春のおまもり 33
おじさんが手配してくれた車は一度諏訪市のホテルで安原くんと森さんを下ろし、そのあと山道を上り、私有地に入り美山邸の前へとたどり着く。
出迎えてくれたのはおじさん───基い、依頼人代理の大橋さん。
彼はおじと呼んでいるが、実のところ祖父の兄弟の子という立場なので少々離れた親戚である。
年末年始だとか、お盆にたまに集まりで顔を合わせる程度の関係だが、俺は一族の中でもずば抜けて有名度高い……というかもはやご先祖様扱いでみんな俺に挨拶にくるので顔は知ってて当然といったところか。
「ようこそお越しくださいました」
普段は俺に敬語ではない人だが、今回は周囲に親戚であることは内緒にしている。
ま、依頼人の先生はご存じですけども。
今回の調査にて、解決してくれた霊能者には多大なる謝礼があるときく。だから、贔屓があるように見えてはならないというわけだ。
大橋さんの恭しい態度にウフフとしたいところだったが、俺は今現在この屋敷の中の、亡者の数にドン引きしており、ひきつった顔と口から苦し紛れにまじかよと絞り出していたところだった。
「春野さん?」
リンさんが俺を心配そうにのぞき込んでくる。
「顔色が優れませんが、大丈夫ですか?」
大橋さんから見ても俺は一目見て具合が悪そうだったみたい。
俺はなんとか、なんでもないですと声を上げて、笑顔を作る。
今すぐこの屋敷を出ていきたくなったのは初めてだ。
「ひどいな、ここは」
うとうとしながら、ジーンにささやく。
こういうとき、結構活性化しているジーンだが、さすがに現世にまで姿を現してコンタクトをとるのは難しく、俺のほうが霊界にアクセスをする感じだ。
この感覚は普段ないことなので、最近なんとかできるようになった。
「うん……にはどのくらい見える?」
「通ってきた場所全部にこびりついてるくらいには」
ぽやぽやしながら話していると、うっかり隣に座っていた人の腕に頭を擦り付けていた。そして視線とざわめきを感じてふと目を覚ます。
「霊能者の桃太郎様───、」
ア、居眠りしてたのがバレてしまった。
「助手の渋谷一也様、林興徐様」
紹介の最中だったから余計、俺に視線が来てみたい。
おほんと咳払いするふりをして手を口元によこし、こぼしてないか確認する。うん、だいじょぶ。
頭を擦り付けていたのは身長的にわかってたけどリンさんで、若干困ったような顔をされた。
優しいリンさんでも、さすがにこんなところで寝るなと言いたい話だよね。
ごめん、と小さな声で謝り、周囲の視線に耐える。
しかしやがて、オリヴァー・デイヴィス博士という西洋系の顔立ちをした40~50代頃の紳士が紹介されるとざわめきは大きくなり、視線もそちらにそれた。
今回ばかりはありがとう、偽物のオリヴァー・デイヴィス博士。
「原さんも来てたんだね」
「ええ、桃太郎さんとお会いするのは何度目でしょう、幸運なことですわ」
来ていた人物の紹介と、ルールの説明の後ご歓談、ご休憩でも、荷解きでもお好きにと残された俺は席を立ちあがり顔見知りの元へ歩いていく。
近くにいた人たちが、おそらく若い珍しい面々を怪訝そうに見ていたが気にしないことにした。
「今日はおひとり?」
「ええ」
「よければ一緒にお茶しながら相談しない?今日は助手を2名連れてきたので紹介させて」
「よろしいの?ぜひ」
原さん以外の霊能者の人たちは一切顔も名前も知らない、一度もお会いしたことのない人たちだったので、そわそわとこちらに話しかけたそうにしている様子は気がかりだった。俺も霊能者の人たちとの交流の大切さを最近知ったしな。
でも、多くの霊能者の人たちは偽物のデイヴィス博士のところに集い、和気あいあいと会話を楽しんでいるようだったし、とにかく原さんとは一度相談しておきたかったので彼女だけを連れ出した。
少し離れて座って待っていたナルとリンさんのところに、原さんを連れてきてからお茶を頼む。
一応助手とは初対面のふりを装ってみたが、ここまでくると誰もこちらの話なんて聞いてないだろうから原さんも気安く挨拶をしていた。
「ふう……みんな、だいじょうぶそう?」
