春のおまもり 45
(三人称視点)
とんだ失態を犯した───と忌々しげに呟く真砂子に、麻衣は少しまごつきながらも同意した。
自分でもどうしてあんなに驚いて、泣いてしまったのだか分らなかった。
教室から急に火が出た。たった今までいた教室で、全員が廊下に出ていた。麻衣は何か気になっていて、教室の中、それから窓の外に見えたものに気を取られていて、出入り口のすぐそばにいたのだ。
だから、本当に目の前で発火現象が起こったわけだが、やけどするほどの熱を浴びたわけではない。いつもの自分なら叫びながら腰が抜けていても、飛び込んでいこうだとかは思わないはずだ。さすがに。
念のためという、よくわからない理由でつかまれていた腕をが引いて、真砂子が必死で肩にしがみついて懇願するからなんとかとどまった。
自分はなぜ、あれほどに教室の中、その先の何か、窓の外の───車が3台あるなんてことない風景が、気がかりなのだろう。
「車……運転してきたのって誰だっけ」
麻衣は玄関で焚火をしながら除霊の打ち合わせをしている滝川やジョン、ナルにも聞こえるくらいの、けれど誰にともなく、問いかけてみる。
は少し顎を上げて耳を傾けていたが、すぐに返事をしたのは、揶揄する滝川だった。
何を当たり前のことを聞いているんだろう、と言いたいのは麻衣でもわかるが、本当に当たり前のことだろうか。
「俺とだろうが、おまえさんの車にさっさと乗ったろ」
「あとは?3台あるよね」
「麻衣さん……ボクです」
誰も、問いかけられている意味が分からないのに、妙な雰囲気になりながら返事をした。
「え、ブラウンさん車の運転できたんだー」
「そうやと……えと、そうです」
「まですっとぼけんなよ……おいおい」
麻衣の驚きは、の呑気な声によってすとんと心におちてきた。
しかし、なぜ驚いたのかまではわからないまま、の横顔を盗み見る。
いまだに腕が放されないのは発火現象に飛び込もうとしたからなのかもしれないが、麻衣は少し安堵していた。しかしそれも束の間で、ツグミがコップから飲み物をこぼしそうになるのを見て急に落ち着かなくなる。
ツグミはマリコの弟で、タカトと比べて少しだけ小さいから余計にそう感じるのだろう。
真砂子はやはり、霊をはっきりと認識できないでいた。
滝川が教室の天井裏を窺ったときに「餓鬼」を見たかもしれない、と言っていたように餓えたような思念は感じるが、うまく言葉にできないという。そして続いて、に意見を求められる番となったとき、彼は「ぜんぜんみえない」とあっけからんと言い放った。
「ほかに何か感じないか?」
「さっきも言ったようにここはテリトリーの中だから、俺の認識も若干ゆがんでるかもしれないし、みんなも多かれ少なかれ影響を受けていると自覚したほうがいいね」
「おー」
「ま、だからって祈祷が無駄とは言わないが。やってみなきゃわからないし」
が話しているのを聞きながら、反対方向から腕をひっぱられてマリコを見ると、ツグミがマリコのそばで落ち込んだ顔をしてこちらを見ていた。なにやら、ツグミがお金を落としたというのだ。
「え、お金?」
思わず素っ頓狂な声をあげる。ツグミは2階に落としたと言い、麻衣はうろ覚えだが確かに2階でコインを見た気がしてきたので同意する。
「一緒に行ったげる」
ツグミ1人で様子を見に行かせるのは心配だったので、立ち上がる。同時につかまれていた手に触れたけど、もついてきた。しかしそれは腕だけで彼自身は座ったままだ。
「やめときな」
「くん……でも」
「麻衣、勝手にふらふらするな」
「あたくしも一緒に行きますわ」
に止められ、ナルに咎められた。真砂子が気を使って一緒に行くと言ったのは、を付き合わせるわけには行かないからだ。
「ぼくのだから、ぼくがいくもん」
「でも、あぶないよ」
ナルがツグミに直接冷たく言い含めるが、いうことを聞こうとしない。
麻衣が一緒だとしても、子供を一人守れるはずもない。
見かねた真砂子がナルと一人で行くと頑ななツグミの説得にかかり、何とかツグミに頷かせた。
「ナル、春野さん、よろしいでしょう?すぐに戻りますわ」
「……麻衣ちゃん、ここで待っていられる?」
ナルもも納得したわけではないようだった。はこの時ようやく、立ち上がりながら仕方ないとばかりに麻衣の手をほどいた。
「いや、オレいくわ。麻衣のめんどー見るのはの役目だろ」
「なんだそれ」
滝川もには残っていてほしいようで、自分がついていくという。しかし子供たちはもう約束したから、真砂子以外はついてきちゃダメだと騒いで困らせた。
「会話についてけない……つまりどういうこと?」
一度麻衣の腕にふれてヒソヒソと話してくるの様子に思わず笑みをこぼした。真砂子の説得はある意味見事で、それに我慢して納得した以上違う条件にされれば子供は途端に理不尽を感じるということだ。
麻衣は子供心をなんとなく思い返してみて、仕方がないとに伝えた。本来ならこういった子供のわがままにもは付き合ってやれそうなものだが、おそらく調査中の閉じ込められた現場の中だから、の余裕もないのだろう。
