春のおまもり 27
ずっとうとうとしてるジーンだが、調査の話が上がった時、少し意識が浮上したようだった。でもまだ声を出すのが億劫で、寝ぼけたままこちらを見ている程度の覚醒具合で、あの世とこの世の境目にいる。
呼べば来るんだろうけど、まあ今は鬼灯さんもいるしいいか……と呼ばないでいた。
そういえば鬼灯さんは、俺が亡者を一人連れてることに対して何も言わないなあと思いつつ、自分から口を開いて説明する気もなかった。
なぜなら現在、彼はいたいけな16歳前後の亡者に対して、やばい顔で尋問しているからである。
ジーンだめだぞ、でてきちゃだめだ。
鬼の存在にビビりちらかしてる坂内くんと言う少年は、9月に自殺をした1年生で、この学校で起こっているいろんな怪奇現象を生み出す呪詛を画策した人である。
詳しくいうと、坂内くんが考案した『ヲリキリ様』という降霊術、いわゆるこっくりさんが実は呪詛だったというのだ。
呪符に対し、人間が呪文を唱え、念じることにより、その呪詛は発揮される。ただ、念じたのはなんの才能もない人間であったので大した効力はなかった。───が、いかんせん数多の生徒がやりすぎた。人は多かれ少なかれ力を持っていて、多くの人間がそう念じてしまえばやがて強い力となる。
信仰や畏怖によって高められる神様と同じだ。
じりじりと滲むようにして、呪いが進行し───蟲も積もれば毒となる、というわけだった。
「うぐ、ひぐ……うえっ……ごべんだだい」
何に対してか謝ってる少年を、ちょっぴり憐れむ。
鬼灯さんが脅かしてるのは、呪いをしかけたからではなく、単に学校にとどまっていつまでも上がってこない上に呪いを見届けると駄々をこねたからだった。
とはいえ坂内くんは、教唆の罪があるだろうし、呪いを考案したり、自分も多少なりとも行ってるはずで、明確な殺意があった。
裁判では自分が『何をされたか』より自分が『何をしたか』が問われることが多い。
もちろん人柄や人望も考慮されるし、情状酌量、正当防衛、というのが認められるケースもあって、彼は呪った相手"松山"から受けた仕打ちやこの学校での校則の厳しさや束縛、人格否定を受けるような環境もおそらく加味されることだろう。
俺が唯一できるとしたら、彼が人を呪い殺した結末にするか、呪ったが失敗に終わった結末にするかだ。
そして罪があるのは学校の生徒にも言えること。
知らないとはいえ、呪いに手をかした。面白半分に霊を喚び呪殺を命じた。効果や認識はどうであれ自分の『したこと』である。
それもまた、死後の裁判で問われ───状況を考慮して軽減はされるだろうが、罪は罪だ。
涙と鼻水に濡れてあの世に送られていく少年を見送り、さてと振り返った鬼灯さんがちらりと俺を見た。
なんだろうな、元々細い目つきの人だから睨まれてる気がしてしまうのは。俺に後ろ暗いところがあるからかな。
「普段から───亡者はあのくらい問答無用であの世に送っていただきたいのですが」
「へ?」
「とはいえ、あなたの仕事ではないのも確かです。ましてや、彼に関しては日本の獄卒の管轄でもない」
「……」
言葉の途中で内容を理解した。これ暗にジーンのことを言っている。
「イギリス……EUのあの世から抗議は?」
「ありません。ユルいんですよねえ……」
背が高いので見下ろされるとちょっと縮こまってしまう。
「単なる人間にずっと憑依してるわけでもありませんし───他でもないあなたのものになってしまったので」
「えーと、守護霊的な?」
「守護されるタマじゃないでしょう。結びつき方は近いですが」
はあ、とため息を吐かれる。
「なるほど……」
どうりで白澤様が問答無用であの世に連れていかないわけだ……とちょっぴり納得した。単に俺のそばにいるだけの亡者であればあの人も天国へ送るくらいできてしまう。でも、俺との縁がつながり、結びつきが強まっていれば滅多なことでは手を出せないということ。
「とはいえホイホイ霊を使役されても面倒なので、あまり飼わないでください」
「いやペットじゃないんだから」
そういいながらスマホを取られ、お迎え課窓口の電話番号を登録されて、ここへ一報いれてくれたあと亡者は放っておいて大丈夫と案内された。ついでに悪霊向けに火車さん、その他お迎え課獄卒直通と、鬼灯さん代理を数名、鬼灯さん本人の連絡先などなど、怒涛に追加されて返って来た。このスマホ、あの世と繋がりすぎでは……?
