Sakura-zensen


春の蕾 03

(第三者視点)

祖母の姪が亡くなったらしい。
両親の兄弟や祖父母までならいざしらず、祖母の姪までくると今まで会ったこともなければ存在していたことさえ知らなかった。
夫はすでに他界しており、残された幼い息子は、京都の親戚の家に預けられることになったと聞いた。
京都には祖母の実家があり今は祖母の兄と娘夫婦が住んでいる。そんな家に信介は一度も行ったことがない。

自分のはとこに当たる男の子は結局会うこともないのだろうという認識でいたにもかかわらず、たまたま自分と同い年だっただけで、家に遊びにくることになった。


初めて会う親戚はどんな子なのかと期待しつつも、両親を亡くした子にどう接したら良いのかはよくわからず、緊張しながら祖母に頼まれたおやつを買いに行った。
戻ると、玄関にはすでに草履が二つ並んでいる。普段そんな履物が家の三和土に並ぶことはなく、出迎えには間に合わなかったことを理解した。
信介が脱いだ靴を揃えていると、帰宅の声と音に気がついた家人が居間からやってくる音がする。
「あ、バァちゃ……」
複数人の足音や声から、勢揃いして会いに来たのだろうとわかりながらも振り向いて、祖母を呼びかけようとしたら見たことのない二人が先に来たので思わず緊張して口をつぐむ。
和服の綺麗な中年の女性と、可愛らしい女の子がいた。
信介は誰だろうと思うよりも先に一瞬見惚れた。
二人は上品に笑って信介に挨拶をしたので、慌てて返す。祖母は朗らかに笑って自分を出迎えたので、ようやく頭が回るようになってくる。
手を洗ってくるように言われて、逃げるように洗面所へ向かいながら、親戚の男の子───くんという子がくると思っていた情報は、夢だったのだろうかと首をかしげた。
結局誰も、サクラと呼ばれた女の子がという男の子であると口にしなくて、信介はしばらく勘違いしたままでいることになる。

同級生の女の子に、こんなに緊張したことはなかった。サクラは普通の女の子よりも綺麗な格好をしていて、歩くのも遅くて、大人しくて、優しい。だから手を引いて歩いてあげた。
しかしその印象はすぐに覆った。
「今からやること、誰にも内緒な」
まさか神社の階段を三段も飛ばしながら駆け上がっていくとは思わなかった。
耳打ちされた声と微笑みに動けなくなっている間の出来事で、本当の一瞬にして上にたどり着いてしまった。
弱々しく可愛らしくみえたのは着物のせいだったらしい。
上から元気に声をかけられて、信介も自力で駆け上がったがきっと、遅いのだろうなということはわかっていた。

お供えをした後境内の中を散歩すると、サクラは時におとなしく、時に活発な姿を見せた。それでも信介の隣で微笑んでいることはかわらず、もう一度手を繋ぎたくなった。もう歩調に慣れてしまったのが惜しかった。
「信ちゃんこの池なんかいたりする?」
「たしか鯉がおる」
「あ、カエルもいたー」
「どこや」
とりとめのない、誰とでもするような会話で、祖母と何度も見たことのある池だが、全く退屈にならない。
「アマガエルじゃない?ちっこいな」
サクラはカエルを素手で捕まえて手に乗せた。しばらく状況の掴めないでいるカエルはおとなしくて、サクラの小さな爪のついた指で優しく突かれている。
「よう触れるな」
「あ、信ちゃんダメな人?こわい?」
「平気や。……前、クラスメイトの女子は蝶々でさえ叫んどったから」
気を使って顔の高さにあった手を下げられたが、信介は少し前のめりになってカエルを眺めた。
「女の子と一緒にしないでください」
「……特別やな」
「いや違うって」
何気なく口にした言葉だったが信介はしっくりと胸にくるものを感じた。
他の子や、祖母や親戚とも違う、特別な子だと信介は思った。
驚きは春風みたいで、一緒にいると凪いだ水面みたいに心地よくて、100回繰り返しても大切にできると感じた。
同時に、帰ってしまうのも、遠くで暮らすのも寂しい。
祖母から教わった毎日丁寧にちゃんとする、という工程の一つに、サクラが欲しいと思う。
掃除も洗濯も体調管理も勉強も運動も、食事も、呼吸も、朝も夜も、苦楽さえも一緒に。

