Sakura-zensen


春のおまもり 44


(三人称視点)
ナルは機材の運び出しをする中での姿がないことに気づき、リンに所在を問うと彼は麻衣たちと一緒になってマイクの設置に向かったと聞かされた。
麻衣や安原はこういった労働に精を出す立場であり、滝川は子供の面倒を見る役目としていつのまにか立場が確立されていたが、までそこに加わる姿を頻繁にみる。
「僕はにまで行けと言った覚えはないが」
「働き者よねえ」
「どこかの誰かさんとは大違いですわね」
「誰がごはん作ってあげたと思ってるのよ」
ナルは少し、この場に遺されたことを悲観した。こういう場合、がいるとすぐに場を和ませてくれるからだ。ジョンも同じような役割をこなしてくれるが、心もとない。
自分では取り持とうとは思わないし、必要があれば指示を出して引き離すくらいはするが、それ以前に疎ましいというか面倒くさい。
「ただいまー」
「マイクはとりあえずおいてきたわー……お茶くれ真砂子」
「はい」
若干の苛立ちを感じていたよそで、と滝川が戻ってきた。後ろには麻衣と安原もついている。
一仕事してきた彼らは少し汗ばんでいて、クーラーボックスのそばにいた真砂子に声をかけた。
麻衣も嬉しそうにかけよって綾子とともに全員分のコップをだし、それぞれ飲み物を注ぐ。ナルもひとまず、彼らと一緒にのどを潤すことに異論はなかった。


コップのイラストにコメントするほど暇ではないので、にぎわう連中を背に「俺ゾウだ~」とのんきに笑っているを呼び寄せる。
反応してナルのそばに来て座るに、霊の姿は見えたかと問うと、あっさり見えないと答えられた。
「さっき谷山さんとも話してたんだけど……ここ、初めて会った時の旧校舎と似てるなって」
「古い校舎なんてどこも似てるだろう」
「ああ……でも何の気配もないのまで似てるんだ」
「霊は───いない?」
「でも、そうとは思えないんだよなあ……これは本当に単なる推測だけど、ここ、絶対いるじゃん」
「……」
ナルはの言葉にはうなずかないが、その言葉の意味は分かる。
町長や助役が、さらに変な嘘をついていない限り、ここはそういう意味で危険な場所だ。
が言う『見えない』は、『いない』ということにはならないが、かといって、なんの気配も感じないというのもおかしな話ではあった。人や霊に限らず悪意や視線には敏感だったし、以前のおこぶ様が霊を使役していた場合のわからなさとは本人も感じ方が違うと言っている。
「もう少し近づいてみて、……あと、原さんの意見も聞いてみたいな」
珍しく自信がなさそうなを、この時ナルは少しだけ、不思議に思った。



雨から逃れるようにして校舎の中に入ってしまった途端、全員が校舎内に閉じ込められた。
工具や機材はさほど持ち込めていなくて、してやられたと思う反面、事が起こった方が抵抗はしやすいかもしれないと苦し紛れに利点を探した。

幸い相手の正体にめどはついている。
とはいえ子供2人を抱えて除霊するのも心もとない。
牛と兎、それぞれのイラストが描かれたコップを手にして無邪気に笑うタカトとマリコに、麻衣はぎこちなく笑っていた。彼女は何やら寝ぼけているらしく、子供の1人に慌ててコップを渡したところだった。
それをが見ていて、首を傾げる。
麻衣は今しがた全員に呆れられたところだったが、の反応はその全員とは違う。
「タカトくん?ウシが?」
「うん、僕がウシだよ」
僅かに視線をさまよわせ、麻衣をぼんやりと見つめた。タカトはその視線に入り込むように身を乗り出して、コップを掲げて見せた。その無邪気な様子に、はなぜだか素っ気なく、ふうんと目を伏せた。
らしくない行動だった。
彼なら、子供を相手にしたら、目を合わせてほほ笑むくらいするはずだ。
まるで目に入らないみたいにタカトの存在を流したを見て、皆少し顔がこわばった。
「とにかく、脱出路もなさそうだし、除霊したほうが早いんじゃねえ?」
の違和感を感じながらも指摘できないのだろう、空気を換えるようにして滝川が口を開く。
ナルも、その話に合わせて自分の意見を話す。
先ほどからじっと、の視線がこちらに向いていた。
静かに、まるで唇の動きでも読もうとしているかの如く、話をする人間に向かって目をやるのだ。

