春の蕾 01
おばの手を引かれて歩きながら、俺はちょっと口を尖らせる。「ねえ、この格好じゃないとだめ?」
兵庫に住んでいるという親戚のおばあちゃん……正確にいうと大叔母の家に挨拶に行くことになっていて、七五三かってくらいの晴れ着を着せられていた。もちろん女児用の。
現在俺は綾小路の家に引き取られたばかりで、今が一番可愛いとき、女装ブームであった。
小さい女の子を着飾りたいおばさんと、小さい孫にべべ送りたいおじいちゃまがタッグを組んでいる。
大叔母だけじゃなく、おそらく親戚中に俺の母の訃報とともに息子を引き取ったことは報せているんだろう。その中でも親しい人とかには俺の写真を送ったりなんかしてさ。
その結果が、挨拶に連れてこられた先で、この格好だ。
大叔母とは言いにくいのでもうおばあちゃんと呼ぶことにして、おばあちゃんは俺を見るなりぱあっと顔を明るくした。
「くんやね、聞いてた通り、ほんまかいらしい」
「綾小路のサクラちゃんゆうて、もうアイドルみたいやの」
初めて着物で外を歩き回った時、それはもう綺麗な桜柄の着物で、近所の人たちが勝手にサクラちゃんと名前をつけて噂をしたことが始まりだった。
おばさんはおほほと口を押さえて笑いつつ、なんかよくわからん自慢をしている。いや自慢じゃないか。
そういえばおばさんは綾小路の家にいる時よりはなんだか少し砕けてる。女同士だからかな。
「あらサクラちゃんゆうの、お名前までかいらしなあ」
おほほのほが増えた笑い声に、ほんのり遠い目をする。
今日俺はお人形さんの役割で連れてこられたんだろうか。
いや、まあ半分そうなんだとは思ってたけど。
おばあちゃんちは息子夫婦と孫がいるそうだけど、息子夫婦は共働きで今日もいないそうだ。そして孫は今おつかいに行ってるらしい。
「信ちゃんって確か同い年やったね」
「今日会うん楽しみにしとったんやで、走って帰って来るやろなあ」
出されたをお茶をちびちび飲みながら、思い出す。ここへ来る時に俺も、おばあちゃんの孫、つまり俺のはとこは同い年の男の子だと聞いていた。
信介だから信ちゃんね。
果たして俺は同い年の男の子と初対面で会うのに女装でいいんだろうか。
「ただいまー」
ドキドキソワソワしていたところ、玄関の方から子供の声が聞こえた。
「あら帰って来た、挨拶にいきましょ」
「はあい」
おばさんが楽しそうに立ち上がるので俺もついて行く。背後ではどっこいせと立ち上がる音がして、おばあちゃんも俺の後ろをついて来た。
玄関のところで、靴の向きを揃えてる小さな後ろ姿を見つける。子供はすぐに俺たちの足音に気がついて顔を上げた。
「あ、バァちゃ……」
真っ先におばあちゃんを呼びながらも、おばさんと俺が視界に入って、少し緊張した様子で口をつぐむ。
「おかえりなさい、お邪魔しとるね、信介くん」
「こんにちは」
「い、いらっしゃい。こんにちは」
信ちゃんはおばさんと俺の挨拶にぺこりと頭を下げて挨拶を返した。
「信ちゃんおつかいご苦労さんな」
「うん、言われてたの、買うてきたよ……」
靴を整える時に傍に置いていた紙袋はなんだかお土産という感じ。和菓子だとかおせんべいだとかが入っていそうな。
案の定それは俺たちのおやつだったらしく、信ちゃんは手を洗いに行ってしまい、おばあちゃんがキッチンで簡単に準備するのを居間でまつ。
「信ちゃん、おばさんのこと覚えてはる?」
手を洗っておずおずとやって来た信ちゃんは、おばさんに手招きをされてそばに座った。
そして聞かれて、小さく首をかしげた。初対面じゃないけど、頻繁に親戚づきあいしてるわけでもないらしい。
「無理もないわ、会うたのは昔のことやし、うちの子とは歳も近うないんで付き合いもな」
「近うない?」
「綾小路は上に大きい息子がおんねんで」
「そうなん……」
おばあちゃんはお菓子を準備して卓についた。
ここへ来たのも、せめて同い年の親戚と仲良くできれば、という気遣いなのかもしれない。
俺はそのことを少し嬉しく思うけど、それならこの着物脱がせてください。
「文麿くんは試験中やって?ほらあれ、国家公務員試験ゆうたかな」
「そうなんよ、せやからこの子にもあんまり構ってやれへんの」
「そら寂しいわなあ、サクラちゃん」
「へいきです」
「偉いなあ」
なでなで、とおばあちゃんに頭を撫でられた。
ふと向かいにいる信ちゃんを見るとおやつも食べずにじっとしていた。俺たちの話ばかりじゃつまらないだろうな。
「信ちゃん、これおいしい」
「う、うん」
水羊羹をスプーンですくって笑いかけると、つられたように自分でスプーンをつかんだ。
緊張した様子の信ちゃんにおばあちゃんもおばさんも気づいてみたいで、微笑ましげに俺たち子供を交互に見た。
「二人ともおやつ食べたあと、少し遊びに行ってきはったら?」
「せやな、信ちゃん。サクラちゃんにここら辺案内したって」
遊びに行くのはやぶさかではないけど、この格好で〜?と不安になる。
着物じゃあ動くの遅くて、信ちゃんにも気を遣わせてしまいそうだ。
「裏のお宮さんにいつものお供え頼んでもええ?」
