Sakura-zensen


春のおまもり 37


本来の依頼人である吉見やえさんは彰文さんの祖母に当たる。祖父に当たる夫が亡くなり、この家は代替わりの時に変事が起こるという言い伝えに不安を覚えて依頼したらしい。
大橋のおじさんはこの料亭、『渟湛』を幾度か利用しており、彼の親戚である俺は大層かしこまっての挨拶を受けた。
しかし、なにやらもごもごと、言いづらそうな雰囲気が見て取れる。
聞くに、代替わりの変事とは死人がたくさん出るとのことだ。しかも、お客さんや、当時呼んだ霊能者までもが亡くなった。だから、やえさんは俺たちが帰ってしまったり、死なせてしまったりするのではないかと不安になっているようだった。
「なにも見ないまま帰るってことはしませんよ、とはいえもし危なそうなら引き留められても帰ります。分てえのをわかってますので」
滝川さんの答えに、皆同意したようだった。
今のところ、飼っていた鳥、犬が死ぬという異変があった。そして店の従業員が窓から人がのぞいているのを見たという報告。それから葉月ちゃんの戒名。もう、ことは起こり始めている。
店の従業員が窓から人がのぞいていたといぶかしむ場所は、きっと入江側の部屋だと彰文さんは言う。ナルはその場所にカメラをしかけて様子をみることにしようと言って立ち上がった。

俺たちがベースとし、寝泊まりすることになったのは、お店の広々とした和室だ。
「うっわー!ひろーい!」
谷山さんが雪の庭を駆け回るワンちゃんのようにはしゃいでる。ふすまを開ければさらに広く、隣の部屋と行き来できる。
そして和室の奥の板の間へいき、窓から外を見ると下はもう絶壁。入り江が広がっていた。
「なるほど、ここから人が覗き込んでたら不思議なわけだわ」
見下ろした途端の風景にびっくりした谷山さんを、滝川さんが後ろから覗き込む。
俺と松崎さんも一緒に見てから、彰文さんがこの周辺の立地を指で形を作って説明するのを聞いていた。
谷山さんはここは泳げるのかって聞いてるけど、怖いナルがいるのでそんな余裕は絶対ないだろうし、水着だって持ってきてないでしょうに。本当にただ聞いてみただけってやつだろうな。
好奇心旺盛なのは良いことだけど。


夕食の席を用意され、吉見家の主に男性陣との会食となった。
総勢何名だったかわすれたけど、女性陣の一部は配膳に動き回り、小さな子供たちは先に済ませたようで不在だった。
ナルとリンさんと俺は事前に言っていた通りの肉類を控えたメニュー、ほかの皆さんは特に希望がなかったので通常のおもてなしメニューとなっている。
「あれ、なんでリンさんはお料理が違うの?」
隣の席の谷山さんに言われたリンさんはわずかにまごつく。
「麻衣ちゃん麻衣ちゃん。俺と同じだろ」
「あっ、ほんとだ」
そんなに痩せてて!と言われているリンさんに助け舟を出すつもりで、谷山さんの反対隣りにいた俺も自分のお料理を見せた。
通りすがりの配膳していたお母さんが事前に聞いていたので、と困り顔で谷山さんに返す。
もてなす側としても、味気ないものだと思ったのだろう。
「せっかく海のそばにいらしたのですから、何かお持ちしましょうか」
「いえ、調査の時は精進潔斎することにしていますので」
リンさんが断わっている横で、谷山さんはそっかと納得した。以前から俺の食事を見てたしな。
お母さんたちは霊能者の方って大変なのねと感心しているようだが、少し離れたところに座ってるお坊さんと巫女さんの顔が引きつっているのであまり驚かないでほしい。

