Sakura-zensen


春の蕾 06

(第三者視点)

稲荷崎グループのバレーボール練習試合はよく行われる。学校内の練習だけでは得られないことが多くあるからだ。
稲荷崎高校が主体となり、高校、中学校の中でも近隣で実績がそれなりにあるところと手を結んでいる。
尾白アランと宮兄弟はそれぞれ稲荷崎グループに所属している中学校のバレーボール部員であり、よく顔をあわせていた。学年は一つ違うが、まだ小学生だった頃のバレーボール教室で三人は出会っており、侑と治の妙なニックネームはアランの名前が格好いいと肖ってつけたものだ。
「アラン君ちーっす!」
「おー双子」
練習試合の会場となった、とある学校へ行くと、アランは門のところで双子と会った。

「なんか今日学校多い気がせえへん?」
チームメイトの誰かがそうこぼし、周囲を見渡す。
バレー部の姿が多いのは仕方がないとして、なにやら校舎の外の空き地、校庭の方にもジャージ姿を見つけた。確かに普段の練習試合と比べると多く人がいる。
「ああ何日か前から剣道部の方で合宿しとんねん」
「そうなんスか」
主催校の三年が苦笑した。
「うちの学校そんな剣道強ないな」
「へっぽこ剣道部やったもんな」
双子がぼそぼそと話し合っているのが聞こえた。
「うちは強い方やと思うけど、今年は京都から全国大会出た学校招致しとるらしいで」
「へえ」
剣道に対してさほど興味のないバレーボール部員ばかりなので、盛り上がりにはかける内容だ。
「なんでも短期間で急成長したトコらしゅうて、その練習方法を知りたいっちゅうてな」
「べらぼうに強い部員がおるだけちゃう」
「聞いた話やと、外から強い先生呼んではんねんて」
双子はもう興味をなくして自校の方へ行ってしまい、他の部員たちもただ相槌を打つだけのものになっていた。

練習前のアップで、体育館を使う時間はそれぞれ分けられた。
空いた時間は外でのストレッチやランニングにあてられる。
アランと双子も最初は走ってくるようにとコーチに言われて校門のところへ行く。
そこにはマネージャーらしき女子生徒の姿があり、アランの学校の主将が挨拶をした。互いに剣道部とバレー部であること、外周をすることなどを会話している間に、部員たちは簡単に準備運動を始めた。

剣道部が外周走をしているのを承知の上で走ったが、しばらくはその剣道部に会うことはなかった。しかし途中で歩いているのや、スローペースで走っている部員を見かけるようになる。サボりかもしれないが、バレー部には関係のないことで、ただ普通に追い抜いて行くことにした。
「なんやあれ、根性ないんか」
「知らんほっとけ」
それなりに鍛え上げられて来たバレー部員たちは、追い抜いた後に歩いてる生徒についてそうこぼした。
どうやら走っている剣道部はよほど根性がないのか、バレー部の先頭集団にいるアランは次々と追い抜いた。ほとんど全員走りながら項垂れるような連中ばかりで、非常にやりづらいとさえ感じる。
ひときわ元気そうに見えたのはキャップをかぶった部員で、いろいろな生徒たちの背中を叩いて声をかけている。
「下向かない、もっと前見て走んなさい」
一人に寄り添い指をさしたその背中をアランは追い抜いていった。
何をそんな当たり前のことを……と思ったが、部員の体格的に1年なのだろうと分かった。キャップをかぶってる部員はおそらく上級生で、下級生の面倒を見ているのだ。
初心者の後輩指導はよくあることで、特に何も思うことなくいつものペースで走っていると背後からはいろいろとアドバイスが聞こえてくる。そして徐々にその声は後ろを走るバレー部員を追い上げていき、「靴紐ほどけそうだよ〜」という間延びした声と、「あーホンマや……」という声がすぐ後ろのところでした。
───今バレー部員に言わんかったか?
聞き覚えのある声が返事をしたと思った矢先、キャップが斜め下のところに来て並走する。
───まさか俺にもなんかアドバイスするんか。
なぜだかアランは走る姿勢を少し意識する。特別に嫌な感じはしないが、かといってアドバイスされる謂れもなく、妙な気持ちになる。
「?ちわす……なんや?」
アランをまるでぽかんと見上げる少年に、とうとう声をかけた。
その後、少年は挨拶をしてきた。
どうやらバレー部が後から走っていることに気づいておらず、そのまま声をかけ続けていたらしい。
親しげで、懐っこい様子に悪い気はしない。
なぜか少年はバレー部に興味があるらしく、尾白アランの名前を知っていた。それもまた、悪い気はしない。しかし剣道部員が他県のバレーボール選手を知っているのは珍しく、つい話を聞いていれば兵庫に親戚がおり、バレー部員なのだとか。それならまあ、知っていてもおかしくはないか、とアランは思う。宮兄弟も有名だが、自分もそれなりの知名度があると自負していた。
「うち男バレないねん!!!」
急に悲痛な叫び声みたいに言うので、少しだけアランは身を引いた。なんやこいつ、と思った。
「なんやバレー部志望の人と話しとるんですか?アランくん」
「おー……どっちや?」
二人の会話に、宮兄弟の片割れが入ってくる。やはり先ほど靴紐を指摘されていたのはこの片割れだったらしく、軽く礼を言っている。
アランにとって双子は見分けがあまりつかないので、誰が少年と話しているのかはよくわかっていなかったが、後から侑が叱咤しに来たことで、治であったことを理解した。
キャップのつばを少し上げた少年は、双子の顔をわあと見上げる。
彼は二人のやりとりを微笑ましげにみつつも、アランの方を指差して妙なニックネームを指摘する。アホな理由からとってつけたもので、アランは経緯を説明するのも面倒だと思ったほどだ。しかし治は得意げに格好良いだろうと語った。どこがやねん、と内心で思ったアランだが、少年もわからんと答えたので少し嬉しかった。

