Sakura-zensen


春のおまもり 36


大橋のおじさんが、渋谷サイキックリサーチを紹介してもよいか、と俺に聞いてきた。
石川にある料亭をしている家で、長い付き合いがあるのだそう。
え、俺は?と思ったんだが、俺が以前行方不明になったことが気がかりなようだ。
そんなに心配しなくてもいいのに。安原くんにはああ言ったけれども、1人なら1人でどうにかするわけで……。しかし信用を失ってしまったのかな、と反省して渋谷サイキックリサーチへは俺からも伝えておくと約束した。

それから数日して、俺は吉見彰文さんという年齢の近い青年と、葉月ちゃんという幼い女の子と待ち合わせて渋谷サイキックリサーチへ向かった。
彰文さんは俺よりひとつ年下で、都内の大学に通っているそうだ。ご実家が件の料亭で、おばあさまが依頼人だがこちらまで足を運ぶのが難しいため彰文さんが代理でやってきた。
「ごめんください」
「いらっしゃいませ!」
滝川さんと松崎さんも来ていたようで、谷山さん以外にも人がいる。
ナルも普段は所長室にこもっているのだが、今回は事前に連絡してあったので待っていたようだ。
「滝川さんと松崎さんも呼んでくれたの?ありがとうね」
「別に呼んでない」
なんだ。てっきり、調査に行く気満々だったのかと思いきや、彼らは遊びに来ていただけらしい。
そういえば喫茶店代わりにするなといつもナルが怒っていたっけ。
2人は、俺の口ぶりからして自分たちにも関係のある依頼かと思ったようで、席を外すように言うナルには従わなかった。
「まず診ていただきたいのは、姪の葉月に、妙な湿疹ができたことなんですが」
「それは病院へ行くべきなのでは」
「びょういん?きらい……」
ナルの素っ気ない口ぶりに葉月ちゃんが彰文さんにしがみついた。
彰文さんも、皮膚病の一種であれば病院へ連れていくのですが、と困ったような顔をした。
「ナルちゃんよう、が連れてきた人なんだから単なる勘違いだの病気だのじゃねえことはわかるだろ」
少しご機嫌ななめだったのかしら、とは思うが葉月ちゃんや彰文さんを困らせないでほしい俺は、今回ナルを宥めるのは滝川さんに委ねた。
葉月ちゃんの首には、一周ぐるりと回るような湿疹があり、背中には漢字の羅列がある。これは戒名で、死んだ人につけるものだ。
生きた人間の背に滲み出るとは、とんだ悪趣味である。
「痛くはないんだよね?」
「うん」
葉月ちゃんはわからず頷いたけど、許可を取ってから触れてみても痛そうな表情はしないから本当のようだ。
彰文さんも沈痛な面持ちで、葉月ちゃんのワンピースのファスナーを上げた。

依頼の話はナルや滝川さんに任せて、俺は一度葉月ちゃんと席を外すことにした。
だってこの背中の戒名の意味を話すだろうし。
下の喫茶店でアイスでもたべよ、と声をかけると彰文さんが俺に目礼して、葉月ちゃんに行っておいでと言ったので2人で手を繋いで外へ出た。
夏の蒸し暑い空気が俺たちを少しだけ圧倒する。
「あつーい」
「あついねえ」
「ここまで来るのもあつかったでしょ」
「へいき!」
そっかあ、と笑いながら、エスカレーターを気を付けて降りる。
しっとりしたふかふかの指が、俺の手をきゅっと握った。


翌日から俺たちは車で大移動をすることとなった。
長時間の移動となるので、谷山さんと2人で後部座席に座って、ちょっとつまめる食べ物とかお茶とかを配った。
「わあい、くんのごはんっていつも美味しーんだよね」
「谷山さんの味覚はもうばっちり把握済みなので」
ウフフと笑っていると、運転席の滝川さんが鏡越しに俺たちを見て眉をしかめた。あれ、なんかキモかったかな。
「ずっと気になってたんだが、麻衣、お前さんいつのまにに貢がれてんだ?」
「あんたたちまさか、付き合ってるわけ?」
「違う違う、谷山さんの私生活を聞いて俺が勝手に心配してるだけ!」
俺は慌てて否定した。谷山さんにキモって思われたらショックだし。
「私生活って……どんだけだらしないところ見せたらそうなるのよ?」
「だらしなくないやい!」
谷山さんにあらぬ嫌疑がかかるが、どうしたものかと言葉を選んだ結果、ここでは彼女を見守ることにした。
「それにしたって、冬休みはほとんどの家にいたんだって聞いたぞ、親御さん何も言わなかったのか」
「親はいないよ、みなしごだもん、あたし」
滝川さんや松崎さんは一瞬、言葉に詰まる。
谷山さんは2人の空気が変わったのを肌で感じてはいるのだろうけど、特に気にしない様子で学校休み放題と笑ってみせた。
彼女なりに周囲を元気づけたかったのだろう。

