Sakura-zensen


春のおまもり 46


原さんの発言や、みんなの様子を見ていて、自分にだけ『霊』の姿が見えてないことが分かった。
なぜかと自分の中で理由を探そうとしたがやめた。
今、周囲のことに意識を張り巡らせなければならない。
最もどうにかしなくてはならないのは、校舎に閉じ込められ、みんなが俺たちを認識できなくなってしまった事態である。
仲間は陽動の末に1人ずつはぐれ、互いを認識できなくされた。俺には皆の姿は見えていても、はぐれた皆は俺の姿が見えないらしい。
除霊を行ったとき抵抗にあう場合がある。その時に分散された皆に何かがあれば申し訳が立たないが、かといって今の俺が霊にコンタクトをとることはできそうになかった。
谷山さんの期待の言葉が俺に向けられるけど、俺は今回、説得は無理だろうと答えた。
普段霊を目にすることもない人々が見えるのに対して、俺には見えないということは相性が悪いとしか言いようがない。
「この中で説得に向いてるのは谷山さんかな」
しいていうなら、と谷山さんに向かっていえば、彼女は一旦のけぞってから、身を乗り出してなんで?と聞いてきた。
「君を見てると心が温かくなるからかな」
谷山さんはきょとんとしてしまう。
「それって、君があたしのことを、そのー……子供だと思ってるからじゃない?」
言ってて妙だなと思ったのか、途中から顔をしかめる。
「わかるぜ、嬢ちゃんは確かにパワフルだしな」
「落ち込んだり泣いたり、怒ったり、せわしない」
「感情の起伏が結構おっきいよね」
滝川さんとナルに言われて、俺も同意する。
谷山さんは全く褒められてないと感じたらしく、それぞれの顔を睨みつけた。
「それがどうして心があったかくなるんですかねえ」
「そういう人にはつられるんだ。俺だってそうだし、霊ならもっとつられるだろう」
くんつられるの?」
「元気な人見てると元気になれるじゃん」
「僕はならないが」
「君は我が強すぎだから……」
ちょっと水を差さないでもらえるかな、と見やると黙った。
「でもま、このように、自分を貫き通すのが大事なんだよな。谷山さんだって自分を貫き通して良い。泣きたいときは泣いて、つらい時は悲しんで、不満なら怒って、嬉しい時はうんと笑って。それは君が持ってる心の強さだから」
滝川さんとナルも、小さくうなずく。
「でもあたしに説得なんて……できると思う?」
「絶対成功しろとは言わないさ。どちらかというと、霊の気を引いててほしい」
「へ」
がくり、と行きそうなくらいに皆が拍子抜けしたようだ。
おいおい、完全にお手上げというにはまだ早いんだぜ。
なにせ俺は今まで様子を見てじっとしてただけで、まだ何も試してない。
「俺はみんなを集められないか、校舎から出られないか試してみる」
くん一人になるってこと?でも……危なくない?」
「俺単体で危険になることはないと思うよ、俺が向こうを見えないのと同様、向こうも俺に何かできない」
「まあの身の安全を俺たちが心配する必要はないだろうが……」
「谷山さんとナルを預かるのは戦力的に不安かもしれないけど、君たちにはお供もつけとこう」
お供?と首を傾げた3人に見せたのはいつぞや、谷山さんに貸したことのある犬、猿、雉の鈴である。木彫りで丸っこくてかわいいの。
見覚えのあるそれに、谷山さんがあっと声を上げる。
「ある程度は御守りになるし、なんかあったら俺も駆け付けられると思う」
谷山さんには前と同じくシロ、滝川さんには柿助、ナルにはルリオを持たせた。掌で握っているのでちょっと鈍い音がする。
「谷山さんは霊への接触をしてみてほしい、滝川さんはいざというときに退ける役を───ナルは」
「ナルは?」
「兄弟の話をしてあげてほしいかな」
は……と2人が茫然とするのをよそに、ナルは少し目を伏せて、それからわかったと答えた。


