Sakura-zensen


春のおまもり 40


エロ爺神獣によって俺の現世での立場を脅かされたため、現世に帰りたくなくなった。
むしろ一刻も早く戻ってあれをぶん殴ればいいじゃありませんか、と鬼灯さんに言われたのだけど、その殺意によって現世の身体に戻る感覚にはなれず、ふうふうと息を吐いた。
「う~ん、とりあえず、霊体のまま現世に行ってみたらどうだろう?白澤くんなら君が見えたら身体に迎え入れられるだろうし」
「そうですね、ここにいても仕方がありません。シロさん、柿助さん、ルリオさんは桃太郎さんのお供を、あなたは───」
「あ、ジーンは」
はあい、と元気にお返事をしたお供とは別に、俺の新しいお供ならぬジーンに鋭い視線が向いた。
彼はまだ一度も成仏をしていない。とはいえ、俺の元においてしまったため、普通の霊とも違うと聞いた。
したいときに成仏するように、と言ってあったのでジーンのほうを見ると、
「───僕はこちらに残ります」
ジーンも俺を見ていて、それから鬼灯さんと閻魔様によろしくお願いしますと頭を下げた。

「ナルのことはもういいの?」
「あんまり心配していてもしょうがないかなって」
「そりゃそうだ」
閻魔様と鬼灯さんから少し時間をもらえた。
時間があれば地獄や天国、桃源郷のツアーをしたいところだけどさすがにそれは難しい。
とはいえ、だからって金魚草のいるあたりで、少し待っていてくださいということないのにな。
「家族にはお別れできたし、とはまたいつか一緒に居られるし」
奇妙な光景を横にするも、ジーンは意外と絵になる。
「───今じゃなくても、いや、今は一緒にいるべきではないと思った」
「……そう」
ジーンがそう思ったのならそれでよかった。ただ、そこに思い至るまでに、傷ついたり、吞み込んだりしたものはきっとあったのだろうな。
握手のために手を出した。現世で、夢の中で触れるよりもずっと、冷たい手をしてた。
「次に会えた時、同じ気持ちになれたらいいな」
「うん」
「だから、生きて。───生きてね」
「わかった」
ジーンの涙が伝う頬に触れてみたら温かくて、すり寄ってきた彼からは不思議と桃の香りがした。
これはきっと俺のにおいがついたんだろう。
肩口に顔をうずめてすうっと吸い込んだ。目をつむると暗闇が落ちてきて、ふと目が覚めたときに顔を撫でたのは俺よりももっと桃の香りが強くて、それから薬と少しお酒のにおいがする吐息。
はくたくさまだ、と安堵する半面この状態とこれまでのやらかしを瞬時に思い出し組み立てていった思考によって、俺は感情の赴くままひっぱたいた。唸れ右腕、力をかしてください鬼灯さん。

ズザアアアと飛んで行ったのち、襖にどちっとぶつかって倒れた白澤様は、まあどっかで見たことあるような光景だった。
くん……!」
「あれ?まいちゃ……どしたの」
ぼろぼろ泣きながら、谷山さんが俺のお腹に泣きついてきた。
「白澤様に、くんが、死んじゃうかもしれないって、言われて……!」
「なんかぶっ飛んでったけど、今何殴った……?まさか神様ぶん殴った?」
「よくやるわ……あんた」
ぴいぴいしてる谷山さんを頭なでなでしながら、滝川さんと松崎さんの呆れた目線を受け流す。
「白澤様……身体を守ってくださったことは感謝してますけど俺の身体でみだりに女性に触れるな」
徐々に怒りがあらわな命令口調になる。
きっとみんなにはもう白澤様の姿が見えてないのだろうけど、理解はしてくれているらしい。
「春野さん、無事に目が覚めてようおました」
「心配してましたのよ、あたくしたち」
「いつもの春野さんですね、なんか安心しちゃうなあ」
ブラウンさんと原さん、安原くんが安堵してくれて、ナルとリンさんも少し離れたところで俺を見守っていてくれたらしくそっと肩の力を抜くのが見えた。