麻衣もやはり余裕はなかった。子供たちをみると、不安でしかたない。
階段の向こうにライターの灯りをもって消えていく人影を見たとき、ひどく恐ろしかった。行かせるべきではなかった気がすると、すぐに後悔が押し寄せてきて、ずっとそばにいるの手を強く握った。
彼はたまに触れる時とは全然違う触り方で、麻衣の手を優しく包み込んだ。
子供たちが4人無事に戻ってきてよかったと思ったが、除霊をするのにこの人員では動きづらいということが議題に上がる。
方法としては一つ一つの部屋を除霊していき、最後に部屋を一つ残すというやりかたになるのだが、子供と霊能力者ではない麻衣とナルを引き連れていくわけにもいくまい。
子供たちは誰かと留守番にして、2手に分かれることにした。除霊としては滝川が適任で、ジョンが教室で子供たちを守る方にした。は当然除霊にたけているので滝川の組に入る。
「なら、ナルと谷山さんも連れてった方がいいな───ブラウンさんには悪いけど」
「へえ、ボクは別にかまへんです」
「お守りが減るんだから悪かないだろ、俺も除霊中にがこいつら見ててくれるなら安心だし」
はジョンに子供たちを任せたことが気がかりみたいで、最後まで、何度も振り返ってみていた。
「んで、最初はどっちが除霊する?」
「ひとついい?」
予定通りまず2階の端から除霊しようと教室へやってきた。
が手を小さく挙げるのを見て、滝川は少しだけ目を輝かせた。
今までの調査でも、は解決能力が高かったが、除霊するのを見たことがない。
に促されて、教室の真ん中に皆向き合って座る。交霊会みたい、と麻衣は少し思っていたが、本当にそのような様相をもって全員で手を繋がされたので違和感があった。
の問いかけは不思議な内容だった。今ここにいる人間の名前を麻衣に言わせた。ナルには、ここにいない人間の名前。滝川には総ての人間の名前。
「次に俺が、みんなの名前を呼ぶね」
え、と声を漏らしそうになったがこれがの祈祷ならば邪魔をするわけにはいかなくて麻衣は口を噤む。なぜ、繰り返すのだろうと思ったのもつかの間。
ナル、麻衣、滝川、ジョン───と続いた後に一呼吸おいて、
「原さん、安原くん、松崎さん、リンさんだ」
そういったとき、麻衣は頭の中で何かが弾けたように思考が一掃された。
「───そうか、あのコップの数だけ人がいて、もともと子供たちはいなかった」
「とって代わられたってわけか……」
どう、と顔を覗き込んでくるに、皆は平静を取り戻す。
「みんなが呼んでいたタカトくん、マリコちゃん、ツグミくん、ミカちゃん……だったかな?あれは皆山津波で亡くなった生徒の名前だったはず」
資料などの書類はすべて車内に置き去りにしているため詳しくはわからないが、きっとの言う通りなのだろう。
「今までにはどう見えていた?」
「俺には何も見えていなかったよ……いったろ、霊の姿はぜんぜんみえないって」
「そういうことか……しかしまあ、あの場では言い出せないわな」
「子供たちと別れる機会を狙ってたんだ。はぐれた人もまだ校舎内にいるから大丈夫。おそらく、互いの姿が見えなくなってるだけだよ、今は」
麻衣はその言葉に力が抜けて、緊張が解れるのがわかる。
今までずっとなぜだか不安だった。子供たちを見ると嫌な予感ばかりして、自分の言動にもおかしいと思っていた。しかしそれの理由がわかった。
「どうする、除霊……してみるか?」
「抵抗されて僕たちの見えないところで何かが起きる場合もあるな」
ナルの言う通りにはみんなの姿見えていても麻衣やみんながこちらを認識できないでいる以上、除霊の間に何かが起きてもカバーできないため不安だった。
「じゃあ……説得するってこと?くんが」
「俺?無理だと思うな」
「え」
麻衣は思わず絶句する。いままであっさり調査を解決に導いてきたから飛び出た否定の言葉。
緑陵高校での坂内や、ジョンに頼まれて行った教会でのケンジは、の手によって浄化されたはずだ。
そのことを言い募ればは言葉を濁し、運や相手が良かっただけだと苦笑した。
「俺の本来の性質ってのはね、鬼退治なんだよ」
「そういや、そうだった」
滝川が納得の声を上げると同時にほとんど初対面の時から、力技のほうが得意だと言っていたことを麻衣も思い出す。
じゃあどうしたらいいの、と言いかけたところで、か、ナルか、滝川か、誰からともなく麻衣を見つめた。
「この中で説得に向いてるのは谷山さんかな」
そして恐れていた言葉が飛び出し、麻衣は思わず皆の手を放してのけぞることになった。
next.
おっ、おわらなかったー……!!
いつもキリよく5話以内目安にしてるんですが……三人称にしてまどろっこしくしすぎましたね。
急に麻衣ちゃんに投げるじゃんとか思うけど、ええと、続きあるので……まだ書いてないけど……。
主人公は見えなくたってカブト狩りじゃ~~~()って出来るかもしれない。
Oct 2021