Sakura-zensen


春のおまもり 39


(第三者視点)

「麻衣ちゃん、久しぶり。逢えてうれしいよ。またデートしようね、今度は2人きりで」
麻衣は突如現れたの様子に困惑した。
手を握られ、よくわからないことを言われているからだ。そもそも彼は麻衣に対してデートと言う言葉は使わないし、今度は2人きりでと限定することはない。そもそも、よく2人で出かけている。
最初に相対したリンも、無視されたナルも、周囲にいて様子を窺っていた滝川も綾子も、ぽかんとしながら麻衣との様子を見ていた。
「あの、ど、どちら様で?」
「今タオタローくんの身体だからわからないよね」
口ぶりから、と思しき人には現在ではない者が憑依していて、その者は麻衣を知っている。
「タオタロー君……あ、もしかして、ハクタクさん!」
にこにことした細目になる表情の作り方や、名前の呼び方、一緒に出掛けたことを過去デートと称していた人物に思い至った麻衣ははっとして口にする。彼は笑みを深めて肯定してみせた。
「白澤───ですって?」
するとリンが表情を変えた。
はくるりと振り向いて、ようやく落ち着いて座る。
「あ、この人多分……くんの先生で、あたし一度会ったことあると思う、なんでくんに憑依してるのか……わかんないけど」
「この方が名前の通りの方で、春野さんの師だというのならば、納得がいきます。驚くべきことですが」
笑顔を絶やさないまま、は麻衣とリンの会話を見守っていた。
そして、滝川がまさかと口をはさむ。
「あの"白澤"───ってことか?」
「大物すぎるわ……」
「なに?どういうこと?」
麻衣は白澤の名前に思い当たることはなく、周囲の雰囲気に困惑した。
「嬢ちゃん、───前にが持っていた強力な御守りを見ただろ?あれは白澤図といって魔除けになるわけだ」
白澤は、中国に伝わる、万物の知識に精通した人間の言葉を理解する神獣である。
四千年ほど前に中国の皇帝にすべての妖怪の知識を授けた、また中国における道教にも通じているなど、リンが話すのを聞く麻衣。
「まあ、僕が誰かなんてどうでもいいだろ?タオタローくんの身体は僕が守るから、君たちは君たちの仕事を続けてくれて構わないよ」
は否定も肯定もせず表情もそのままに座っていたが、そういうや否や、綾子の膝に頭をのせてごろんと寝転がった。
綾子は驚いたようだが、無下にできず戸惑いながらを見下ろす。
「やっぱり女の子の膝はいいなあ~」
に何かが乗り移って行動している、それが白澤であるのかはさておき、確実にではないというのはここにいる全員が理解した。

翌日、ナルに呼ばれたジョンと真砂子がやってきた。
そしてを見るなり、真砂子はの中に何かが入っていることを理解した。
「你好~」
「とても、霊とは思えませんし、悪い気はしませんけれど……大丈夫ですの?」
あまりに軽薄な態度を見て、違う意味で心配になった真砂子は、麻衣に問う。
「うーん、一応本人に会ったことあるんだけど、そんなに悪い人ではなかったし……すごい神様だったらしいの」
神と言われれば少々人格が規格外なのも頷けるというもので、真砂子は少しから距離をとりつつも納得したようだった。
「どうやらの魂が眠ってるんだか、"飛んで行った"んだかで、この身体が空っぽなんだと」
「で、そうすると身体が危ないから来てくださった……らしいわ」
滝川と綾子に言われて、真砂子とジョンはなんとか状況を飲み込んだ。
「真砂子ちゃんや、はいまどこにいるかわかるかい?」
「───わかりません、少なくとも……春野さんの身体のどこにもいないみたいですわ」
そっと、悲しげな顔をした真砂子を、は目を細めて見ていたが、何も言わなかった。
「せやったら外で迷ってはるのでしょうか、この状態で僕が落としてしもたら、えらいことになりますよって……」
それ以前に、白澤を落とせるかと聞かれると難しいのだが、とジョンは苦笑した。

ひとまず麻衣の言と、の普段の行いに免じて、彼の身体はこのままでいくことになった。
ナルはあまり家を離れて調べものをするわけにはいかないと、沖縄でバイトをしていた安原を呼びつけた。が憑依されて倒れたと聞き慌ててやってきたそうだが、出迎えられたが起きていたことに一度拍子抜けし、その後様子のおかしいに再び拍子抜けした。
しかしあまり驚いてもいられず、吉見家での滞在もそこそこに、調べものをするためにあわただしく家を出ていくことになる。
残った面々は、まずは家族に護符を渡しまわり、全員に配り終えた。なかでも彰文から『様子がおかしい』と聞かされていた子供2人とその片方の母親、そして長男は霊能者が家に来ていたことも知らずに、家族に説明されてぽかんとしていた。
つまり、今までは深く憑依されていて、今朝未明には霊が落とされたのだと考えられる。
不愛想に見えた次男も心なし明るい様子で護符を受け取ったし、依頼に来た当初に見た子供の、首回りの湿疹と背中の戒名が今朝見たときには消えていたとの報告が入った。

