Sakura-zensen


春のおまもり 25

家に帰ると、庭の桃の木の下にジーンが佇んで居た。
「おかえり」
同時に声をだしたので、お互いまた「ただいま」を言い合う。
やっぱり向こうで成仏はしなかったんだな。

「この匂いをかぐと、なんだかすごく安心する」
「桃って良い匂いだよね」
「うん、好き」
ふんわりと微笑む横顔が綺麗だ。
あの世で美しい神様たちをたくさん見てきたけど、彼も負けず劣らず。
───これは、むこうの神様や天使がほっとかないだろうに。
「イギリスで、梯子はおりてこなかった?」
ちらりと目だけが俺を見て、ゆっくりと顔が向けられる。
前髪が桃の匂いが香る風に揺られた。
「光はわかるのに、どうしてだか行けなくて……すぐにまた、ここへ帰ってきたくなった」
「そう」
未練について問うのはやめた。
ジーンの死生観はジーンのもので、自分で昇華していくものだから。
そこに俺が介入するのは違う。でも、ここへ帰ってきたいと思ったのは、俺のせいかな。
と別れてイギリスに帰る時、嬉しかったけど心のどこかで怖かった。君ともう会えないんじゃないかって」
手が伸びてきて、俺に触れる。
指先の温度は少し、冷たいと思った。
「また会えて嬉しい───でも、なんだかすごく、眠いんだ」
「うん」
「このまま消えてしまうのかな」
「消えることはないと思うよ。それにもし、ジーンが成仏しても、俺が死んだらまた会えるからね」
「そう、か」
温めてあげようと、ジーンの手を頬に持ってきた。爪が引っかかることのない柔らかな指先。
「今まではずっと起きてたもんな、頑張りすぎたんだろ。少しおやすみ」
「ん」
こくりと頷いたジーンは桃の香りに融けるように消えた。
人の形を保って意識を持ち続けられるほどの気力が今はないんだと思う。
俺と離れすぎたせいもあるだろうし、多分、一区切りついて心の動きもあったからだ。


それ以降、なんとなく俺のそばにいるような気配はあったけど、起きて来る気配がないまま時が過ぎた。
ナルにそれを言ったら、「早く昇って行けって言っておいて」ときた。まあ正論である。
「霊媒が迷うなんてバカだな」というのは暴言。「そもそも迂闊」ってのは愚痴かな。
ぽんぽん飛んで来る言葉に苦笑して、まあまあと宥めていると所長室の戸が叩かれた。どうやら来客があったようで、谷山さんがナルを呼び出す。
たとえ依頼人がいても、話だけ聞いておけと谷山さんに丸投げしたりするそうなので、この日も呼びに来た谷山さんに対して嫌そうな顔をした。
「じゃあくんにお客様の話聞いてもらおっかな」
「俺?相談乗れるかなあ……」
「……」
ぶすっとしたナルの肩をぽんと叩いて、谷山さんの方へ行く。
俺たちの話は特に緊急性のないもので、ナルがうんざりしているだけだったので助けてあげようかなと思った。
ところがナルもどうやら、ちゃんと話を聞くつもりはあるらしく俺の後をついてくる。
「こんにちは、いらっしゃいませ」
お客さんににっこり笑って、ナルがソファに座るのを見届けた。
詰襟の学生服を来たメガネの賢そうな少年が、俺に対しても会釈する。彼は安原くんというらしく、千葉の緑陵高校からやってきたのだという。

その学校は今新聞やテレビでも取り立てられていたっけ。原因不明の食中毒、密室で起こる火事、生徒が集団で除霊騒動を起こすなど、見出しを思い出す。集団で不登校になったという記事もあった気がする。その理由が、教室に幽霊がでるからだとか。
谷山さんも同様ソファには座らないで俺の隣にいて、一度校長先生が依頼に来てたけどナルが断ったのだと耳打ちしてくれた。俺はなんとなく、ナルが断った理由もわかる。
「…麻衣、緑陵高校に電話してくれ、依頼をお引き受けしますと」
とはいえ、安原くんの真摯な願いと、生徒たちの署名を見ちゃあナルも無下にはできなかったようだ。
わっと喜ぶ谷山さんと、安原くんは顔を見合わせた。そして谷山さんはいそいそと電話をかけにいき、ナルは俺をじっとみた。
「明日からのスケジュールはどうなってる?同行してくれないか」
「んー明後日からなら」
「わかった、それでいい」
明日以降の予定を脳裏で組み立てて、返事をすると、ふいにジーンの意識が浮上した気配を感じた。
ナルは他にも滝川さんや松崎さん、ブラウンさんと原さんにも声をかけて大所帯を組む予定らしく、安原さんにあらかじめそのことを告げた。ついでに俺のことも紹介してくれて、ここの調査員ではないことが明らかになった。
「春野と言います、よろしく。専門はえー、大まかにいうと、鬼退治です」
「桃太郎さんみたいですねえ」
「はい、ぼくあだ名が桃太郎なんですよ」
安原くんはくすくすと笑ってくれた。



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霊能者ですとか、何ができますっていうとき、鬼退治ですーというと必ず桃太郎??ってツッコミを受けて肯定してたら桃太郎というジャンルができてたという。だから桃太郎の通称で親しまれて(?)いたんですね。
次からようやく緑陵編はいりますー。
ジーンはちょっとおねむ。もともとそんなにはっきりした意識じゃなかったのをももたろーパワーで起きてたところあるので、しばらく離れてたことと身体が見つかり自分の家族のところに一度"帰った"という認識が少しだけ湧いたことによってまた存在が不安定というか意識がふわふわしてくるところがあって、でも桃太郎のところに帰りたいという思いもできたのでさらに色々思うことがあるわけで、その辺を今後書けたらなと思います。


Jan 2021

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