夕日に光る屋根たちを見下ろした。この景色も何度か見たことのあるものだが、サクラが隣にいるので景色は綺麗で、それでいて普通だった。
サクラに手紙を書くと約束をして、このつながりを大事に育んでいこうと決めた。
たとえ一通目の手紙の返事で、サクラではなくの名前で送られてこようとも、二度目に会った時に連れて行ってもらった温泉で一緒に男湯に入ろうとも、春風は吹き留まらないくせに水面は凪いでいた。これが信介の世界となっていたのだ。





「なんかめっちゃいい匂いしよんねんけど」
「変態か?……あ、ほんまや」
治は薄くて白い、不思議な触り心地の紙に顔を寄せて目を見開いた。侑はそれにつられるようにして同じく持っていた紙の匂いをかぐ。
それは今日出会った女の子が、二人に金平糖をくれる時に使った包み紙だった。あとで母親にあぶらとり紙かと聞いたら懐紙というものだと聞いた。
洒落た持ち物に目を白黒させた双子であったが、そもそも少女は高そうで上品な和服に身を包み、百円均一では到底売っていないような便箋を追いかけていた子供だ。
───なかなか、身近にはいないであろう、きっとまた出会うことが難しい、二人には遠い子だった。

子供会の遠足で春休みの子供を1日預かってくれるとわかった母は、子供の意見を聞くことなく参加を決めた。侑と治は正直遠足の行き先にさほど興味はなかったが、たまには違うところに遊びに行くのも悪くないと思っていた。
なんだかんだとひとしきり遊び、帰り道の途中で土産を買うために色々な店が立ち並ぶ通りで一度自由時間となった。誰かに気の利いたものを買って帰るという概念はないし、大して小遣いも持たされなかった二人は店を見て回るのが嫌だった。
集合時間と場所はわかっていたため、大人の目を盗んでひっそりと静かな道へ入った。
一本違う道路に出ればがらりと雰囲気は変わり、地元民が入りそうな定食屋だとか、酒屋、古びた洋装店に鍵の修理屋などが並んでいた。あとは何の店だかわからない面構えのものが多く、さらに興味は失せていく。
しかし、土産屋に戻るのも癪で、二人は顔を見合わせて相談する。
その時に風が吹いた。
「と、とってー!!!」
鼻腔をくすぐる春の匂いと、頬を撫ぜた桜の花びらよりも、なんだか必死な声が突き刺さる。
着物を着た自分たちと同年代くらいの少女が、二人に向かって叫んでいたのだ。
「びんせんー!!それ!桜の!!」
その時はじめて、視界に入る白い粒が桜の花びらであることと、風が吹いていて一枚の便箋が舞っていることを理解した。
桜という言葉が不可解だったが反射的に便箋を目で追う。

