Sakura-zensen


春のおまもり 35


安原くんは俺の指示通り、美山邸の主人についていろいろと調べてくれた。
森さんも大絶賛の探偵っぷりに俺も小さくぱちぱち拍手する。

この家で殺戮を行っていたのは、おそらく先々代だと思われる。
先代は忌避するようにしてこの家に立ち寄らず、幽霊が出るからといって増改築を繰り返し、子供や孫には朽ちるに任せろと言い残したから、おそらく父親のやってきたことを知ってしまい、どうしようもなくなったのだろう。
先々代、美山鉦幸氏の経歴はざっくりと、幼いころ身体が弱かったとか、若いころは外遊していたとかなんとか。大人になってからは慈善事業を多く手掛け、病院や孤児院の運営、社宅の手配、生活費の手助けなど隅々に至るまで従業員や関係者、生活困窮者を支えた。
篤志家のように見えたが、かなり潔癖な人間で、どちらかというと気性が荒く人付き合いも多くなかったそう。
そして当時を知っている人間はほぼなく、人物像ははっきりとは見えないが、噂話だけが残っていた。
なんでも、彼を裏切れば一族もろとも追い出されるとか、山荘に連れていかれて二度と帰ってこられなくなるだとか。
ふうん……。と、安原くんが調べてくれた内容を頭に入れて、さらなる究明と、もし行方不明になった人が当時いれば調べてほしいとお願いした。


その日の晩、誰かが部屋に入ってこようとする音がした。
何だか濡れた足音みたいで、入浴後ならちゃんと拭いてこいよなと目を覚ます。
ここが一瞬どこだったのか忘れて起き上がった。そうだ、家じゃないし、極楽満月でもないし、ここは長野の洋館で───扉の向こうに、物々しい雰囲気の誰かがいた。
腐った肉と血の臭い。妙な呼吸の音と、殺意とはまた違う気味の悪い執着がドアから滲んでくる。
「いるよ」
ジーンが言った。
「でもここには入ってこられない」
俺の部屋には手製の護符も、お香もある。そして、ナルやリンさん、原さんの部屋も同様に。
かた、かた、と俺の部屋のドアを開けようとする音がしたがやがて止む。
───でも。
ほかの霊能者の部屋はどうだ。きっと容易く開くだろう。

ナルに簡単なメッセージを送ってから、裸足のままベッドを抜け出た。
?」
羽織りを手にして部屋のドアを開けた。
ジーンがしきりに呼ぶ声がしたが答えなかった。
「何をしようとしてる?やめたほうがいい……!」
廊下に出てみても、周囲には誰もいなかった。でもぞっとした気配がして、両腕がつかまれる。
そんなに力強く捕まえなくたって逃げる気はないのに。むしろ逃がさないぞという気概でほくそ笑む。
足を踏み出す時、手から、羽織を落とした。

!!」
「───春野さんっ!」

メッセージに気づいたナルやリンさんが部屋から出てきたけど、俺はもう廊下を曲がり暗闇の中に潜っていくところだった。


見覚えのない部屋をいくつか抜けて、たどり着いたのはタイル張りの部屋。寝台と、バスタブが併設されていて奇妙だが、どちらも赤黒い液体に濡れていたのでここで行われたことはたやすく想像ができた。うへえ。
寝台にはベルトが取り付けられていて、おそらくそこに寝かされて───彼女は首を斬られたんだろう。

ここまでくればもう好きに反撃していいだろうと、俺の腕をつかんでいた2人の亡者を投げた。
すると、部屋の温度がすっと下がったように感じた。嫌な気配がして、バスタブに貯められた血の底から、ゴポリゴポリと空気が上がる。
ぬう……と顔みたいなものが見えてきたので、───えいっと押し返して血に沈めた。
「よきかな、よきかな」
地獄にも血の池があるので、転居はそちらにおすすめ……。そこに堕ちるかは知らないが。
バスタブに浮いてる白いぷちっとした奴はたぶん脂肪とか……血の塊か肉の破片が黒くどろっとしてるのとか、あの世で見たことあるけど、本来こんなところに手をつっこむなんて御免だ。
あとでえんがちょってしてもらわないと。

「にゃんだい、桃太郎じゃにゃーか」

ふいに暗闇が濃くなり、わずかな物音と低い声がしたので振り返る。入り口のとこにでかい猫さん、基い火車さんがいた。
狭そうなとこをしなやかに通り抜けて部屋に入ってくる。さすが猫です。
「あ、火車さん」
「生まれ変わっても鬼退治かい?ご苦労なこった」
「天職ですかねえ」
「ニャハハハ……さて、こいつらはもらってくよ」
「はい、お願いします」
すっかり力を無くした諸悪の根源と、その手下2人の亡者は火車さんにぞんざいに咥えられて去っていった。
バイクのエンジン音みたいな雷鳴みたいな、実のところ猫の喉の音を響かせて、彼らは消える。


さて、今までの行方不明者の身体というのはこの近辺にあるはず……ということで、隣の部屋、上の階、と調べていくと出るわ出るわ、無残なものが。
一部は火葬して、骨にして積み上げて並べてあった。これは死を悼んでのことじゃなくて───なんていうか、酔狂かな。俺はそっと両手を合わせて犠牲者の冥福を祈る。

ようし、これで大体のことには説明がつく……だろうか。
安原くんやナルが色々と調べてくれたしどうにかなるな。

あとは、帰って大橋さんに報告して───ん、あれ、ん?………………どうやってここまできた?

