Sakura-zensen


春の蕾 05

───バレーボール、始めました。
信ちゃんがな。

中学校に入学して二週間くらいが経った。少し前に買ってもらったスマホには、同時期に買ってもらった信ちゃんのスマホの連絡先が入ってるので、スピーディーな近況報告が入って来る。
信ちゃんが入ったなら俺も始めよう……と登校してすぐに気づいた。……うちの学校男バレないやんけ。
部活動一覧表を前に肩を落とした。
「あれ、部活興味あったん?」
「あ、おはよ」
「おはよ」
新入部員募集期間ということもあって、一学年の昇降口前掲示板には部活動一覧と活動場所が記載された表があって、朝からぼんやり眺めていた俺の後ろ姿にクラスメイトが声をかけて来た。
俺が剣道道場に通ってたり、他にも武道やってることを知ってる小学校からの友達だ。
「親戚がバレー部入ったんで、俺もやってみようかと」
「は、そんな理由で!?おまえらしいわ〜」
この学校は原則としてなんらかの部活動に所属することになっていた。外のクラブ活動があるやつは申請すれば許可されるが、俺の場合は道場で習っているのではなく、教えている側になってしまっていて、しかもそれは結構な人たちに知られていて、部活免除にはならない。
むしろ実力があるのなら部活動に所属し、結果を出すことを求められた。
地域、ひいては学校の活性化をはかり、生徒たちのモチベーションをあげ、全体的なレベルアップを期待されている。
そしてこの度、バレー部への関心を示したことで、運動部の中でも俺への勧誘が消極的だった球技系の部活もアップを始め、なんか知らんけど俺の争奪戦となった。俺のために争わないでえ。

さっさと部活に入って無用な争いを避けようと入部届けを出したのは茶道部の顧問のところだった。
着任2年目らしい若い女性教師───吉田先生が、ずれた眼鏡を直しながら入部届けと俺の顔を見比べた。その奥3つ隣の席では剣道部の顧問が椅子からずっこけている。コントのようだ。
小山内先生こと小山内クンは俺の通っていた道場の、大人クラスに通ってる。たまに大人クラスに混じって相手をしてるので顔見知りで、中学校入学前から剣道部に入って欲しいと勧誘されてた。
それに対し、俺が小山内クンに剣道を教わる??しっくりこないわあ、というのが入学前から言い放っていたことである。本人も教えることはないんやわーと言ってた。
「ほんまにええのん!?ええんですね!受理しますよ!!!!ええんやね!?」
吉田先生は甲高い声で三回ほど意思を確認したが、俺が入部しても恨むなよっていう他の先生への牽制の意図があったんだと思う。俺は人形みたいにウンウンウンと三回頷いた。

そして茶道部に入部してからの俺の日々は非常に平和である。
いや最初は諦めの悪い剣道部顧問と幼馴染でもある主将が押しかけて来てたのだが、一度叱りつけて礼儀を叩き込み、練習に顔を出して扱いてからはお利口さんになり、俺の学校でのあだ名が師範になった。
『ん?結局、何部なん?』
「茶道部茶道部」
『明日は剣道部の練習試合に同行するんやろ』
「成り行きで……」
信ちゃんと電話で近況を話していると改めて聞かれる。言ってて、そういえば俺何部なんだ?ってくらい剣道部にも顔を出していることに気づいた。
茶道部は活動日が少ないので、空いてる日は結局剣道部に引っ張って行かれる。
せめてバレーをやりたいのに!とバレーのルールブックを読んだり女子バレー部からボール借りて触ったりもしてるが、部員が次何やればいっすか!!!って聞いて来るもんで中々進まない。
「クラブはいろっかなあ、バレーの」
『そんな時間あるんか?』
「時間は作るもんや」
『なんなん、その格言』
電話口の向こうで信ちゃんは軽く笑う。
道場への顔出しは中学入ってから減らしてるし、剣道部は振り切ればいい話だし、勉強は真面目にやってるし、自主練はいつも通りで……作れないこともないだろう。
『無理にやらんでもええやろ』
「えー、でも俺一緒にやるってゆうたもん」
『なら、一緒にやれるときやったらええよ』
「それじゃあ相手にならないんじゃない?」
『俺もまだ全然下手クソや。球拾いばっかしとる』
淡々と言う信ちゃんの顔は見えないがわかる。
『けど、毎日ちゃんとやんねん、次会うた時はに少し教えられるようなっとくから』
「そか……楽しみにしとく。部活がんばって」
通話を切って、スマホを机の上に立てて指で支えながら顎を乗せた。窓の方をちらりとねめつけて、カーテンの隙間から夜を見つめる。
「走ってこよ……」
技術的なことは信ちゃんに会った時に信ちゃんに教えて貰えばいいや、と納得した。


