Sakura-zensen


春の蕾 02

はとこの信ちゃんとは初めて会った時から文通をしているが、これが驚くほどまめというか、丁寧で、二年以上経った今でも続いている。
最初に手紙が届いたときは、宛名がサクラになっていたが、うちの地区の配達員さんは住所の一致とサクラの名前を知ってたことでうちに届けてくれた。一応確認してくれと言われて差出人を見たら信ちゃんだったから配達員のおいちゃんからもらったけど、恋文かって余計な一言を言うもんだから後ろにいた過保護ないとこ文麿くんがすごい勢いで俺のところに飛び込んできた。
低い地を這うような声で、信ちゃんの名前を呪詛のように吐くのでやめさせた。

今ではちゃんとの名前で届くし、男であることもわかってる。お泊まりしてるしそのときはお風呂も一緒に入ってるからな。
「あ、おいちゃんこんにちは〜」
「おう、くんおかえり」
習い事から帰ってきて家の前につくと、配達員のおいちゃんがいた。
「ごくろうさんですー」
「綾小路さんちはこれとこれと、ああくんに恋文もきとったで」
「あいあい」
人んちの郵便物詮索すんなと言いたいところだが、信ちゃんのお手紙は丁寧な手書きでシンプルな便箋なので、普通の郵便物とちょっと違くて目立つのだ。そして俺に届く郵便物は少ないからだ。
「またアイツか……」
バイクが走り去って行くと、門のところには文麿くんがいた。
信ちゃんからの手紙と家族の郵便物は違う手に持ってるので一目で気付かれる。
「まだ目の敵にしてんの?」
を嫁にしたいゆうた男やぞ……」
すごい形相である。
「まあ子供のいうことだし……こんな格好してるからだろー」
二年前はショートカットで普通の格好してれば男の子だった俺は、今やロングヘアー。男の子の格好をしてても、ボーイッシュな女の子としか思われない体たらく。
おじいちゃまが髪の毛切るのを大反対してるんだよねえ。女の子はロングヘアーじゃないとあかんのやて。男の子やっちゅうねん。
信ちゃんには男です宣言と裸の付き合いをしたわけだが、それでも俺を女の子として諦めてないような節がある。
なにせ一年前に初めて綾小路の家に遊びにきた時に、お嫁にくださいと宣ったのだ。
俺を溺愛しているおじいちゃまは血圧が上がりすぎて寝込み、おにいちゃまは血管ブチ切れそうな顔をして今にも信ちゃんを家から追い出そうとしたが、さすがに大人の男としてそこまで理性をなくすことはなかった。
おばさんはあらあらオホホと笑って流し、おじさんはちょっと遠い目をしつつ子供の夢を壊さない方向で緩やかに流し、俺もノーコメントを貫いた。
俺と信ちゃんの結婚を大反対している二人の方が真剣に考えている。
おじいちゃまは翌日信ちゃんが帰る前に起き上がり、信ちゃんにちゃんとした大人になったらもう一度言いに来いという本気の回答を返した。文麿くんはその時には自分を超えるくらいの男じゃないとアカンと本気の顔をしていた。ちょっとよくわかんないです。
おじさんとおばさんは、俺の意思を尊重せなあかんよ、とたしなめてくれた。これは多分俺と同じく、信ちゃんの気がそのうち変わるし、俺は男だし、そんなことにはならんだろうという考えであっているはず。はずなんだけど、表向きはすごく応援してくれるからなんかよくわかんないんだよな。

「……はあの男のお、お、、およ、お嫁さん……なりたいんか」
信ちゃんからのお手紙を読んでいる間、中を盗み見るつもりはないがなんとなく離れたくなさそうな文麿くんは問う。すごく言いたくなさそうにお嫁さんって言ったな。
「いや別に俺はお嫁さんになりたかないけど……」
将来の夢はお嫁さんですっていう女の子じゃないし。
読み終えた手紙を丁寧に折りながら便箋にしまう。
「信ちゃんのこと、よくわからんわー」
「そんなようわからん男の嫁になんかならんでええわ」
「はいはい」
肩を抱き寄せられ、兄ちゃんが守ったるからなという顔をしてるいとこに頭をぶつけておいた。


信ちゃんの手紙は日々のとりとめもないことがかいてある。
やりとりを始めた最初から最近まで、ブレずに無駄なく内容は薄い。何か面白いことがあったとじゃなくて、些細な日常、俺は元気かという問いかけが主だ。
それがどうしてだか、飽きもせず、美しい。
信ちゃんの便箋も手書きの文字も、ひとかけらの日常も、必ず俺を思う言葉も少しくすぐったくて、正直返事なんて思い浮かばず悩むんだけど、やりとりを終わらせたくはないので返事をしている。