思い出した、と言わんばかりにまたしてもお使いを頼まれた信ちゃんは、まあここにいるよりは良いだろうなと思ったみたいで小さく頷いた。
俺は本当にいいのかなーと思いつつも、信ちゃんについて外に出ることにした。
「信ちゃんごめんな」
草履って脱ぐのは楽だけど履くのちょっと難しいのよね。
信ちゃんの肩と、下足箱につかまりながらバランスをとってつま先を草履に押し込む。
「女の子って大変なんやな」
「ハハハ」
それをいうなら女の子の着物って、だろ。袴だったらもう少し楽だったなあ。
信ちゃんはその後も段差があるたびに手を差し出してくれて、最終的にはずっと手を引いてくれた。小股でしか歩けない俺が途中で何度か置いてかれそうになって待って〜と声をあげたせいだ。
手を繋いでれば歩く速度も合わせやすいんだろう。
目的の神社にはぐるっと近所を回ればすぐついたけど、長い石の階段が続いてた。はるか上の方に赤い鳥居が見えて、二人で見上げた時にようやく気づく。
「上まで行くの、大変そうやな」
「ほんとだ」
信ちゃんもここへ来るまでこのことを忘れていたし、おばあちゃんも忘れてて頼んだんだろう。
「俺がお供えしてくるから、ここで待っとって」
「ううん、一緒に行く」
「でも」
「あ、ちゃんと早く上がれるから心配しないでいいよ」
ちょっと裏技があるのだ。でもおばさんたちには外でやったとバレるわけにはいかないので、秘密にしてもらわなければ。今ここにいるわけではないのだが、なんとなくコソコソ話にして、顔を近づける。
「今からやること、誰にも内緒な」
「……?」
言われてることの意味がわからず、ぽやっとした顔の信ちゃんの前で、俺は裾の合わせを分けて足を出した。
トイレに行く時の用法で、本来ならこのまま裾を帯の上にかぶせて固定するが、そこまでしたら尻丸出しになるので簡易的な方法に留める。
「おさき!」
人気がないとはいえちょっと目をみはっちまうような光景なので、信ちゃんが驚いてるのをよそに素早く階段を駆け上がる。
勢いよく段飛ばしで駆け上がって、振り向きもせずにいたら、信ちゃんが全くついて来てなかった。
「おーい、信ちゃーん、早く早くー!」
着物の裾を直しながらぱんぱんとシワを払い、階段の下で呆然としている信ちゃんに大声で呼びかけた。
間も無くはっとして走って駆け上がって来るが、多分一緒にスタートしても俺の方が早く着いたかな、へへん。
「……今の、あんまりせえへん方がええで」
「わかってるよう、だから秘密って言ってるじゃんか」
「帰りはどないすんねん」
「帰りはしない、普通におりれる」
「そうか」
ほっとしたような信ちゃんに俺は笑った。
神社にお供えして、意外と広い境内の中をお散歩していると、あっというまに夕方の鐘がなる。
当然だが京都で聞くのとは違う。
「久々にこんなに遊んだー、楽しかった」
前は近所の子たちとサッカーとかバスケやったり、隠れ鬼やったり色々遊んでたし、すっかり子供の遊びに慣れていた俺は京都の家に引き取られてからはあまり活発に遊んでいなかった。綾小路は近所に子供もいないし、学校はまだ始まっていなくて俺はまだ子供の友達がいないのだ。
「歩き回っただけやろ」
「ええ、でも楽しかったよ?信ちゃんはあんまり動き回れなくてつまんなかったかもしれないけど」
「楽しかった……」
「そう?よかった」
子供と遊ぶのは嫌いじゃないし、楽しいんだけど、信ちゃんと遊ぶのはなんかこう普通の子供とは違くて、ゆっくり散歩しながらどうでも良いことを話したり、時にはただただ無言でぼうっとしたり、すごい静かで不思議な時間だった。
「信ちゃんは同年代の親戚とかいる?遊ぶ?」
「まあ、たまにやけど」
「いいなあ」
綾小路とは遠い親戚にはいるので、信ちゃん自身にはもっと身近な親戚はいるんだろうな、と何気なく話をふった。
相変わらずぼんやりとした顔で、何を考えているのかはわからないけど、多分誰に対してもこんな感じなんだろう。
「いとこって、結婚できるやんな」
「え?うんできるよ」
もしかしていとこに好きな子がいて、その子のことを思い浮かべたのかしら。俺はキュンとして笑顔で答える。
「はとこもできる?」
「……できますねえ」
帰ろうと歩いていたところで、階段に差し掛かる。
もう裾をたくし上げないと約束をしているので、手すりにつかまってよちよち歩く予定だ。
手を差し出されて、今日一日でついた癖により、ためらいなく握る。
「そか」
ふはっと笑った信ちゃんは今日一番、というか唯一の笑顔だった。
あれ?俺は今プロポーズを受諾したのか?
はとことは結婚できるが、俺の場合それ以前の問題ですねえ。
後日手紙を書くと律儀に宣言し、住所の交換をした俺は知る。
信ちゃんは、話に聞いていた男の子くんは聞き間違いで、女の子のサクラちゃんが来たと認識していたのだった。
next.
稲荷崎……北信介……恐ろしい子。
サクラちゃんである意味も×DCの必要性もあんまりないと思うでしょうけど、説明の手間が省けるんだなあ(雑)
北さんのご両親はよくわからないので捏造で共働き設定です。
綾小路の家に引き取られた年齢決めたか覚えてないんですけど、この話だとだいたい8歳くらいです。
Oct 2019