剣道部では相変わらず部員をみつつ、なぜか顧問と打ち合う。……いや見本らしいけど。
主にやるのは体力、筋力のアップ、反射強化、姿勢や動きの矯正といったところだ。
練習試合は同行できるだけして、小山内クンの隣でなんか監督面をして見る。指示は基本顧問が行うが、最後に俺のコメントでまとめ、今後の課題を見出すとかいう大トリをやらされるので、相手校からはよくわからん顔をされたりする。
それが次第に当たり前の光景になったのは、部員が強くなったからだろう。いつしか他校の生徒も正座して聞いてたり、合同練習があったりすると声をかけられるようになった。


「なー師範、来週の練習試合やねんけど───ッテェ、また月バリ読んどる!!」
ある日、同級生であり主将となった八代が、道場の隅っこのパイプ椅子にかけてバレー雑誌を読んでいる俺のところに滑り込んで来た。
「浮気もん、相変わらずの浮気もんや」
「うるせえこっちが本命だ」
「誰よそいつぅ!」
きいっと手ぬぐいを噛み締めた。
いや、まあ信ちゃんが載ってるわけじゃないんだが。
「来週の練習試合って……合同合宿?稲荷崎グループが招待してくれたとか」
「そうや。んでなー、バスの定員が足らんくて」
「何人足らんの、3年は自力で行ったら?」
「3人。そういうと思って、俺とお前と、あと誰に頼もかって相談や」
「小山内クンでええやん。残った3年で1、2年見とけば」
「……いや、小山内先生には監督責任っちゅうもんがあるやろ?」
八代と話し合った結果、そもそも小山内クンと一緒に電車で行きたくなくない?ということで、副主将とチェンジだ。

稲荷崎グループは兵庫の稲荷崎高校付属の中学校や近隣の学校でグループになっていて、部活動でも偏差値でもレベルが高いところだ。信ちゃんの笛根九中学とは関係ないからあんまり興味ないけど、確かバレー部も強いんだよな。

他校の人たちはほとんど俺が茶道部であることは知らないし、なんかスポーツに詳しいマネージャーだと思われてる。あとうちの部員とおまけに顧問が俺を師範って呼ぶから。大半は顧問のせい。
今回の合宿も顧問が顧問仲間たちに吹聴したせいか、俺はしれっと指導にまわされ、1、2年の基礎練習を持たされている。
「よろしくお願いします!!!」
「はい、よろしゅうお頼もうします」
体育会系挨拶に対してフンワリ上品に笑う。だってなんか、1、2年生がすごい緊張した面持ちしてんだもん。そりゃ、俺たちの学校なんてそんなに知らないだろうけど、そんなにビビるかね。
「みなさんここに振り分けられたっちゅーことは、初級になります」
ピリッとするやつ、ぐっとするやつ、しら〜っとしてるやつ、様々いる。
各校で三段階に分けた結果の三軍というやつで、つまり学校によってはレベルが違うこともあるだろう。稲荷崎グループが部活に力を入れてるとはいえ、各校残した成績は違う。
「見ててちゃんとできてるなーと判断したら上のクラスにステップアップさせるんで、やる気なくさんと気張ってください」
「オス!!!!」
練習前に基礎の基礎であることを宣言、しかしそれで腐っちまうことのないように予防線ははる。これでも反抗的なら俺はもう知りません。
大半は素直に頷き、少数やる気なさそうなのとか、何考えてるかわかんないのもいたけど、やるんならやらせるし、やらないなら良いと思う。