教室を出て振り返っても、2人は俺のことを少しの間見送っていた。
多分、霊が接触してこなければ記憶があいまいになることもないんだろう。
そして分散された皆も、今は校舎を1人でうろうろしたり、待機してるところをみると、仲間を探したり事態の収束を信じて待っているのではないかと思う。
ブラウンさんのところに戻るのは、まだ霊が待っている可能性があったので避けて、1階の昇降口の方へ向かった。
最初にみんなで駆け込んできたのがここだった。
そしてスマホを取り出して、電波の確認をする。

あるなあ、電波。弱いけど。

ふ、と。
下ろしていた片手を握られた。
産毛がぞわりと逆立ち緊張が走る。
「だれにでんわするの……?」
子供の声。
「もしもぉし……」
2人の、女の子が真っ黒の目で俺を見上げて、戯れるように手をくすぐっていた。
「!?!?!?!?」
声にならない悲鳴を上げそうになって、胸を押さえてうずくまる。
「ッはー……心臓止まるかと思った……座敷童さんか───……」
ドッキンドッキン胸が鼓動してるし、ぶわっと汗かいたし、安堵して急激に身体が正常に戻っていく感覚も気持ち悪い。
見覚えのありすぎる幼い女の子2人は、現在地獄在住のはずの座敷童コンビである。
「ひさしぶりだね、ちゃん」
「大きくなったね」
しゃがんだ俺の頭を童女がなでなでする。
俺がちっさいころ遊んでくれたもんね。
「久しぶり……何してるの?」
まだ心臓いてー……。
相変わらずいたずらっ子なので、こうして驚かせてくるところ変わんないのね。
「この前、ちゃんが閻魔庁に来てたときに会えなかったから」
「遊びに来たよ」
「遊びに来たんかい」
家に来てくれたならお茶菓子など出してもてなすけど、なんだってこんな時にこんなところまで来たんだ。
「せっかくだけど、これから俺は仲間を探さなきゃならないんだよね……」
「いーいーよ」
一子さんがのびやかに答えた。
あの……遊びに誘ったわけじゃないです。


無邪気な子供の妖怪なのでいたずらっ子だけど、かといってこういう時に邪魔をしてくることはない子たちなので好きにさせた。
俺の隣をそれぞれ歩いていて、時折指をさしてはあはははははと笑ったりする。え、そこに、なんかいるの……?
原さんはここで亡くなった人の霊もかすかにだがいるといってたから、そういうのが見えてたりするんだろうか。
ちゃん、亡者見えなくなっちゃったの?」
何がいるんだと怪訝にしている俺に気づいた二子さんが首を傾げる。
「そう。……2人のことは見えるのになあ」
「へんだね」
「ふつう、私たちのほうが見えづらいのに」
全く見る力を失ったのかと思えば、大人には見えづらい妖怪の類までばっちり見えるということで、ますますわけわからんようになってきた。
この様子なら多分、白澤様だって見えるだろうし、シロと柿助とルリオだってそうだろう。
なら亡者だけが見えなくなってしまったと考えるのが妥当かもしれない。
考えながら校舎内を歩き、ふと行き当たった教室に松崎さんがいるのが見えて足を止める。
「あ、いた。気づくかなー」
一子さんと二子さんはおいといて、俺は松崎さんに近づいていく。
もしもーし、と声をかけてみるも聞こえている様子はない。
教室のドアのところにいた座敷童さんたちは、じいっとこっちの様子をうかがっていた。いちいち怖いしやりづらいなあ……と思いつつ松崎さんの肩に手を置こうとした。
その時、松崎さんが硬直した。
「子供……?」
おもむろに呟くその言葉に、えっ妖怪見えた……?と座敷童さんたちのいるところを見れば彼女たちは廊下側に引っ込んでいき、着物の裾がちらりと見えたところだった。
俺は気を取り直して、松崎さんの肩にぽんっと置く。
その瞬間、校舎中につんざくような悲鳴が響き渡った。
皆に聞こえているのかは定かではないが。



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座敷童さんからの呼び方は、あの世にいたころは桃太郎さんとか、名前にさん付けとかだったけど生まれ変わって子供のころ遊んでたのでちゃん付けにしました。かわゆいね。
Dec 2021

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