捕まえた途端に二人して両端から力を込めてしまい、それは二つに破けてしまった。
自分と瓜二つの顔がさっと青ざめて責任転嫁してくる。ちらりと見やった持ち主の少女は目を丸く見開いて、呆然としていた。
歩幅の小さい少女に自分たちから近づきながら、どう言い訳しようかと考えていたが彼女は気分を害した風でもなく、むしろ謝られてしまった。素直な謝罪にさらなる罪悪感が募る。
いつもならこのくらい、自分たちは何も悪くないと結託して主張するのだが、どうしてだか本領を発揮できないでいる。少女の雰囲気が、二人をそうさせていた。
それにしても破ってしまったのはどうにも格好がつかなくて、治は自分が一人であったならと考えた。急に相方が邪魔に思えたのだ。
それは侑もそうで、反論してくる。
互いに一人でこの少女に出会っていたらという思いが胸に浮かぶ。
「二人とも悪くないから喧嘩しないでな」
困ったように、そして何か可愛いものを見るような眼差しを向けられて二人とも目をそらす。
治は便箋を、侑は少女の肩のあたりを見た。
桜色の便箋に散りばめられた花びらと、柔らかそうな髪の毛に紛れ込んだ花びらに気づいたのはおそらく同時だったのだが、治が先に口を開いた。
二人で破けた便箋を見ると、確かに治が気づいた通りに便箋は桜色で透かして見ると花びらが散っている。
上品な装いの少女が持っているのは似合うが、自分たちには分不相応な気がして侑は憎まれ口を叩いた。

京都には遠足で来ていると知った少女は、二人が遊んで来た場所に興味があるみたいだった。
アスレチックの公園だったので、到底一緒に遊べないだろうと思いつつも教えれば、知ってる場所らしい。
「行ったことあるん?」
「便箋も捕まえられんと、アスレチックできるんか」
「あるよ!いつもこんな格好してるわけないじゃん」
口を尖らせて拗ねる様は、確かに快活な子供に見えた。
「へえ、見てみたいわ〜、鈍臭ないところ」
「ちゃんと上まで行かれたん?今度見してみい」
「なんかバカにしてません??初対面なのに??」
思わず二人して揶揄うが、一緒に行きたいという意思が混ざっていることには気づかれない。
双子はどちらかがなんとかして、彼女との次の約束を取り付けられないかと期待していたが、二人とも力は及ばず、少女の心は広かった。
「そろそろ大人に心配されるな、戻った方がいい」
「そ、そうやけど」
「なあ……」
「あ、ちょっとまっててな」
もじもじと二人でどつきあっていたら、少女は胸元と巾着から色々と取り出しはじめた。
軽くしゃがんだ膝の上に白く綺麗な紙を敷いて、色とりどりの金平糖をそこに落として丁寧に包む。歌うような仕草に見蕩れ、手つきやうつむく顔を眺めてる間、二人は何も口にはできない。
二つの包みはあっという間に作られて、中身は金平糖が数粒入れられていることを知っている。
「ふたりに、お礼と、京都のお土産」
押し付けられた包み紙を崩さないように、だけど何も言えない情けなさに変な力を込めて握った。
「なあ!……これもちょうだい」
「え?ああ、いいよ、こんなんでよければ。もう一枚、いる?」
治は少女に一度返した破れた便箋を取り上げた。片割れは侑にあげようかと提案されたが、侑は治の気持ちを少し汲んでやることにして、さらに上を行こうとした。
「俺は、こっちもらうわ」
耳から少し溢れていた髪の毛をつまんで毛先までなぞると、ひとひらの桜の花びらが取れた。
「……名ま」

「宮兄ーーー弟ーーー!!!」

「げぇ」
「あかん、おらんのバレた」
ぽかんとした少女に名前くらいは、と勇気を振り絞ったところで上級生や大人たちの声が遮った。
思わず駆け出してしまうくらいに、二人は子供だった。
手に持った桜の便箋も花びらも手放すことはなかったが、金平糖の粒が口の中で溶けてしまうくらいの短い逢瀬しかできなかったことはずっと悔しい思い出になった。




next.

関西弁のキャラの一人称視点ってかけないじゃん。とかいって三人称もなんか難しいじゃん。
私はこれ三人称風のキャラ視点と思ってますが、しれっと第三者視点って書いといてます。双子は混ぜ気味。DNA一緒やから……以下略。
北さん書いててヤバい人になった??と思ったけどあながち間違いではないのでは??という妄想に取り憑かれています、ノーコメントです。
宮兄弟はなんかこう、ガキンチョ感を出したかった。
Oct 2019

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