なにやら一人の剣道部員と走りながら話し込んでしまったが、途中で少年は「師範」と呼ばれて瞬きをした。
部員たちの目からしても、彼一人走りが一切乱れていないことからしても、おそらく師範とは少年なのだろう。
「鈴屋がー、前でー、足つったー!!」
「わかったー!」
言われるなり、少年はアランたちに手を上げて挨拶してスピードを上げた。綺麗な走り姿だった。
アランは軽く手を上げて応えたが、双子はぽかんとした顔で走る。
「速っ……」
「あの人ナニモンや……」
「知らん、たいして話しとらんし」
「ずっと前行ったり後ろ行ったり走っとった。俺何度か追い抜いて抜かれたんや」
「そんなにか」
アランはさほど目にしてないと思っていたが、そのようなことが繰り返されていたらしい。
侑は周囲をよくみる癖があったので気づいたのだろう。治は靴紐を指摘された一回以外には気づいてなかったらしい。
「しかも俺たちと話しとって、一切息あげとらんわ」
「───」
剣道部よりも後に走り出したバレーボール部員でさえ、アップのため軽く息が上がる程度で走っているというのに、しばらく並走していた少年は確かに一切呼吸を乱していなかった。
ゆっくり走る期間をとっていても、結局は追い抜いて先まで行っていた彼のことだから、その運動量はおそらく通常の部員たちよりは多いはずだ。

後々になって襲ってくる、妙なものを見たという感覚を携えて走っていると、件の少年が部員の一人を介抱してる姿が前方に見えた。足がつった、といっていた通り、部員は足を伸ばして地面に座っている。
外周する部員の邪魔にならないよう、縁石のところにいる部員から、なぜか少年は距離を取る。車の確認と、走ってくる部員の様子を見て、車道の真ん中あたりに立ち、タイミングを見計らっているようだった。
少年はアランたちが走って来たのを見て、にこりと笑った後、手で走れと示す。何をする気なのだろうと気にしつつも、車が来てしまえば彼が危ないので訝しみながら前を横切った。
その後すぐ、軽々しい助走の足音がして、思わず振り向く。
車道と歩道を使った助走。石積みを蹴り上げて狭い植え込みを飛び越えた先は、学校の外壁だ。少年はその外壁を軽く蹴り上がり、天辺に手をついた。
そして体をねじり、学校の敷地内に翻って消えていく。
「な……」
「なんやってー!!!」
部員は座った状態のまま仰ぎ見て、力をなくしていた。
アランと双子も思わず足を止めて、少年の消えた先に声を上げてしまう。
「えらい身軽やな……つか何しに行ったん?」
「あ、チャリとって来はるゆうてました……」
呆然としていた剣道部員は、アランの疑問に戸惑いながらも答えた。
なるほど、それで近道をしたと言うわけだと納得する。しかし体の使い方についてはもう驚きしかなくて、理解ができない。
「ツム、あれくらい飛べるか?」
「飛べても超えられんやろ」
「そうやなあ……」
彼が飛び上がった時に外れた白いキャップを侑が拾う。
汚れてはいないがぱんっと叩いて、頭に乗せた。
「何パクッとんねん」
「後で返すわ、持っといたんねん」
「剣道部員に渡しとけや」
治もアランも止めたが、侑はそのまま走って行ってしまい、追いかけざるを得なかった。