乾いた笑顔のまま固まっていると、鬼灯さんはもう帰るようだった。呪符はいいんですかと聞くと、まだ終わっていないのでと返された。
確かにそうだな、障りがあったら悪いし。
「では、また死後にでも」
「はい、またお会いしましょう」
連絡先を交換しているとはいえ、そうやすやすと会うことはないだろう。向こうの気まぐれと偶然がないかぎり。
側から聞いていたらずいぶんな挨拶を平気な顔してかわし、鬼灯さんがふっと消えるのを見守った。
「───だってさ、ジーン」
「僕のせいで、ごめん」
「ジーンのせいじゃないよ。でも逝きたくなったら言いなさいよ」
「うん」
屋上に来ていた俺たちは、空をぼんやり眺めた。
「さて、とりあえずここの呪詛をどうするか、だな」
「呪詛に関してならリンが詳しい───いや、も詳しいのか」
「いや俺はあまり詳しくはないよ……ヲリキリ様の紙はベースにあるかな?とりあえずナルたちのところへ戻ろうか」
その場を後にし、階段を降りていくとばったり、ブラウンさんと滝川さんに出くわした。
「あ、春野さん!どこいってはったんですか?突然」
「おいーす。まったくだ、ナルちゃんは不機嫌だしよー」
「ごめんごめん。これから、合流しようとしてたとこ」
「そうなんだ、俺らも一回戻るとこだったんだわ」
廊下を歩きながら、「んで、何気になってたんだよ」と聞かれる。
「ああ、この学校で自殺したと言われてる坂内くんという少年がいたと思うんだけど」
「───知ってたのか……いや、まさかおまえさん、一人で会いに行って来たとか言わないよな」
「そのまさかで……いやもう成仏というか、むこうに逝ってしまったんだけど」
ブラウンさんはひゃーと顔をしたまま固まって、滝川さんはどへーと疲れた息を吐いた。
「おじさん、展開が早くてついていけねえ」
「そんな歳じゃないでしょ……」
そうしてベースにたどり着くと、ナルとリンさんは不在。安原くんと谷山さんがコーヒー飲んで休憩しているところだった。
「おっ、なんだぁ彼氏と二人っきりかぁ?若いもんはええですのう」
谷山さんは入るなり茶化して来た滝川さんにがくっとうなだれ、口を尖らせた。
「いやだな滝川さん」
「照れるな照れるな」
「気を利かせてくださいよ、いいところだったのに」
さらっとした笑顔で安原くんが言い放ったことにより、今までのんきに俺と一緒に笑ってたブラウンさんはホワイトボードに頭をぶつけ、俺はぶっと笑い声を抑え、滝川さんは引きつった顔で固まった。
谷山さんを照れさせるだけ照れさせておいて、結局滝川さんを弄り倒して終わったその一連の流れを面白いなあと眺める。
「大人で遊ぶなよ……」
「子供で遊ぼうとするからですよ。で、お仕事の方はどうですか?そういえば春野さん合流できたんですね、改めましてよろしくお願いいたします」
「これはご丁寧にどうも。こちらこそ、よろしくお願いいたします。滝川さんったら若い人で遊ぼうなんて考えちゃダメじゃない、嫌われる年寄りになるぞう」
聞かないで……とぐったりしてる滝川さんをよそに、俺が安原さんとの会話を引き継ぎつつも、滝川さんに言葉を投げる。
「たいへん?」
「はあ……原さんの指示通り祓ってるんですけど、なんや手応えがないゆうか……」
「そっかー……」
谷山さんとブラウンさんはホワイトボードの前で、各教室の表になにやら書き入れているところだった。
「え、除霊して回ってたの?これ、除霊できないと思うんだけど」
「お……っまえ、また、何か知ってるなら早くいえ!もー全員集合ー!!!麻衣!ほら!」
「アイアイサー!」
なんだか既視感のある光景とやりとり……と思いつつ、谷山さんがインカムで全員に集合をかけるのを見ていた。
next.
鬼灯さん主人公に手を出さないのは、生者だからっていう微妙な立場の差があるようなないような。あとは主人公が微妙に、神に近いというか神の使いで"役目"みたいなのがあって、ジーンはその眷属みたいなところに召し上げられていたら私の性癖がうずくなあって。とはいえお供の神獣とはまたレベルが違うのですけど。
勝手にEU天国をヌルくしました。えへへ。
なお、鬼灯さんは主人公のスマホを奪った時いのいちばんに、白澤様を着信拒否設定にしている。
Jan 2021