が昨晩気にかけていた神社や祠へ行ってみると、神社では綾子が良い場所だと感じ、祠では真砂子が霊場の気配を感じた。
「確かに、神様がいるというのは頷けるわね」
「ええ……それに、霊がたくさんいますわ。恨みや苦しみを抱いている……この地で亡くなった方たちがたくさん───けれど、何かをしてくる気配は感じませんわ。ただ、彷徨っているだけ……」
「え?でも昨日まで、くんはわからないって───」
「あの時まではわからなくされていたのではないかしら」
「せやったら、春野さんが憑依された後から急に変わったんですやろか」
「ありえるな。に憑依したことか、それがいなくなったことか、はたまた、"白澤"が降りてきたことか───いずれかが大きな理由となったんだろう」

ベースに戻って集めた資料を見ながら、ナルは祠に祀られている『おこぶさま』にたどり着く。が霊に気づけなくされる、そして気にするほどの神だとすれば『おこぶさま』だろうと。
昼過ぎにはナルから指示を受けて情報を集めてきた安原が戻ってきた。
古い伝承には氏神───おこぶさまは、土地の人間や祝が祀るのをおこたると祟りをなした、とある。
本来この店や家がある場所は神社の一部であり、当時は神としてきちんと祀られていたのだろう。それが長い年月を経ていろいろな事柄が重なり分断された。しかし神としては誰が棲んでいようとそこにあるものは祝と認識され、自身を祀らないものを祟ったのだ。
「一家が全員死んでいないのも、自身を祀る祭司がいなくなるのを防ぐためだろう」
「……なるほどな。んじゃ、きちんと祀ってやれば良いってわけか?」
「たぶん。───白澤様、なぜ、おこぶ様が今鳴りを潜めているのかおわかりになりますか」
ここまで、終始くつろいだ様子だったがナルに視線をやる。
「誰を手にかけたのか分かったんじゃないかな」
「祀ることで祟りは収まると思いますか?」
「本来ならそれで満足するはずだった。でも残念ながら今はそんな状況じゃないから、僕が話をつけよう」
調査の内容に口を出してこなかったことに、誰も異論はなかった。白澤ともなれば、きっとどういう理由で今回のことが起きたのだかわかるはずだったが、自身から語られない以上、聞いていいことではなかったからだ。
しかし、の存在がなく白澤の存在があるからか、事態は普通とは違うようで、ここまで調べてきた結果白澤は力を貸してくれると言い出した。
「なぜ手を貸してくださるのですか」
「手を貸しているんじゃない、君たちはことを終えた。後は僕がやりたいことをやる番さ」
リンが口を開いたので、の視線はそちらへ向かった。
「何をなさるおつもりですか」
「うーん……天罰、かな?」
は立ち上がり部屋を出るためにゆっくりと歩く。皆の横をするりと吹き抜けていく風のようだった。
目に見えない衣の余波や、不思議な残り香を感じた。
「───白澤さ、様!」
「なんだい、麻衣ちゃん」
雰囲気にあてられて茫然としてしまうところだったが、麻衣は慌てて追いかけた。
靴を履いて洞窟のほうへ行こうとするのに追いついて呼び掛けると、白澤は気分を害した様子もなく、立ち止まって麻衣を待った。
「て、天罰って、どうしてですか?おこぶ様をどうするんですか?」
「あれは、タオタローくんを殺したようなものだから」
「え……」
追いついてきたナルや滝川たちも、白澤の言葉に驚き表情を変える。
「あの子の魂は特別でね、身体との結びつきが弱い。だから霊が憑依してきた程度の衝撃で、あの世にまで魂がひとっ飛びしちゃったんだよね」
「あ、あの世?」
綾子が素っ頓狂な声を上げる。
「そう。まず霊が身体に入ってくることなんてないはずだったんだけど、気を抜いていたのかな?それに、僕があげた御守りも誰かに貸していたんだろう」
「たしか葉月ちゃんに貸したって───」
滝川は思い当たった。あの奇妙な画は得体のしれない力を感じた。霊能者はまず触りたくないと感じるほどだったが、悪いものとも思えず、ひたすらに強力なものだと思っていた。持たされた子供が怯えて泣かないのなら、強力な御守りになるのだろうと踏んで反対しなかったのだ。
「春野さんはもう、成仏してらして、この世には戻っていらっしゃらないということになりますの?」
「僕としてはまだ生きてほしいところなんだけど、どうだろうね」
足を進めるうちに入江の端にたどり着き、ぞろぞろと降り立つ。
「あれ?潮が……この時間だったらまだ海水が残っているはずではありませんか?」
「だよなあ」
安原と滝川は違和感を感じ、ナルのほうを見る。
ナルは、海を眺めて手を挙げたを見ていた。
「さあ、行こうか」
まるで見えない何かがいて、挨拶をするようなそぶりだった。
麻衣はゆらゆらと揺れる海を見たけれど、何も見ることはできなかった。



next.

自業自得ってか本人のぽやぽやが招いたことだけど、神様はりふじんなので、白澤様の逆襲が今ここに始まる(?)
ずっと、主人公は生に頓着してないところがあったんですが、結果ここで大々的な問題になります。
白澤様はこういうとこを以て「もっとも残酷な生者だよ」と表現してました。だって普通の死者は死にたくなんてなかったから。
Aug 2021

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