食後、部屋に戻る最中に谷山さんが俺の服の裾を引いた。
「精進潔斎をしてたってことは、リンさんもナルも霊能者なの?」
「……滝川さんと松崎さんはしてないじゃない?必ずしも必要というわけでも、不要というわけでもないんだよ。心がけとか意気込みみたいなものだと思う」
感覚的な力を有するかといえば、二人ともそうなのだけど。
「あーそっかー」
「俺、酒に酔った勢いで鬼退治したことあるし」
「えっっ」
「由緒正しき清められたお水とか、墨とか、紙とか、お札を作るのにそれがいいとしてもないときはレシートの裏にボールペンで一筆入魂するだろ」
「うんうん」
滝川さんや松崎さんがしきりにうなずく。
「悪霊が向かってきて、なすすべなかったらとりあえず手や足で抵抗してみたり、椅子とか投げてみる」
「え~……?」
「つまり、気力だよ」
ナルとリンさんは終始静かだったが、滝川さんと松崎さんを交えて楽しくお話をして谷山さんに聞かせながら部屋へ戻った。

「それで、何か見たり感じたりは?」
「ん~……わからん。なんだろ?」
「わからない……?」
部屋で座るなり、ナルが俺に問いかけてくる。
「少なくとも霊の姿は見えないんだけど、妙な……でも悪さしてくるような意思とかこっちへの興味とかも感じられない……ただそこにあって……いるだけだとしても……それならもっと見えるんだけどなあ」
「そうか……。ぼーさん、葉月ちゃんに護符は?」
「あ、護符なら俺のを持たせたんだ、渋谷に来た時に」
「ってぇ、がいうもんだから任した。部屋には結界もはってありますボス」
皆があまりの強さを感じて拒絶した白澤様直筆白澤画のお守りを葉月ちゃんに渡した。まだ画力の理解できない年代だったのか、俺がアイスを買ってあげたから拒否するのも悪いと思ったのか、ありがとーと言って受け取ってくれた。

彰文さんから食後のお茶をもらって話をした後、静かに庭に出てみた。
茶室が遠くに見えて、あそこは柵があまりないんだなあ、風情があるなあ、とか眺めてみる。
暗闇の海はわずかに光り、耳をすませばざぷざぷと波の音が聞こえる。
木々のざわめきと風は心地よくて、いいにおいがするのに、どうしてだか落ち着かない。
「───はこの場所に何か感じる?」
「感じるんだけど、何なのかがわからない……明確な悪意みたいなのがないからかな」
「そう」
ジーンが風に乗って話しかけてきた。
ふと、霊場の気配がすると呟く。その言葉に山岳信仰を思い浮かべるけれどジーン的には神社や祠があるからかもと思っているらしい。
「神社があるのは聞いたけど、祠って?」
「洞窟の中に、小さな祠があって……あそこは死者の魂が吹き寄せてくるみたいだ。特に霊場の気配が強い」
「それなら、神様がいるんだろ。力が強い方なのかもね」
俺、もしかして挨拶に行った方がいいかしら……とかなんとか思うけど夜遅くに彰文さんを引っ張っていくのも申し訳ない。
う~ん、と目をつむって、遠くに向かって明日ご挨拶にでも行きますと念じておいた。届くかは知らないけど。

「どこ行ってたのよ一人で」
「ちょっと夜風に」
お店の中に入るなり、松崎さんに出くわした。
「夜にふらふらするんじゃない」
「ゴメンナサイ」
「……次からあたしも誘いなさいよ、付き合ってあげる」
「うん、ありがとー。じゃあ明日さあ、神様にご挨拶に行かなきゃと思ってて、一緒に行ってくれる?」
「神様?神社にお参りでもいくの?いいけど」
靴を脱いで並んで廊下を歩く。
松崎さんは巫女さんだし、挨拶に行くのも吝かではなさそうだ。
「どちらかというと洞窟のほうかなー。霊場になるほど、霊験あらたかな場所らしい」
らしいってなによ、らしいって。とか言われながらベースに戻ろうとしたところで、悲鳴や物音が夜の空気を切り裂いた。
滝川さんや谷山さんが大慌てで母屋の方へ走っていき、ナルやリンさんもそれを追う。
なにがあったんだろ、と俺たちも向かったところ、栄次郎さんが刃物を振り回し血まみれになりながら抑え込まれていた。



next.

KADOKAWA文庫版で初めて、吉見さんちの料亭のお名前を目にしたのでしれっと使ってみました。
彰文さん本当はもっとなかよしさせたかったけど、話数や展開の都合上書いている暇がなかった……。
Aug 2021

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