Sakura-zensen


春のおまもり 29

安原くんは少々青い顔をして、俺を見た。そして、呪詛が返ったら生徒や自分はどうなるのかと問う。
俺は、俺自身が呪詛返しを丁寧にやったことがないのでなんともいえないが。
「呪者の数が多いので、分散されて弱くなるとは思います。でも、確かなことは言えない」
「理屈では、です。そうなるよう祈ってください」
俺もあんまりいいこと言えないけど、ナルがなんとも冷たい追い討ちをかける。
「───でも、念のため、生徒全員分のヒトガタを用意しますから」
「ヒトガタというと……」
「身代わりのようなものです。返ってきた呪いをまず身代わりに受けてくれる。それでも足りない場合は……本人にいくんだけどね」
「そう……ですか」
あんまり怖がらせてもなーとあらかじめ予防策は伝えておく。
生徒たちはもう十分怖がった。呪われた人物はこれから、説明をしに行かなければならないだろうけど、呪われていたということは少なからずショックだろう。
しかも学校中で起きてる脅威が一つにまとまって自分に襲いかかってくるのだから。───それで自分の行いを省みることになるのかは知らないけど。
「……解決をお願いしたのは僕たちですから、それしか方法がないのでしたら」
「ありません。ヒトガタを作ったとしても、上手に受けてくれるかも定かではありませんが」
「いえ、ご配慮ありがとうございます。よろしくお願いします」
谷山さんは徐々に力が抜け始める。
生徒たちは大丈夫なのか、ほんとうに?という安堵と不安がせめぎあっているんだろう。
掴まれた腕をやんわり解いて、今度は俺が彼女の肩をぽんと叩いた。
「これは気休めだけど───、呪詛返しを行えば、呪詛を行った生徒たちも"人を殺した"という罪を背負わなくてもよくなる」
「……殺した罪……」
目の焦点がゆっくり俺に合わせられる。
「そして呪われた人は、恨まれる時点で罪をすでに持っている。それはいずれ───死後になるけれど、罰を受けることになるよ……この呪詛のようなね」
それで許して……と泣き出しそうな顔を覗き込んだ。
くんが、ヒトガタ作ってくれるの……?」
「うん」
「じゃあ、大丈夫だよね……」
大丈夫とは言えないけど、がんばる、と頷いた。

俺は本来術師でもないし、正式に修行を積んだわけでもないので、呪詛返しの儀式はリンさんにお願いすることにした。
あくまで、ヒトガタ作りの手伝いとして俺は同行する。そしてナルは校長先生に説明に行き、生徒全員の名簿をもらい、なおかつ一緒に報告を聞いていた松山氏をビビらせ黙らせた。

そして俺はリンさんと共に車に乗り、材料調達やら作成やらで忙しくなった。
これを1人でやってたらと思うと辛い所業だけど、リンさんが横で黙々と作ってくれているのと、ナルが1度励ましにきてくれたのとで気力は持った。いや別に頑張れって言われてないけど。
ジーンは学校の方が気になっていたけど、俺が場所を離れているので見えないみたいだ。
───ナル曰く、12日おきに起こる小火騒ぎがパワーアップして別室で発生した。
いつも更衣室で起こるので、原さんの指示のもと松崎さんがお祓いをしていたそうで、おそらくその時の衝撃で別室に移動してその先にいた霊を喰ったのだろうという見解だ。俺もそう思う。

翌日、学校は急遽休みになったとのことで、さすがに安原くんも自宅待機だという。
俺たちは体育館を借りて、ヒトガタを並べる手はずとなっていた。
「さて、並べちゃおうね。これクラス名前の順になってるはずだから、手分けしてやってもらっていいかな」
「ういー」
「はいです」
「お預かりします」
「おつかれー、あんたは休んでたら?」
霊能者4人がわらわらと受け取りに来てくれる。
谷山さんもはっとして、俺が並べようとしてた分と、クラス名簿をとりさった。
そして体育館を追いやられてしまったんだが、だからって俺が休めるはずもなく、リンさんだって同じ作業をしてるしなんだったら呪詛返しをしてくれるわけで、俺以上に疲れるはずなのだ。
会議室で呪詛返しの準備をしているだろう彼のところを訪ねると、ナルも一緒にいた。
「どう、滞りなく?」
「はい」
「そっちは」
「今みんなが並べてくれてるー」
ありがとう、助かる、とナルが言うので俺は思わず固まった。
「みんなに言って」
ふふふと笑いながら、ナルにお礼を言われたことを少しむず痒く思った。
「麻衣は?」
「なに、心配?」
「べつに」
リンさんの邪魔をしないようにと廊下に出た。
「すぐ他人にのめり込むから、辛いだろうと思っただけだ」
「それ心配っていうんだよ」
「そう?」
ナルは肩をすくめた。ジーンはその様子を見て嬉しそうに微笑んでるし、人付き合いが下手だったからとこっそり教えてくれる。いい心がけだなと内心で思うだけにとどめる。
「───真似はできないが、参考にはなるかもな」
「なにが?」
の、麻衣のあやしかた」
「赤ん坊じゃないんですけど麻衣ちゃん」
俺、おーよちよちってしたっけ。
そう思いつつ行動を振り返ってみる。
「ヒトガタを用意するって教えたこと?」
「そう。ヒトガタを用意したからと言って本当に呪詛が本人たちに返らない確証はないだろう」
「うん」
「ぬか喜びさせるだけだと思う───もしこれで、効かなかったらどうする?」
「そうなったら、そうなった時……俺たちが罰を受けるだけだ」
「……それを麻衣の前で言わなくて正解だな」
「あっははは」
ナルは意地悪そうに笑うと思ってたら、少し優しく笑った。

「───さて、あとは谷山さんに幻滅されないことを祈ろ」
「バカだな」
そのあとのナルの笑みはやっぱり意地悪そうだった。



next.

「麻衣ちゃんを安心させるための説明の仕方」を学んだナルであった。

Jan 2021

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