春のおまもり 32
アメリカやイギリスのおっきな研究機関にとうの昔に目を付けられ、この度勧誘を受けたわけだが丁重にお断りをした。
森さんはそうよね、とうなずいて深くお願いしてくることはなかった。
「ですがこうして出会えたのも何かの縁ですから、今後も仲良くしていただけたら幸いです」
俺の回答を聞くと、ナルもリンさんもうんうんとうなずいていたので、絶交はされないで済んだ。よかった。いや、そんな冷たく脆い付き合いではないと信じていたけど。
「そうだ、森さんもいることだし、一つ噂話を聞いたのでご相談が」
「あら」
森さんはわくわくと目を輝かせた。楽しい噂ではないと思うけど。
「南心霊協会という団体が、オリヴァー・デイヴィス博士を連れ歩いていると聞いたんだけど」
「……」
ナルの様子を見ると全くの無表情である。
「この様子だと、ナルは無関係でしょ?デイヴィス博士はその筋では有名で優秀な方ですから彼を騙る者もいるようです……差し支えなければ、今度お会いしてこようかと思ったのですがいかがですか」
「まあ、ご丁寧にありがとう……実はね、その件で私もナルに依頼がしたくて今日来たのよ」
「聞いてないが」
「来てから話したほうがいいでしょう?」
お、この2人面白いぞ?と思いながらやり取りを眺める。
どうやら森さん、ひいてはSPRとしても、南さんとやらが偽物のナルを連れ歩いている情報をつかみこの度様子を見にやってきたようだった。
調べてきて、という漠然としたお願いだけど、どうにかしてって意味まで含めてるんだろうか。
良くわからんが、提案をしてみることにする。
「もしよければ、今度俺に同行しない?」
「なに?」
「親戚のね、おじさんが相談してきたことなんだけど。今度、長野にあるお屋敷に霊能者の人たちをたくさん集めたそうでね。俺も一緒にこないかって誘われてるんだ」
「ご親戚にも霊能者が?」
リンさんが小さく疑問を口にしたので、慌てて否定した。
いや、俺の親戚は軒並み一般人である。だから逆に、困ったらタウンページより俺という安直な方程式が成り立っており、この度相談事が舞い込んだというわけだ。
「いや依頼人のほう」
「それって、元総理大臣の?」
森さんがぽかんとした顔をした。
「これもご存じの話でしたか。親戚はその、側近のようなものかな。大橋という男性で、関係者の対応を任されているはず」
「まあ、そうだったの。私もナルにはその調査に行ってもらおうと思ってたの」
「まどか……勝手に決めないでくれますか」
「あら他でもないあなたの偽物よ」
「放っておけば」
おっと、また面白い話が始まったぞ。
「じゃあいいわ、ナルがいかないなら私が春野くんと行きますからね!」
最終的に森さんにぐいっと腕をつかまれた俺を見て、ナルがむっとしかめ面になって自分で行くと言った。この時ばかりはナルが年相応な17歳どころかもっと幼く見えた。
さて、今回はゴーストハントの一環ではなく詐欺師の調査ということだったので、連れていくメンバーを考えるところだ。
俺は親戚の相談あってのことなので、お屋敷のことを見て問題を解決してあげたいと思うが、ナルに関して言えばさして面白味のなさそうな場所ということで、あまり乗り気ではないようだった。
とはいえ、森さんは見てこいというし、自分でも一度行くと言ったからには行くんだとか。
「じゃ、リンさんも谷山さんもお留守番に───」
「私は同行します」
「別にリンの手は必要ないが」
谷山さんはまずここにはいないし、デイヴィス博士の偽物についてあれそれ、と言われてもつながりがわからないだろう。リンさんも能力はあれど本業はメカニック、データ収集と解析担当である。フィールドワークも関係なしに、わざわざ長野くんだりまで連れて行くのはいかがなものかと思ったのだが。
「ナルが無茶をしないか見るのも私の役目です」
「大きなお世話だな」
「そもそも私がいるのはあなたの監視のためですよ、一緒でないのならご両親はお許しにならないはず」
そういえば忘れていた……というか気にしていなかったけど、この子ってば未成年だった。
保護者の方によろしく言われているであろうリンさんがそういうのであれば同行するのが道理だ。
「じゃあ、俺の連れはナルとリンさんということで報告するね」
「私は諏訪市で待機していろいろ調べてみるわね、たしか出入り禁止だったはずでしょう」
「あ、そのことなんですけど───」
当日はおじさんが車を手配してくれたのでみんなを拾うのだが、森さんを含めて当日車に乗せる人数を伝えると、3人はえっと驚き固まったのだった。
「お久しぶりです、そして初めましての方もいらっしゃいますね。安原修です」
伝えていた通り、朝の集合場所にやってきた3人は、早めに来ていた安原くんの姿にああ……という顔をした。
「私は森まどかと言います。今回は安原くんと同じく外で情報収集をする担当なの」
「春野さんから伺ってます。渋谷さんたちの先生だそうで、今回はぜひ勉強させてください」
「あらあら、そんな大したことはできないのよ。安原くんこそ、前回はすごかったんですってね」
初対面の2人は春の雪解け水がせせらぐような会話を繰り広げる。
会釈と軽い挨拶の言葉だけのナルとリンさんはまだ凍ったままみたい。俺はひんやりした2人をさっと車に促して乗せた。
「安原くんは以前うちへの依頼で初めて会ったのよね?どうして今回春野くんに同行することに?」
「僕すっかり、春野さんのファンになってしまいまして」
「なんだよそれ、初耳だよ」
「ふふふ」
安原くんは本気なのかそうではないのかわからないが、意味深に笑った。
「春野さんの力になりたいなと思いまして。僕ができることと言ったら情報収集ですので売り込みました」
「もう、すごいの」
みんなを見ながら、安原くんの肘のあたりをちょっとつついた。
「ずいぶん親しいんだな」
「安原くんってほんと、人の懐に入ってくるのうまいんだよ。緑陵高校から帰る前、流れるようにして連絡先を交換して、そのままこう」
「この縁、切ってしまっては勿体ないと思いまして」
俺はなぜ、安原くんにこんなに過信されてるんだろうか。
「それに、東京の国立大学に通ってるんですってね、とても頭いいんでしょう?」
「否定はしません」
森さんの感心に、にこーっと笑う顔が清々しい。
「安原くんはもっと上に立てるお勤め先が合うと思うんだけどなあ……」
「僕、人を使うのも上手いですが、使われる相手を見つけるのも上手いんです。ね?」
「ひゃい……」
ナルもリンさんも、さもありなん……といいたげな、よくわからん納得の顔で俺たちを見ていて、森さんはころころと笑っていた。
俺、安原くんに壺とか買わされてるかもしれない。
next.
前々から調査に連れていくメンバーを変えまくっているのですが、例にもれず今回も変だね!安原氏はここで出さないと永遠に出せなくなりそうだったので、主人公にぐいぐいアピさせました。主人公は霊能者という立場の人には結構もぢもぢ()するけど、一般人には結構オープンなので、わりと距離縮めるのも平気です。安原くんはそこに目をつけた、と。
リンさんのフルネームとか、麻衣ちゃんの家庭の事情とか、それはそのうちどこかできくやろ。
July 2021