春のおまもり 34
あの世のホットラインが怖すぎる。お迎え課窓口に連絡したつもりが、何を間違ったのか荼吉尼天様の電話番号だった。
やってくれたな、鬼灯さんめ。
白澤様の着信拒否設定は1カ月、俺が一回も電話を取らなかったことで本人が突撃してきて判明したけど、それだけじゃなく俺向けにいたずらも仕掛けていたとは思わなかった。地獄のジョーク久しぶりすぎて胸がドッとした。
気だるげな、見なくてもわかる美女の声が電話口からしてきた俺の気持ち考えて。
軽やかに電話した俺が、え、あ、あああああの、と吃りはじめたので、周囲の人々もあれっとこっちを見てた。
荼吉尼天様も俺との直通は知らなかったらしくて、俺、死んだら鬼灯さんに文句言いたい。次会う時は法廷よ……。
今回ばかりは鬼退治などしてないので、さすがに天国直行はしないだろうし。あでも、白澤様がお迎えに来てしまうかもしれない。
とはいえ一言申し上げたいので、死ぬまでこのことは忘れないようにしよう……。
事情は多分気にしないんだろうなと思って、荼吉尼天様には大勢の亡者がいるということでここの住所を告げた。
どうやらお迎え課でも目をつけていた問題物件だそう。
「ああ、ここの主人が死んでも殺戮を繰り返してるのよねえ~。最近また2人殺しちゃったみたい」
はあ、軽い。人間の俺にはちょっとわからないなこの軽快なトーク。
死んでから"も"ということは生きていたころからやってたってことじゃないか。
そういうやつは早く地獄に落として。
なんか一気に精神もっていかれたんだが、これがあの世に連絡を取った代償だろうか。いや違うよな。
通話を切るとプツリと音が鳴り、しん……とした周囲の気配が身に染みる。
「電話をおかけ間違いになったの?」
「あ、いや、思いがけぬ方が出たのでびっくりしただけ……要件は伝えられたよ」
「ここの場所を伝えていたが、安原さん以外にも調べものを頼んでいたのか?」
原さんがおずおずと聞いてきたので大丈夫と返す。
しかし俺の電話の内容が理解できないことらしく、ナルは首を傾げた。
「とりあえず彷徨っている亡者───霊を、どうにかしたくて天に昇る手配を」
相手はまあ、企業秘密、とさせていただこう。
遠くからお祈りして浄化させようとしてる、みたいなニュアンスでとっていただければ。
安原くんにも調べものの指示をしたいので、こちらはメッセージで送った。文章を打ってる間そっちに集中したのを見て、ナルも深く突っ込んでくる様子はなかった。
原さんにはお供の鈴をフル装備でわたし、桃のお香もあげた。
桃の香りはあまりに濃ゆいと好みがわかれるのでほのかにしたつもりなんだが、大丈夫だろうか。
「いいにおいですわ」
「夜、焚いて眠るといいですよ。あらゆるものから護られます」
幸い桃の匂いは嫌いではなかったようだ。
これで霊はもちろん悪夢も視ずリラックスして眠れるだろう。
いとこの社畜がこれを使い、精神を整えたことによって会社の闇を摘発して颯爽と辞めた武勇伝付きの代物である。
病院行けと言いたい案件が多く俺に舞い込んでくるが、こういう効果も発揮できるのでついつい、タウンページに張り合ってしまうんだよね。
職員や、ほかの霊能者の方々にもおすそ分けしたいところだが……霊能者の方々には余計なお世話になって角が立つので大橋さんを通じで職員にのみまわしてもらおうかな。
リンさんとナルは周囲に機材の設置へ行き、俺は原さんと連れだって屋敷を見回ることにする。
霊能者が多いので俺が亡者に向かってもうしもうし、と話しかけていてもさほど目につかんだろう。
もうすでに、ぐるぐる回ってる人や、何もいないところでぶつぶつ呟いてる人もいたし。
「それにしても、変なつくりの屋敷だなー」
「そうですわね……アメリカのウィンチェスター館のような」
「ああ、あすこね」
ままならない霊が多くて、結局散歩をしてるかのようだった。
原さんも気配を感じられても姿や感情までは読み取れないようで、コンタクトは困難を極める。
「春野さんはお入りになったことは」
「いやあ、ないない、遠いもん」
「でもテイラー邸にはあるのでございましょう?」