ナルは滝川の意見に賛成ではあったが、子供の存在が妙に気がかりで除霊に当たるという気になれないでいた。除霊しようとしたら、また、先ほど天井から死体が落ちてきたようにして騒ぎを起こされて、あわや誰かが逃げ出していればそれを幸いにして人数が減っていたに違いないと思った。
視界の端にいたを見れば何かを考え込むようにして、全員のコップを見ている。
先ほどからひどくおとなしくて、その様子は少し不気味に目に映る。
思わず呼び掛けると、短くと声を漏らして顔を上げた。そして、ナルの顔をまっすぐ見てほほ笑んだ。その顔にほっとしたのもつかの間、滝川が「消えるったって、どう消えるんだよ。考えすぎじゃねえ?」と揶揄したことで、はまた表情を少しだけなくして、彼の方を見た。
「なにふざけてるの、げんにリンさんも、あ……」
「麻衣おねえちゃん、それだれ?」
「寝ぼけてるんじゃねーの?」
麻衣が少し声を荒らげて、すぐに元気をなくす。誰もが何を言ってるのかわからない風情で、またしても寝ぼけているのだろうと窘めた。

「なるほどなるほど」
は麻衣の呆けた発言を聞いて軽やかに笑う。
大勢から寝坊助の烙印をおされて縮こまった麻衣は、優しく笑ってくれるの服を握って縋る。
「谷山さんは素直で良い子だね」
で、麻衣の手をとって、とんとんとあやすようにやさしく叩く。
「馬鹿は放っておこう」
ナルはに甘やかされている麻衣を放って、とにかく除霊するよりもまず、脱出方法を考えた方が良いと考えを改めた。
壁は壊すこともできず、窓を破って外に出ることもかなわない。浄化の作用が強い火をつけたとして、中にいる人間が安全に済むとは思えず、話をしても途方に暮れるばかりとなる。
「ここに結界を布けるか?」
「───無理だと思う」
「あん?」
の、冷や水みたいな声がした。
「ここ、テリトリーの中なんだ。だから、向こうの常識とか、力が強い。ある程度弾くことはできるかもしれないが根本的な解決には至らない気がするな」
なぜか麻衣の手を繋いだままのは、真面目な顔をして話に入ってくる。
「あのくん……この手は?」
「ははぐれないように手を繋いでおこうかと思って」
「なんだとー」
「おお、そーしてもらえ、麻衣」
は特に女性にはむやみやたらと触らないので、こういったスキンシップは意外だったが、彼にとっては自身の価値観を凌駕するほどに、ここは『敵地』だったのだろう。
そしてその警戒心のおかげで、麻衣が炎に包まれた教室に飛び込むのも制止された。

「火で脱出路を探すのは無駄らしいな」
「そのようだな、やれやれ……」
発火の原因は教室を調べてみてもわからず、肩をすくめた。
滝川も肩をすくめ、ジョンは困ったように息をつく。
は相変わらず麻衣を心配して傍に寄り添っていて、ついでに真砂子までもが教室の隅で慰めあっている。
目の前で急に燃え上がったのに驚き、怖かったのだろうとジョンはほほ笑むが、滝川やナルにとってはたいした現象でもないだろうと呆れてしまう。
「麻衣おねーちゃん、どうかしたの?」
マリコに問いかけられた麻衣は、そこでようやく自分が甘えていられる立場ではないと気づいたのか、我に返ったように泣くのを辞めた。


next.

この話書くとき改めてみんなのコップの動物なんやーと調べてたんだけど真砂子のがわからなくて困っています……。
真砂子って小動物的な感じするしリスにでもすっか!と考えてたけど特に描写する必要なかったというね。
主人公のコップはゾウさんです。特に意味や由来はないです。存在がビッグだからカナ……。
わんころにすると桃太郎的に偏りが生じてしまうのでそれはできんかった。
Oct 2021

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