春のおまもり 24
年が明けてしばらくして、学校は始まり、ナルとリンさんから日本に行くよという連絡をうけた。これはご挨拶に伺うべきかしら……と渋谷のオフィスに顔を出す。谷山さんはまだその日出勤していなかったみたいで、リンさんが俺を出迎えてくれた。
挨拶をして、イギリスはどうだった?とにこにこ話を聞いてるとナルが所長室から出てくるので、彼にも挨拶をする。
喪中ということになるのかもしれないので、新年のお祝いは言わないでおいた。
「そういえば、この事務所って、ジーンの身体を探すためにおいたんじゃなかったっけ」
谷山さんもいないのでいいだろうと、所長室にひっこむでもなく、応接スペースで話し込む。
お茶はリンさんが用意してくれた。
「ああ、日本の心霊現象はなかなか面白いし……維持する申請をだしている」
「へえ」
「おそらく通るだろう───そういえば、モモタロウに一度会いたいとうちのチーフが言っていたんだけど」
「チーフ……すか。俺、英語はあんまりだな。通訳してくれる?」
「日本人だ。森まどかという……今度日本に来るそうだが、紹介してもいいか?」
「うん、よろしくお願いします───って、そうそう、谷山さんにももうちょっと事情話しなさいね」
「なにが?」
心底わからない、といいたげにナルは首をかしげた。
「君が本名で行動したがらないのはなんとなくわかるけどね、自分のところで雇うと決めた子にはアルバイトとはいえもう少し自分のことを話してあげたらどうかな」
「プライベートな話は必要か?」
「自分は博士号を持っていてサイコメトリーの能力者で、双子の兄がいて、彼は霊媒で───と話せっていうんじゃなくてね。身内が亡くなって、イギリスの実家に帰国するってこと、教えてあげたらいいじゃないか」
「なぜ?」
「待ってる時と送り出す時の気持ちが違う」
「どんな気持ちでいようと僕は構わないが……」
「構わないなら、谷山さんのことを考えて、谷山さんが喜ぶ方の気持ちを抱かせてあげたら?」
静かにお茶に口をつける。あ、いい匂い。
ナルは少し押し黙って、考えてるみたいだった。
他人を心底拒絶して、秘密主義な訳ではないんだと思う。ただ、面倒なので言わないだけ。
「ここが存続されるかだってそう───、あの子にとって居場所は大事なものだろ?ここでだって楽しそうにしてるのに、急に閉鎖されることになって、君はイギリスに帰るとも言わないまま消える。それはきっと、傷つくと思うんだよなあ」
「そんなの、どこで働いていても一緒だろう。永遠にあるものなんてないんだから」
「アルバイトしてたファーストフード店が閉店になるのと、ここの分室維持が続行されずに君がアルバイトを解雇するのとじゃ、ぜ〜ったいにやり方と説明方法が違うと思うよ、断言してもいい。リンさんもそう思うよね?」
「……まあ、はい」
苦い顔で頷いたリンさんを、ナルがいやそうに見た。
まあ、ナルもまだ17歳だもんな。
「君らが人に心を開けていないのも重々承知だし、好きにすればいいと思うけど、谷山さんはもうずっと、二人のことやこの事務所を大事に思っていることは覚えておいてね……」
───というわけで、ナルのお兄さんが亡くなって、それでしばらくお休みになるんだよとだけ勝手に説明しちゃった。───ってのを言いたいがための前置きだった。
この前置きのおかげでさらっと許してもらえたと思う。
さすがにイギリスとまではいってないけど、これはナルがちゃんと話してあげても良いんじゃないかなあと思う。ナルの判断にまかせよう。
ただ、本当に彼らがこの事務所を無くしてしまうことになって、谷山さんと別れることになったら、その時こそあの子にちゃんと自分たちの心と縁を残して欲しいと思うのだ。
「あれ、開いてる───ナル!リンさんも……今日からだったんだあ」
ガチャ〜とドアを開けるなりにこにこ笑う谷山さんが出勤した。
ナルとリンさんに驚いてたけど、俺までいることに、もしかしてと口を開く。
「今日ナルたちが来るの知ってたの?」
「あ、はい」
誤魔化しようもなく答えた。
連絡もらって……と小さい声で囁きながら、ナルとリンさんの方を見るとさっと視線をそらした。リンさんは一応谷山さんと俺にわかるように会釈をして資料室へ去ろうとし、ナルは今手も口もはなせない、とばかりにお茶のカップを手に取った。
谷山さんはぴきっと引きつった顔をしてるあたり、おそらく2人からはなんの連絡もなかったんだろう。それは、ちょっと引く……。
「そだくん、年末年始は泊めてくれてありがとね。お父さんとお母さんにもよろしくお伝えください」
「え、あ、うん」
「おせちもすっごく美味しかったし、ずっとおこたに居たせいかなあ、あたしすごく太ったの」
これが幸せ太りかなあ〜アハハハと笑う谷山さんはびっくりするほど笑顔。
なんだ、もう2人を無視することに決めたんだな……大人だね。
「学校始まったんだからすぐ元に戻るよ」
「そうかなあ」
リンさんとナルはしばらく微妙な顔をして谷山さんと俺を見ていたけど、結局そろりと逃げだしていった。
資料室と所長室のドアの向こう、ぱたん……と去って行った二人を俺はちらちらと見てたら、谷山さんもその音を確認してふんっと鼻息を吐いた。
「ざまーみろ、あたしの勝ちだな」
「なんて?」
なんの勝負してた……?と俺は首をかしげる。
コートを抱きかかえたままだった谷山さんはいそいそとハンガーにそれをかけ、振り向きVサインをした。
「くんとの仲良しポイント!」
「地獄みたいな遊びしないで……」
ほんとにあの世……とくに地獄へ行くと鬼灯さんと白澤様がよくやってたよ。
白澤様が俺に甘えたなので、鬼灯さんが俺を使うんだ。あれ本当にやめて欲しいなって思う。
「ごめんごめん、だってさ、くんに連絡するついでにあたしにだって連絡してくれてもよくない?ふつー」
「それはそうだよね、ほんとね……俺一応さっき、従業員大事にしなさいって言っといたからね」
「あたしくんに雇われた方が幸せだった気がする……」
さすがにここと同じ条件じゃ雇えないけど……いざとなったら面倒みてあげよう、なんて考えるくらいには、ちょっとナルの説明不足は谷山さんにかわいそうだった。
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主人公と麻衣ちゃんは兄と妹というかじじいとまごというか、成犬と子犬みたいな二人です。
麻衣ちゃんは主人公にお年玉代わりに洋服を買ってもらったし、宿題も見てもらったし、おみくじは大吉だったし、テレビで駅伝みながらうとうとしてたら猿と雉と犬に添い寝をされる夢をみた。
ナルもリンさんも麻衣ちゃんに対して、そこそこ心開けて来てるはずなんですがももたろーは他の追随を許さぬ人誑しなのでうっかりデレてしまう。結果麻衣ちゃんに仲良しマウントをとられて撃沈。
Jan 2021