剣道の基礎と、武道全般に通じる基礎、さらに遡って体を動かすための基礎。この三つの強化を優先とし、中でも最後の体を動かすための基礎が三軍では要だ。これが備わってると備わってないとでは、今後の身体の作られ方も変わってくる。特に1年はようやく肉体の成長が順調に進んで来て鍛え始められる時期なのだ。
「外周いきまーす、体調悪くなったら無理せず歩きなさいねー」
1日目で自分とこの先輩や顧問に嫌や言うたやつは説得されてここに戻されたか、帰宅させられた。
2日目で疲れてしんどそうな子たちはこなす量を減らした。3日目は大半が疲れていたので、ストレッチや優しくも効果的な運動、それから瞑想や心構えについての指導を挟む。4日目、回復の兆しと、心の変化が見えつつあったので同じように鍛えつつ、ちょっぴり量を増やした。
この頃になると、俺が動かんで口だけのやつっていう印象は薄れ、訝しげな表情を見せるやつはいなくなる。
「じゃあ、なんかあったらこのキャップ目印に声かけてなー」
俺も一緒になって外周走るし、各々学校のジャージだったりTシャツだったりで紛れちゃうので一人だけキャップをかぶることにしている。
目的としては俺が走っているのを意識させること、緊急時の対応、走り方の指導、体力見極めなど様々だ。
「顎あがってる、スピード落とすか歩くかして体力戻しなー」
「腕もっと振ったら楽んなる、ほんでこの位置までもってこい」
先頭に行っては最後尾戻って、また追い上げて、いろいろな角度から部員を見る。
体力つけるためには多少無理でも走らせるところだが、俺的に優先事項は基本の定着なので、今回の合宿では無理をさせない。その優しい鍛錬のはずなのに消えたやつもいたがな。
「靴紐ほどけそうだよ〜」
ぽんっと背中を叩いて追い抜こうとして、あれっと違和感を感じる。
あーホンマや……と呟いて止まった子を追い抜いてしまって、違和感の正体は突き止められなかった。
しかし前を走る、明らかに俺のグループにいなかったごっつい人を見つけた。
「?ちわす……なんや?」
外国の人がおる……。
俺の並走と凝視に気づいて戸惑いつつも挨拶をしてくれたが関西弁だ。
「こんちは、何部の人ですか?」
「バレー部や、そっち剣道部の合同合宿やって?」
「そうですー、お邪魔しとります」
「こっちも練習試合で、この学校ちゃうねんけどな」
「へえ、アップ?外周なんてめずらし。体育館は?」
「順番で使てる」
うっかり異部活交流をしてしまう。だってだって、バレー部だし。
「なるほど。あれ、見覚えあると思うたら、尾白アランくんちゃう?」
「知っとるんか俺のこと」
「同い年の親戚が兵庫におってな、バレーやってんだ〜」
「へえ……熱心な剣道部員や」
うち男バレないねん!!!とでかい声で残念がる。本当に残念、あれば入部したのに。
「なんやバレー部志望の人と話しとるんですか?アランくん」
「おー……どっちや?」
「どっちやと思います?」
「無理や」
アランくんと並走している俺の隣に、一人が並んだ。ちょっと見上げるとこれまた見たことがあるような人。どっち、と聞いてる所を見ると宮ツインズの片割れだ。
「靴紐どーも」
「部員かと思って、アハハ。でも声かけてよかった」
何年も前になるが、京都の道端で会った双子もそんな苗字で呼ばれていた気がする、顔をしっかり覚えてないが兵庫の子で、双子で、同年代。懐かしいなあ。おかしなあだ名っぽいので呼び合ってた記憶はあるんだけどな。
「サム、何こんな所で油売っとんねん、ちゃきちゃき走れや」
「走っとるわボケ」
わあ、揃った。
キャップのつばを少しだけ上げて、後ろから追い上げて来た双子の片割れを見る。
「サム?……サムってなん……?」
「ああ、治のサム」
「アランくんって名前横文字でカッコええやん、こっちは侑のツム」
「アランくんはカッコええけど、サムとツムはようわからんな」
「せやろ」
アランくんがわかってくれるか……みたいな顔をした。
一方、俺がでかいのに囲まれてるので部員が遠くからチラチラ見てくる。大丈夫カツアゲじゃないよ。
「で、あんた誰なんです?」
「あ、俺は───」
あら俺ったら勝手に名前を知ってるばかりで、名前も名乗らず。
そう思って自己紹介をしようとしたところで、部員が遠くから、師範!!!と呼んだ。



next.

中学入学から三年生まですっとばします。
鍛え方は脳筋なのでとにかく体力と筋力上げさせるところから入るタイプです。
剣道自体も強いんだけど、こういう基礎が大事な脳筋(?)
どうにかこうにか兵庫に絡んでいきたいんや……。
Nov 2019

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