「大丈夫です」
「……春野さんはもう、見えていらっしゃいますのね」
ナルは当然のことながら、原さんやリンさんもまだここの霊を視てはいないようだった。
原さんはこの屋敷に来た時、血の匂いを感じた気がすると言い、リンさんはさほど感じられないらしい。夜になり活性化したらまた別かもしれないが。
「恨みとかじゃないな……凄惨な死があったのかな、みんな怯えている」
「霊はどのくらいいる?」
「人数でくくれない───形を保てていないものもいる。この場所に滲んだみたいに留まっている」
「みんなずっと、怖い、痛い、助けてと言ってる。話しかけたとして、俺を見てくれるかな」
「殺されたというでしょうか」
「おそらくは」
ナルとリンさんの問いかけに答える。
霊媒のように霊の記憶や思念というものを読み取る力は弱いけど、ここまで"うるさい"と、声に出してるようなものだ。
「行方不明になった2名は───、ここの霊と関係があるのかな。人を襲う余裕はなさそうだけど」
「余裕がないから、引き込んでしまったのかもしれませんわ」
「ううーん、でもここにいる霊はあまりにも弱いしな」
「そうですわね……」
原さんはたしかにとうなずいて口を閉ざした。
俺たちの会話を聞いていてじっと考え込むふうだったナルは、口を開く前にわずかにため息を吐いた。
「とりあえずカメラを置いて周辺の安全を確かめていこう」
「そうだね。大橋さんには一部屋別に手配してもらっているから───ああ、原さんもよければ」
「ええ、お願いします」
簡単なミーティングとお茶の後、俺たちは立ち上がる。
今回は車の送迎を手配してもらえていたので、あらかじめ必要な荷物は運び込ませてあった。職員の方を大いに使ってしまったが、まあ人海戦術のようなものだ。
広い部屋にまとめておかれた機材たちを設置している最中、控えめなノック音があり返事をする。
そこにいたのは大橋さんで、俺と目が合うと少しだけ目尻を和らげた。
「お部屋の広さはいかがでしょう」
「問題ないようです」
「お荷物、機材等に不備はございませんでしたか」
「大丈夫そう」
ナルを見ても特に文句を言われなかったので代わりに答える。
「少し、話を聞かせていただけますか」
「もちろんでございます」
そして口を開いたナルに、大橋さんは快く応じた。
この家の成り立ちや、土地柄、行方不明者の出た経緯。それから依頼人の立場上仕方ない事情───それからこの屋敷の広さや図面などが明らかになっていないことを聞く。
大橋さんが去った後のナルは少々不機嫌であった。
この建物の情報があまりに不確かで、気に食わないらしい。
俺はとりあえず、あまりの亡者の数にドン引きが止まらないのでお迎え課になんとかしてもらおうと思った。
外部との連絡は控えるようにと言われたけど外じゃなくて天だもんという屁理屈。
「春野さん、それは?」
「え?……スマホ」
「預けたはずじゃなかったか」
「素直に預ける理由なくないか」
本来スマホは回収されリタイア・解決時に返されるとのことだったが俺は身内特権で持っている……というわけでもなく、ただただ、自分の知恵を働かせて古いスマホを渡しただけだった。
大橋さんにはさすがに、そこまで贔屓をさせられない。
「安原くんたちと連絡がとれなくなってしまうし」
「……」
「これだけ機材を持ち込んでいるんだから、外部と連絡を取る手段だって作れる……結構管理は甘いな。とはいえ情報漏洩したらそれなりの措置をとると脅してるんだし、軽々しく連絡をとらなければいいわけでしょう?そのへんは弁えるさ」
原さんはぽかんとし、ナルとリンさんは若干俺に胡乱な目を向けてくるけれど、もしもーしと電話を耳に当てた。
それにしても、コール音がミキマキさんの歌なんですが、俺、どこに電話かけてるんだっけな。
next.
ジョンと真砂子ちゃんは人形編で出せなかったぶん、ジョンは贔屓で来てたんだけど真砂子ちゃんまだだったので、ここで絡みます。
実のところ一番主人公のことを早く知ってた人なんですけど、いつかエピソード書けたらいいなとか思ったり思わなかったりです。
July 2021