ちょうどアランの学校の試合は終わり空き時間となった際、体育館のドアの側に寄りかかっていた。すぐそばで顔を覗かせる気配があり、見下ろせば先ほどの少年と目があう。
「おー。キャップやったら侑がパクっとったから、今───試合中やな」
「キャップ?あ、拾ってくれたん?」
「部員からなんも聞いとらんのか」
「うん。ま、それどころじゃなかったしな」
体育館には、部員から話を聞いてキャップを取り返しに来たのだと思ったが、どうやら目的はそうではないらしい。
「もしかして、ただ見に来ただけなんか?」
「あたり」
無害そうな笑みが浮かべられる。見ていてどうにも力が抜けるもので、アランは少し態勢を崩した。
「宮ツインズの試合は、生で見るの初めて」
「へえ」
堂々と、あたかもバレーボール部員であるかのように、彼は少し体育館の中に足を踏み入れた。
アランの隣に並んで壁に背を預けるので、まるでチームメイトにしか見えない。ジャージは違うが、そういう他校生は大勢いたので目立つこともなかった。
「そういや、師範呼ばれとったけど、先生なんか?全くそうは見えへんけど」
「師範はあだ名。俺は春野、九重中───京都の中学校な、三年生」
「京都からわざわざ……、去年の全国出た学校やろ、聞いたわ」
「色々聞いてはりますなあ」
くすくす、とわざとらしく笑ったにアランは苦笑する。たまたま話題になったことだったが、剣道部について盛り上がるだなんておかしな話だと自覚している。
なんとなく、二人はそのままバレーを観戦しつつバレーの話をしたり剣道部の話をしたり、ダラダラと会話を続けてしまった。
アランが試合の出番となり、がそろそろ剣道部に顔を出さなければならなくなるまで、それは続く。
別れ際、はバレーがんばって、と応援の言葉を投げ、アランは片手を上げて礼を言った。

結局キャップを渡すことはできずに練習試合は終わる時間になった。しかし帰る前に、剣道部員が一人侑を訪ねて来た。どうやらの遣いらしい。侑は本人が来ないことを不満げにしつつも、渋々とだがキャップを返している。
「師範っちゅうのは、顧問なん?」
「三年生やねんけど、めっちゃ強うて……うちの剣道部を鍛えとんのはあの人やで」
「コーチみたいなもんか?」
「そうや、そもそもうちの顧問にも師範が剣道教えてはるからな。ほな、おおきに!」
アランは通り過ぎ様に、また剣道部の噂───元を正せばの噂───を耳にした。
侑と治も、の運動神経の良さを目の当たりにしたからか、興味があるようだったが結局深く話を聞き出すこともできずに剣道部員は帰って行く。
部員の話によるとは全国出場校にするまで導いたらしいが、本人の口からは当然そのような情報は出されなかった。自分からわざわざ言うことではないのだろうが、脳裏でとのやりとりをアランは思い出す。

はのんきな顔して、自分のことをバレーボール部に入りたかった茶道部員と言ったのだ。
茶道部にいてもおかしくはなさそうな、温厚な様子と運動をしているようには見えない体躯だったが、なぜバレーボール部に入りたくて剣道部を鍛えているのか、甚だ理解できることではなかった。



next.

双子視点にしたかったけど、今回はどっちかというとアランくんからの視点って感じです。
Nov 2019

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