春のおまもり 26
渋谷サイキックリサーチの調査に合流するのが1日遅れることになったが、ブラウンさんと原さんも同じ日ということで、2人と待ち合わせて一緒に学校へ行くことになった。「霊は……いないわけじゃありませんけれど、姿が見えませんわね」
敷地内に入ったところで、校舎を仰ぎみた原さんが目を細めて呟いた。
「なんだろ、ここ嫌な気配がいっぱいある」
「嫌な気配ですか」
俺の意見をつぶやくと、原さんは同意するように頷きブラウンさんは気遣うようにこちらを見た。
「こりゃー、毎日何かが起こるわけだ」
腰に手を当てて、うんうんと頷く。
そもそもなんでこんなに変なものが渦巻いているのか。亡者の念であればもっと怨嗟の聲が聞こえてくるはずだけど、そういう音が全くしない。ただこの学校の中に吹き溜まっているみたいだった。
「ひとり特に強く感じる霊がいますわ。男の子で、あたくしと同じ年頃の」
「ふうん、生徒かな」
「おそらく。何か、辛いことがあったのではないかしら……強い感情を持って学校にとらわれています」
いまその霊がここを通りかかってくれないと姿を見ることができないので、原さんのいう少年のことはよくわからないがおそらく自殺者の霊だろうと言われて納得した。たしか1 年生が9月に自殺してるんだったよな。
来校者入り口に併設された事務室に事情を説明し、入校手続きをとる。
ベースとなる会議室を告げると簡単に行き方を説明されたのだが、職員にじろじろ、まじまじと姿を観察された。
俺もまあ学生の年齢だし、原さんやブラウンさんだってもっと幼く見えるわけで、つまり怪しまれているいうことだ。昨日谷山さんから連絡来て聞いていた、あんまりいい対応じゃないってのはこのことかな。
「───あれ……?」
廊下を歩いて、階段を登って行こうとした時に窓の外が目に入った。
原さんとブラウンさんにはわからない違和感がそこにはある。
「春野さん?」
「ん、ちょっと……」
「どないしはりました?」
「悪い、さきいっててー」
廊下の窓をからからと開けて、足を桟にかけて外へ出た。原さんとブラウンさんは戸惑いつつも、付いてくることはなかった。
「───鬼灯さん」
窓の外の校舎裏に佇む人物を呼び止めた。その人は、俺の呼びかけに応じてゆっくりと振り向く。
「お久しぶりです、こんにちは」
「ご無沙汰しております」
とんがった耳とツノのあるおでこ、和服姿ということは、明らかに仕事できている。
つまり人の目には見えないし、さっきの様子からしてブラウンさんや原さんも気づいていなかった。
「亡者の迎えかなにか?」
「そうです」
「……ここ、どんな場所なんです?いろんなのが溜まってるみたいですけど」
俺はまだ亡者を見てないし、原さんが感じた1人以外いるのかどうかも怪しい。
ここにうごめく数多の禍々しい気配が亡者であるなら、確かに鬼灯さんみたいな人がしょっ引いてくれないと俺たちじゃあどうしようもないかもしれない。
俺の目にうつらないということは、亡者───いわゆる人という理から外れた存在に成り果てている。そして俺が存在を感じるということは強力で、凶暴だ。
「人為的でなければこうはなりません」
「なに、降霊術や呪いの儀式でも行われたんですか?」
変な儀式や宗教をうっかり思い浮かべ、生贄とか……と口にしそうになってやめる。怖い話をされそうだからだ。
「そうです、ここではどうやら、呪詛が行われている最中のようなんです」
「わあ……」
鬼灯さん好きそう。仕事とかいいつつ、興味があって来たのでは……とか思ってしまう。
「そういえば以前呪われたらしいですね、シロさんたちからお聞きしましたよ」
「アハハ、なんかそうみたいです」
「よく呪詛返しせず終わらせましたね」
当時脳裏で描いた通り、呪詛返しをそそのかす鬼神に苦笑する。
やられたら何倍にもしてやり返せ、みたいなところある人からすると、俺は平和的すぎてつまらないだろう。とはいえ、本来呪詛というものはかけたら終了、逃れる術は転嫁、呪詛返しと相場が決まっているので、あれは稀なケースだ。
「幸い、破れるものでしたので破棄しましたが───これは、桁違いな気がします、俺にもわかるくらいだし」
「そのようですね。これは誰に転嫁しても地獄ですよ」
地獄の鬼から地獄ってワード出るの怖すぎるな。
「呪いが完成したら、呪詛に使われた呪符を持って帰ろうかと思いまして」
「えー……」
ほらやっぱり、趣味で来たんじゃん。
「とはいえ、私にも仕事がありますし……、目当ての亡者も、ここにい続けたら喰われて呪いに同化してしまう」
「喰われる……うわ、蠱毒みたいじゃないですか」
ゾッとして両腕をさすった。
鬼灯さんはどうしたものかと考えるような仕草をとる。
もしかして俺が感じる数多の気配は霊という名の蟲で、それらが徐々に喰いあって大きなものに転じ、今悪いことが起きてるんじゃないだろうか。しかも、それが一つになったところで呪詛が完成され、呪われた"誰か"へ向かう───だとしたら、それは本当に地獄みたいな所業が生きた誰かに向かうということだ。
「あいにく、私は呪いには手を出せません」
「まあ、そうですよね」
というかこの人の場合そういう"想い"を遂げたアイテムを好んでるので、見ていそうだがな。
呪いをどうこうするとしても、鬼灯さんの立場では難しいというのもわかる。
なら、俺が手を出すのは、全く問題ないということ。
でもその前に呪詛にまきこまれてしまわないように、唯一自我を持っていると思しきいたいけな少年を、早くここから逃がしてあげなければと思う。
もしかしたら、何か知ってるかもしれないし……。
next.
みんなだいすき、ほ〜ずきさま。
Jan 2021