白澤様はどうやらまだ全然桃源郷に帰る気がないらしく、俺にへばりついていた。
身体を心配してきてくれていたので、無下にもできずにそのままにしてナルから事情を聞く。
途中までは浄玻璃鏡で見ていたので、なんとなく身体に記憶があるということにして、今回の件がおこぶ様による祟りだったと調べがついたところから話してもらった。
祀れば解決と思われたが、この度俺がうっかり死にかけたことによっておこぶ様が大層びびって縮こまってしまったそうな。まあ、とりあえず祀ってみる?という感じでいたところ、白澤様がおこぶ様に話をしたいと言い出した。
「モンペしたんですか、白澤様」
「僕だけがやったわけじゃないし、いっておくけど、ほかの神々だって奴のやったことには腹を立てていたし、僕がこうしなければもっと大変なことになっていたんだからね!」
うちの子に何するのよ!って怒鳴り込みに行ったんだろうなあと思って、腰に巻きついてる腕をつねった。
言い分はまあまあ理解しがたい。
いやなんで俺のことでいろんな神様が怒るの……?
あの世にいたころから色々と神様と面識があるのは認めるが、知らぬところでモンペならぬ神ペが増えていたとは思わなかった。
「え、しかも、おこぶさま、お隠れになったの?」
「漂流物をもっかい漂流させてたなー……」
何やってんだよ……と脱力してたら、滝川さんもその時のことを思い出して遠い目をしていた。
あの、なんかもう違う概念になっちゃったじゃないの。
えびす神の一種というか分け御霊に近いのかもしれないが、それなりに強く自我の持った神様だったろうに……。
というか海に返してもいいのか?海の神様に怒られたりしない?と思ったけど豊玉姫様と塩椎様も協力してくれたというので俺は後で海に挨拶に行こうと思います。

その晩、初日とは比べられないほど賑やかな宴が開かれた。
彰文さんの言っていた通り次男の靖高さんは口数が多く賑やかだったし、栄次郎さんは朗らかで人当たりも良い、長男の和康さんもにこにこしながら俺にお酒を注いでくれて、子供たちもご挨拶にときゃあきゃあ言いながら会いに来てくれた。
葉月ちゃんからは、白澤図御守りのお礼として、俺の似顔絵をプレゼントされた。画力は白澤様の5億倍上だったので、白澤図やっぱりやだったかもな……と思った。
一応今回力を貸してくれたということで白澤様にもたっぷりお酒を注ぎ、へべれけにして、あらかじめ呼んでおいた鳳凰様と麒麟様に持って帰ってもらった。
ここの神様がいなくなってしまったので、ちょっとくらい福を呼んでもよかろう。
「あれ、くんなにしてるのー」
俺はお空に昇って行った福を見てたところで、背後から谷山さんに声を掛けられた。
明日の朝発つそうなので、今晩はぐっすり眠れる。谷山さんはリラックスした様子で寝間着に羽織姿のまま、サンダルを履いてこちらにむかってきた。
「ああ、見送り」
「白澤様?あたしたちもお見送りしたほうがよかったんじゃ……」
「いいよいいよ。酒に酔わせたから分かってないと思う」
えーと笑っている谷山さん。
「ねね、くん、聞いてもいい?」
「なに?」
「白澤様とのナレソメ」
がくっと身体が頽れそうになる。
「みょうな言い方しないでくれるかな」
わしゃわしゃと頭を混ぜてやるときゃーと喜んだ。ちょっとからかったんだろう、俺のこと。
見送りも涼みもできたので店の中に入ると、谷山さんもついてくる。
「あら麻衣先に出たと思ったらといたの」
「白澤様見送ってたんだってー。それで、二人のナレソメを聞いてたの」
「何にも言ってないしお話しすることはございません」
「へえ、面白いじゃない、聞かせてよ。いつどこでどんな風に出会ったのよ」
松崎さんもすっかり面白がって俺の腕を引いた。
よし良いだろう、出会いとはちょっと違うが、俺の親戚中に蔓延している、俺の生誕秘話を話してしんぜよう。
もれなく幼少期女装していたことがバレ、当時の写真を見たいと強請られることになるとは、この時の俺は夢にも思わなかった。



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車のブレーキのしかけは、おこぶ様が式(霊)に、てっ撤収~~~~!てさせたときに直してるか乗れなくしてるとか、もしくはこの瑞獣による福でなんやかんやあって免れてください(無茶ぶり)
そして主人公にはこの後いろいろな神々から、復活おめでとうのお祝いが届くことになる。
Aug 2021

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