに関しては、お父さん(リンさん)がいないのと、主人公のきよきよオーラによって、はうぅ///ってなったのでチョロでした。
公園でお水かけてくるおねーさんを書きそびれてしまったのですが、麻衣ちゃんと主人公と白澤さんがデートした時におねーさん見つけて、白澤さんが流れるようにデートに誘って成仏していった(なげやり)

Jan 2021

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