Sakura-zensen


春のおまもり 30

緑陵高校での呪詛返しは無事成功した───のだと思う。
特に大きなけが人が出たとか、不調を訴える生徒がいると言うのは聞いてない。学校にあった多くの気配は消えて、なんともさらっとした空気が漂っている。
生徒のために作ったヒトガタの多くは破損していて、無傷なものに関しては本人に何か害が行っていないか確かめる必要がある。ヲリキリ様をやっていない生徒も少なからずいるということで、電話で確認をとったところそのとおりだった。

学校の中に残った穢れがないかを見て回って、いきついた屋上で空を見上げるとジーンがおもむろに口を開いた。
「坂内くんは、この結末をどう思っただろう」
俺もジーンも、あの世に引きずられていった少年のことを思い出す。
育つ禍々しい呪詛を傍観し、憎き男の死に様を見たいと意気込んだ少年。
この屋上から飛び降りた子供。
「……残念がっているんじゃない」
「僕は、ほっとしててほしいな」
うーん、と考え込みつつもジーンの姿を見つめる。
ふんわり長いまつげを伏せて、屋上の柵に触れようと指をかけているが、果たしてそれは触れられるのかわからない。
「地獄で受ける刑罰が少し減ったのだとわかれば、あるいは」
無言で顔をあげ、俺を見るジーンの視線を感じながらふいと目をそらす。
「たとえ手にかけていなくても、もし松山先生が呪殺されれば、彼は主犯だもの」
「そう……だね」
「命を絶ったことも後悔するかもしれないね」
これは単純に、生きてることの喜びを甘受すればよかったのに、という後悔ではなくて。
「もう、松山先生には手出しできないだろう?」
「───は、人を殺したいと思ったこと……ある?」
「ないよ」
さらっと答えた。
殺意にまみれて人を憎んだことはない。
恨んだり、怒ったり、許さないと思ったことはある……ような気がするけど、あんまり覚えてないな。ってことは、人を殺したいとまで思ったこともないし、俺は長く長くこの魂の記憶を持ちすぎたのだ。
「だから俺は、坂内くんの気持ちはわからない。……生きていれば人生どうとでもなるんだ」
ジーンは小さく頷いた。同意ではなく、促すように。
「でも、生きていたくないなら、生きていなくてもいいと思うよ」
俺に話させたわりに、ジーンは結局何も言わなかった。
それからおもむろに眠たいと告げて、また俺の影に解けるように眠りについた。
話しかけてもきっと夢うつつになるのだろうから、おやすみと心の中で呟くだけに止める。


「あ、春野さんこんなところに」
「───安原くん」
少し思いふけていたところを、声かけられて振り向いた。
学校は閉鎖され生徒は全員自宅待機のはずだが、安原くんだけは事情を知っているため家を出てきたのだろう。
それに、無事に終わったのであれば、俺たちは今日学校から去る手はずとなっていたから気になったんじゃないかな。
「いけないんだ」
「お許しください」
からかうようにいうと、悪びれもせず笑った。
「まあいいよ、見送りにでもきてくれたんだろ」
「ええ。僕がお願いしたことですし……谷山さんからお聞きしました」
「何を?」
「春野さんはその筋ではものすご〜く有名な霊能者さんで、お会いできるのが幸福なことなのだと」
「それは誰かが谷山さんに大げさにそう説明しただけだろうね」
半ば呆れた顔を晒す。滝川さんや松崎さんあたりが、誇張表現を使ってるところが容易に想像つく。
「そうですか?僕は今回の調査をお手伝いしていましたが、春野さんがきた途端に解決してくださったので、あながち嘘でもないのだろうなあ、と」
呼びに来た、と言うわけではないのか安原くんは俺の隣ですとんとコンクリートに座ってしまう。
あら、お行儀悪いことできるじゃん。
そんな学ラン姿が妙にかわいくて、俺も隣に腰掛けた。
「そうかなあ、原因はわかったけど、実際呪詛を上手に返してくれたのはリンさんだからね」
「原因がわからないことには何もしようがありません」
「まあ……でも運が良かっただけかな、今回は」
たまたま坂内くんがそれを企んでいて、とっ捕まえてとっちめたから。
とはいえ、霊能者に霊の声を聞いてもらって説得したり、除霊したりするのと、同じようなことなのだが。
「当事者───坂内がいたから、ですか?
メガネの奥の瞳が、柔らかく細められた。
育ちの良さそうなルックスの中に、あくどさと、いたずらっぽさが垣間見える。

『呪詛をしたのは生徒全員である』ということに一時的にスポットが当たっているが、よくよく考えてみればその呪詛を考案したものが必ずいるわけで、それが誰なのかということを、今まで誰もが口にしなかった。
あまりの大ごとに考える余裕がなかったのかもしれないし、探しようがないと諦めていたのかもしれないし、探しても仕方のないことだと意図的に見逃していたのかもしれない。
「気づいてたんだ」
「おそらく、結構な人が気づいてるとは思いますけどね」
あははっと軽やかに笑う様子は、ちょっと疲れてた。
「坂内の気持ち、わからなくもないです。松山にひどく当たられてたんだろうし、……そもそも、あの先生はこの学校の象徴でした」
「ん」
「渋谷さんと校長先生にお話をしに行かれた時、松山にも会ったんですよね、どうでしたか」
曲げた膝を抱えるようにしていた安原くんは、片手で手首をつかんでぶらぶらと動かしていたのを止めて俺を見た。
校長室で身も世もなく慌てふためいた大人の姿を、俺が如実に語るのは少々品がない。
「驚いていたよ」
「反応はおおかた想像がつきます。……春野さんが、松山を見てどう思ったかなって……差し支えなければ」
「また呪われそうだね」
ナルがまるで沙汰を申し付けるような鋭さをもって、そもそもの原因は松山先生であると突きつけていたけど、その言葉を本人がどう受け止めるかは、俺にはうかがい知れぬことだった。
俺を見上げたままの安原くんの表情に少しの隙ができる。
「春野さんにそう言ってもらえると、きっと坂内も浮かばれます」
「なんでよ」
俺たちは微妙に笑いあったまま、手を取り合って立ち上がり、屋上を後にした。


next.

生きてる時は生きていた方がいいけど、だからって生きることを重視していない、あの世マウント。
俗世っぽい考えわからないですう><
学校の中に残った穢れ(呪詛)ないかなって見回りするときの文章でしれっと残穢って使ってたんだけどあれ造語だったの後になってしりましたので修正しました。いや通じそうだし、同じ作者さんだから良いかなとも思うけども。いちおう。

Jan 2021

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