「原さんも知ってるの……!?」
ひっと壁に抱き着いた
なんでも原さんはASPRと懇意にしていたことがあったらしく、俺の映像やらナルの映像を観たことがあるそうだ。あーだから、ナルが博士だと知ってるわけね。
ちょっとした羞恥心から抜け出し、ふいに通り過ぎていった亡者が目についた。
あてどなくうろついているような、それとも、何かを探し回っているのか。
原さんに声をかけて一緒に亡者を追い、行きついた部屋の前に立ち止まる。亡者はドアを開けたようなそぶりをして壁を抜けていく。
ドアノブに手をかけながら、原さんには俺の背後から離れないようにことづける。
部屋の中では女性が背を向けて立っていた。
「何かお探しですか」
「はい、ええ……はい、布巾を乾かさなければいけません」
女中さんのような返答が返ってくる。
亡者は俺に話しかけられたことにより自覚していくようにして生前の姿に近い形をとる。
「もうお仕事はおやめになったのでは?」
死か、終わりか、解放のいずれかを自覚させて天に昇れたらと思ったが、彼女はぴたりと動きを止めて立ち尽くす。
俺はそっとその背中に近づいていく。
ジーンがこのとき、ささやくようにして「あまり近づきすぎないで」といった。
瞬間、ぐるりと振り向いたのは青白い顔をした若い女性だった。けれど溌剌とした様子も、瑞々しさもない。
「たす、けて」
死んだのだから、当然だろうか。
「助けて、助けて、怖い痛い、苦しい……痛い、痛いの、痛かった、怖かった、たすけて、たすけ、たすけてたすけて、怖い……痛い痛い、苦しい……!」
亡者は俺に縋りついた。原さんも強烈な感情に引っ張られて視認したのだろう、はっとして息を呑み少し俺に触れた。霊を引きはがそうとしてくれているのかもしれない。
「いけませんわ、この方は、あなたを助けてさしあげられませんの……あなたはもう、亡くなっているのです」
俺の腕を掻きむしるようにして爪を立てる。もつれた足を後ろに投げ出し、立ってもいられず泣き叫ぶ顔は苦痛に藻掻いていた。いつの間にか首から血を流していて、嗚咽と同時にのどの傷口がぽこりと空気を出し、血しぶきを上げる。
「大丈夫、もうあなたに酷いことはしない」
腕や肩に手を回して抱き起す。息も絶え絶えの彼女は今際の吐息を咳みたいにこぼした。
ああ、のどが痛そう。
すうっと上へ浮かび上がり消えていったので、天に昇れたんだと思うけど、余計に怖がらせて苦しめてしまったような気がする。
「逝けたよう、ですわね」
「怖がらせてしまったな……」
「でも、最期には眠るようでしたわ」
原さんは切なくも優しく微笑んだ。
ジーンもフラッシュバックはまれにあることで仕方がないと言ってる。
「みんなあんなに怖い思いをしたんだな」
「そうですわね」
息を吐いてから感情を飲み込んだ。
とても怖かっただろう。天国でゆっくり休めますようにと冥福を祈った。
しかしそのあとも酷かった。先ほど亡者が浄化されていったからか、その光のかけらを追うようにして俺に助けを求める人たちがぞろぞろと現れた。
みんな死んだことを自覚してもしてなくても、この苦しくてつらい状態から抜け出したいのだと思った。
とはいえ、個別に対応していればきりがなく、隣にいる原さんもあまりに多くの感情にうっと蒼褪めている。
仕方なく亡者を撒いて、ベースに逃げ帰ってきたというわけだ。
そのことを計測から帰ってきて不機嫌だったナルと疲れた顔も見せないリンさんに話すと、さすがに憐みの顔を向けられた。ごめんね、君らもつらいのに。
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私は主人公のオリジナル親戚エピソードを入れるのが楽しくて仕方がないお年頃です。
ほかにも、桃の節句で盛大にお酒を注がれるわ、女の子の親戚を抱っこして写真撮らされるわ、そのとき酒臭いと言われるなどのエピ、従兄のニート就活応援キャンペーンで返送された履歴書とお祈り封書お焚き上げしたり、太った身体引き締めるブートキャンプなどなどがあるんですけどこの場にて供養。
July 2021