後日、返事を考えながら文房具屋さんに行くと見知った顔の店員が顔を綻ばせた。
「いらっしゃい、今日は───お手紙セット?」
「こんにちは、あたりです」
書店も併設しているところで、おじいちゃんやその他家族が予約購読してる雑誌を受け取りに来たりもするが、今日の用事は言い当てられる。何もない日だからだろうな。
普段手紙のやり取りなんてしないから信ちゃんに返す用の便箋は、なんか綺麗だったり、ちょっと面白かったり、一緒に文房具屋にいたら信ちゃんに見てみてと声をかけたくなるようなものを選ぶ。
「よう続くなあ、同じ相手なんやろ」
「親戚だから」
「そんなん尚更おざなりになるやんか」
昨今携帯電話の普及により便箋の需要は減りつつあるんだろう。
店員のおっちゃんは前の店長おじいちゃんの息子で、最近後を継いだ。時々こうして軽口を叩くのが楽しい。
「俺も携帯電話あったらメールでいいかなって思うけど……でもそうなったらやり取りのスパンが短くなって、面倒になるかなって」
「せやかて、便箋に手書きかて結構面倒やろ」
「あっちがそうやって送ってくるんだし、なんかその丁寧な感じが嬉しいなって」
「ほおーん……甘酸っぱいのー」
「エッ」
親戚の同い年の子とやり取りをしてる、と以前話したことはあるが、お嫁にもらいたがっているというのは、あっちとこっちの名誉のためにいってない。相手が女とも男ともいってない。
「随分好いとるんやなあ、くん、ええ?」
ういうい、とニヤけられて今度は本格的に驚く。俺が信ちゃんを?
「にいちゃんが聞いたら泣くんとちゃうか」
絶句してる俺に畳み掛けるおっちゃん。いや泣くどころか呪詛を吐くレベルなんだが、まって。
「好き???いや、好きだけど……?」
「脈はあると思うで、あっちも」
「いや???」
ハタから見てるとそうなるのか。
細かい事情を知らないし、俺の心も信ちゃんの心も知らないしな、そうだよな。
「もう、からかわないで!」
とりあえず気を取り直してふてくされて見ることにした。
おっちゃんは大事なお客を失うわけにはいかないので、謝りながら俺が選んだ便箋を少しだけ安くしてくれた。

帰り道で、買った便箋を見返す。
春らしい桜の色をした綺麗なもので、なんだか恋文をしたためるようなものに見えて来た。袋から出して日に透かすと、桜の花びらが舞うみたいな模様が見えるから、信ちゃんにそのことを教えてあげようって思ったのに、なんだか送りづらくなった。
悩む俺を、本物の桜の花びらが追い抜いていき、風に気がつく。
髪の毛まで舞い上げられて、指に緩く挟んでいた便箋が飛んだ。
「あ、」
目では追えたけど、着物は動きづらい。風が落ち着くまでは仕方なく、ゆるゆると追いかける。
車にひかれないようにしつつ、桜の蝶を追うと、道の先に人の姿が見えた。
「と、とってー!!!」
俺は恥も外聞もなくでかい声で言いつけた。
「え!?」
「びんせんー!!それ!桜の!!」
「わ、お、……っと!」
同年代くらいの男の子が二人。俺の声に気づいて、指示を聞いて、慌てて周囲と俺を見比べて便箋を目に止める。何とか両手でわたわたとしてくれたのち、まるで双子みたいに同じタイミングで両端からキャッチしてくれた。
「「とった!!!───あ」」
わあ二人の真ん中で、二人が同時に両端から……と歓喜した瞬間に二人も嬉しかったのか声を揃えた。そしてその勢いでなんと紙がまっぷたつにやぶけた。
「ツ、ツムのせいや!」
「サムが力入れすぎよったんや!!!」
うわあ、双子だ。
俺は破けた便箋よりも、破った二人が本当に双子だったことに感心していた。……これだけそっくりなら双子だよな。
もともと、便箋は風に飛ばされた時点で無事を期待していない。ただ回収しないとな、できれば汚れないといいけどな、くらいに思ってた。

「ごめんねえ、いきなり」
「い、いや、こっちこそ」
「ひっぱってもうた」
俺が走ってくるのが遅いので、双子は逆に駆け寄ってきてくれた。
「俺だけやったら綺麗なまま取れたんやけど」
「そんなん俺かてそうや」
「二人とも悪くないから喧嘩しないでな」
なんか責め合う二人に苦笑する。
「これ高そうな紙やんか」
「弁償せなあかん?俺たちあんま手持ちないねん」
「まだあるから良いよ。飛ばしたまんまにしたらいけないと思ったんだ」
高そうな紙、と言った彼は何となく日に透かして便箋を見た。もう一人はどちらかというとうつむき気味なので、桜の花びらには気づかないかもしれない。
「ツム、見てみいこれ、桜の花びらや」
「……ほんまや。せやから桜っていうてたんか」
「わかり難いこと頼んでごめんね」
桜の本物の花びらが舞うなか、うっすら桜色に見えるか見えないかの便箋をとってと叫んだ俺は多分わけわからん指示をしてしまったんだろう。それでも二人はすぐに花びらではなく便箋に手を伸ばしてくれたので、動体視力は良いんだと思う。
「きれいやなあ」
「さすが京都やな、気取っとるわ」
高そう、とまた一人が呟いてる。
まあ確かに普通のより高いのかもしれないけど。
「二人は京都の子とちがう?」
「兵庫や、今日は子供会の遠足で来とるん」
「それ……二人でぶらぶらしてていいの?」
「今土産もん選ぶ時間やねん、時間までにバスんとこ戻ればええやろ」
京都でわざわざ買いたいもんなんかねえ、と言わんばかりの二人にちょっと笑いそうになった。




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宮兄弟もすきなので。
ぼくは幼少期に出会いたい芸人です。
宮兄弟は小学四年生で主人公は五年生、このあとコナン君と出会って髪の毛切ることになります。
Oct 2019

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