お腹いっぱいになってうとうとしてる谷山さんのむき出しの膝に、羽織をかけた。
クーラーの風は当たっていないだろうけど、眠っているときは少し寒くなるだろうから。
「あんたが妙に甘やかしてるワケがわかったわ」
「甘やかして……るね」
「いちお、自覚してたな」
俺の想像する『甘やかし』は白澤様で、妲己様にショッピングモールで爆買いしたりする姿だけど。いや、あれこそ貢ぐ姿か……。
「麻衣の身の上は、いつから知ってた?」
「連絡先を交換してすぐくらいかな」
「じゃあ結構早くから知ってたのね、意外」
「意外?」
はあんまり俺たちとプライベートの話しないだろ?」
「ああ、そういう。谷山さんは……普通の子だから話しやすいのかな」
言葉の綾だが、滝川さんと松崎さんは霊能者として、仕事として関わりがあると思うとなかなか込み入った話を振れない。
その点谷山さんはもともと霊能者ではなかったので、話をする内容もプライベートなことが多くてこうなったともいえよう。
「あたしたちとは話しづらいってわけ?」
「いや、そういうわけでは!」
「傷ついちゃうわもう」
松崎さんが笑いながら言い、滝川さんは茶化すように女の人の言葉遣いで嘆いた。
「───自分のことを、霊能者とは思っていなかったからかなあ」
ふいに視界の端で谷山さんがみじろぎをしたけれど話を続ける。
「力の有無とかではなくてね、種類の話。俺の話は参考にならないし、やり方も理解できないし、どうしても周囲を置いていってしまう」
滝川さんと松崎さんは聞き入るようにして沈黙した。
「本来こんなふうに大勢の霊能者の方たちと調査を共にする必要はないし───多分、根本的に合わないんだよね」
いつの間にか起きていた谷山さんも、俺が何の話をしているのかわかってきたのだろう、もの言いたげにこちらを見つめた。
「SPRからも、研究させてほしいとか、話を聞きたいとかいわれたけど、断ったんだ」
「SPRって、あの?」
「そう、みんながよく言ってるあの」
松崎さんが思わずと言った顔で振り向いた。
「能力は十人十色で、時には一線を画すような特別な力を持った人もいるだろうけど、俺をこの世で一つのケースにしてはいけないかなって」
あくまで俺は、あの世のケースなので。
単に一緒に調査するくらい、目の当たりにされるくらいにしておかなければならない。
俺自体が心霊現象みたいなところあるから。
「でも、みんなとは仲良くなれてうれしいなって思うので、これからもよろしくお願いします」
「……おー。まあ、桃太郎が規格外なことはわかってるからな、邪魔はせんよ」
「たまに心配はするけどね、何せ仲が良いわけだし?」
滝川さんと松崎さんは詰めていたらしい息をふうと吐いて笑ったのが見える。後ろから、2人の少し膨らんだ頬を見るのがうれしい。
そして目を覚ましてこの話を聞いていた谷山さんは、俺の手を力強く握る。
くんはくんだよ、どんな力を持ってても、あたしに美味しいご飯を作ってくれる友達!!」
泣きそうな顔をして言ってるのに、なんでこんなに面白いんだろう。
そう思っていたら松崎さんと滝川さんは大笑いした。
俺もつられて笑ってしまった。

そういえばジーンも俺に同じようなこと言った。
どんな力を持っていても、存在が特殊でも、俺は俺だからって。
ナルが少しジーンと谷山さんが少し似てるって言ってたの、わかった気がする。



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今までの距離間の理由というか言い訳というか。近頃はさほどもじもじしなくなったのです。
ただ、仲良くなるにつれて余計に、霊能者さんとは力の種類がちがうなーという思いはあるので、あんまり力のことを詳しく説明もできないし、したらあかん気がしている。
ちなみにリンさんとの出会いもお互い霊感ありの一般人という認識の出会いだったので、割とプライベートの話してたりします。
Aug 2021

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