か、帰れないぃ。


うろうろしたは良いが、一向に見覚えのある部屋に出られず、スマホも電波が届かず───。いざとなれば原さんにつけたお供がナビゲーションしてくれると淡い期待を抱いて待機。結果、俺が見つけ出されたのは夕方だった。
どうやら、壁で埋め立てられた空間にいたらしく、そら見つけられませんわ……と遠い目になった。

俺はリンさんに抱き上げられてゆらゆら揺れる。
「あの、歩けるよ……俺」
「いけません、春野さんは裸足でしょう」
リンさんは涼しい顔して拒否。多分勝手にどこか行かないか危惧してるんだろう……もう全部見てきたもん……。
「俺のほかに、行方不明になったりしてないよね?」
心配だったことを聞いてみると、ナルはああと肯定した。
ここに来るまでの経緯は、まずナルたちがこの家の間取り的に空白部分、入れない部分があることを突き止め、壁を壊すのに大橋さんへの交渉するところから。
これは俺を心配していた大橋さんが許可をだし、一部壊したところで身元不明の遺体を発見。時代からして最近行方不明になったうちのどちらかだろうということ。そこは完全に、人が迷い込めるところではなかった……ってことで、ほかの霊能者の方々はほとんどお帰りになったとのこと。
デイヴィス博士の偽物も、俺の落とした羽織を突き付けてナルがサイコメトリーしろと脅し倒したところ、偽物だと白状して逃げていったのだそう。
それから更に深部に俺がいるとみて、壁を壊して壊して、ここまでたどり着いた───というわけ。

「いやあ、まさか壁に囲まれていて出られないとは思わなかったな」
「……もう少し待っていてくだされば、図面もできたのに」
「何のために外で安原さんに調べものをしてもらったと思ってる」
リンさんとナルのお小言から逃げられない。
おじさんにも怒られるかと思ったが、とにかくいっぱいいっぱいで、しきりに俺の様子を気にしてた。
ちゃん、本当に怪我はないのかい」
「おじさん大丈夫だよ、シャワー借りていい?」
「屋敷を出たほうが良いだろう、この家は危険だ」
血みどろになってしまったし、リンさんもきっと着替えたいだろう、と思ったんだけどナルがすぐに反対した。
「ああ、それは大丈夫。もう誰もいなくなったから」
「……除霊できたのか」
「たおしたー」
鬼退治というか、地獄に直葬───とは専門用語が過ぎるだろうか。
「まあ、倒せないくせに一人で行けば、それは本当に救えないバカか」
ふんと息を吐くのを上から眺める。
多分だけど心配してくれたんだろうな……。



後日俺は多大なる謝礼をいただいたので、渋谷サイキックリサーチと、安原くんに分けて渡すことにした。
ナルは別にいいのにといったが、記録や調査はしているのでいくらか経費が掛かっているはずだし、壁を壊すなどして救助に来てくれたのできちんともらってくれた。
説得に困ったのは、安原くんのほうだった。
「バイト代、受け取れません」
「え、なんで」
「僕が春野さんにお試しで使ってみませんかとお願いしたことですから」
「お試しで大いに助かったので」
「そうでしょうか?春野さんには僕の力は不要だったようですが」
「え!?」
「僕が勝手に春野さんを見縊っていたようです、失礼しました」
「そんな……今回は、ってか、ケースによるんだよ……俺がやってしまったほうが早いか、君の情報のほうが役に立つかどうかっていうのは」
俺が勝手な行動をしたばかりに、安原くんが傷ついたお顔をしている……。
「わかります」
「今回だって、俺が力技で解決した部分はあるけど、森さんと安原くんが調べて、ナルやリンさんが交渉して救助に来てくれなければあそこで行われたことは明るみにならず、誰にも説明できないままだったし、俺だってあのまま飢えて死んでいたわけで」
「……」
必死に言い募るのに、つい、安原くんの手を握る。
「それをきちんと説明してくれて、俺のことを助けにきてくれたのは君らじゃないか。安原くんはきちんと俺のしてほしい仕事をしてくれたんだよ」
「では……僕は不要な存在ではありませんか……?」
「もちろんだよ!」
「───よかった、そういってくれて」
安原くんの手をつかんでいた力をそっと緩めたら、逆に俺の手がきゅっと握られ、さわやかな笑顔が目前にある。
さっきまでのいたいけな好青年は?
「春野さん、お願いですから、僕のことをもっと上手く使ってください」
「ひゃいぃ……」
あれ?俺、契約書にサインとかさせられてないかな。



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【ナルのおバカさん判定】
倒せないのに一人で行った→救えないバカ
倒せるから一人で行った→バカ

ジーンとお話するときにうとうとするのは、心の中で"会話"をしたいときで、ジーンが起きてるとき勝手に声を出す場合それは主人公には普通に聞こえる。その返答を肉声に出すか、心の中で話すかで起きてるか起きてないかが変わります……っていうフワッフワな設定があります。
July 2021

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