春の蕾 07
全中の団体戦で我が校の剣道部が優勝した。距離はあるが観客席で俺はその瞬間を見守った。
「よう持ちこたえた……！足捌きも完璧やった」
「服部……オメー泣いてんのか？」
「泣いとらんわ！」
俺の右隣で目をウルウルさせて拍手をしていた平ちゃんに、左隣にいた新一くんが指摘した。
新一くんの向こうには信ちゃんがいて、すごいなあ、と感心していた。
そもそもこの全国大会出場にあたって、剣道仲間の平ちゃんが練習に参加してくれていた。そして二人で観戦に行く際にそれぞれ信ちゃんと新一くんを誘った。開催地は東京だったので、工藤さん家に泊まらせてもらう予定になっている。
「飯どうする？なんか食いてーもんあるか？」
「なんでもええよ」
「俺粉もん食べたい。お好み焼きー」
「東京のお好み焼きゆうてもなあ……あ、いっこ美味いとこあったわ、工藤と前行ったとこ」
「ああ。一応電話で予約入れとくか」
表彰式までは少し時間があるし、一応見て行くつもりだが新一くんが夕食のことを気にし始めたので信ちゃんと俺は答える。
平ちゃんは地元の飯がうまいってタイプだったので、最初は微妙な顔をしたがどうやらいい店を思い当たったようだった。
「くんは部員とこ行っていいぞ、荷物は俺たちで見とくからさ」
「そうやな、行って来てええよ」
「おし、行くで」
「なんでオメーまで行くんだよ服部」
勇み立ち上がる平ちゃんに呆れた新一くん。
いいんだ、平ちゃんは最近練習に付き合ってくれたんだ。なので観戦に熱くなり、結果にも喜びが一入なんだ。
というわけで、二人に荷物をお願いして、俺と平ちゃんは剣道部員たちのところへ走った。部員たちは俺たちの姿を見つけると、嬉しそうな顔をした。
「せんせい〜〜〜！！！」
俺と平ちゃんはひっくるめて先生扱いだ。
顧問まで生徒みたいにわっと泣きついてくる始末。
「おまえらよう頑張った！！おめでとさん！」
「おつかれ！」
「師範と服部さんのおかげです！！！」
「小山内さんも、ようやったな」
「ありがとうございます……！」
八代は涙ながらにはにかみ、小山内クンは男泣きで平ちゃんに背中を叩かれていた。
その様子を父兄らが写真に撮っている。
おまけに今年は、テレビ局が優勝候補として密着に来ていたもんだから、いい感じのシーンとしていつか放映されるんじゃないかなあ。取材は一応平ちゃんがくる前からだったが、平ちゃんが来てからは話題性の関係で平ちゃんがメインになるんじゃないかと思っている。まあ出来上がってからのお楽しみだな。
その後表彰式を観覧し、記念撮影に一緒に入れてもらって、部員たちよりも一足先に俺たちは外へ出る。そして新一くんの運転する車でお好み焼き屋さんへ向かった。
「オンエアは来年の春らしいで」
「絶対見るの忘れるなー」
平ちゃんのプロデュースでメニューはほぼ決まり、注文を待っている間に何気なく話題に上る取材の話。バリバリ写ってる本人だし、テレビ局の人とも仲良くしてたから聞いてたんだろう。部員たちはおそらく顧問から聞いて春が待ち遠しくなるにちがいない。
「録画するてばあちゃんが言うとった」
「じゃあ信ちゃんちで見る」
「くんが出るんだから綾小路警部が絶対録るんじゃねーの」
「え？俺そんなに映ってないでしょ」
文麿くんなら確かに俺が出るなら録るかもしれないけど。
「いや、そりゃねーだろ」
「映っとるわ！めちゃくちゃカメラに追われとったやろ！？」
「撮られたのは覚えてるけどな、使われんと思うんよ」
信ちゃんまで、何を言ってるんだこいつは？という顔をするのやめてほしい。
「茶道してるとことか、ランニングの引率とか、俺の将来の夢のくだり、要る？？」
いや、要らん。と反語でキメる。
そこでお好み焼きのタネが入ったお椀が届いて、むちむちと混ぜ合わせた。
───高校に入ったらバレーボールやりたいです。将来の夢は医者です。
なぜ剣道部に入っていないのか、高校に行ったら入るのか、将来の夢は？と聞かれて、そう答えた覚えがある。ディレクターもカメラマンも音声の人もぽかんとしていた。
俺が剣道部の練習を見ていたのは剣道ができるから、であって、剣の道を極めるものとして後輩の指導を行いたいと言うわけではなかった。もちろん心を込めて真摯に向き合ったけれど。
「そういや志望校決まったのか？」
「まあだいたい」
「どこや？京都でええとこゆうたら───」
じゅわ〜と生地をやきながら、話を変えた新一くんと平ちゃん。俺は鉄板の上のタネを丸く整えながら答える。
「稲荷崎、受けようと思って」
途端、信ちゃんがぱちりと目を瞬いた。
平ちゃんと新一くんは京都にそんな学校あったかと首を傾げ、それからまさかと口ごもる。
「兵庫の稲荷崎高校か？」
「そうやー」
「まっ、待て待て待て！んちから行けなくもないけど、通学考えたらえらい遠いで！？」
二人が驚いてるのをよそに、お好み焼きをヘラでちょこっとめくって見る。焼けてるかな。
「寮入るんか？」
「あすこは推薦で入学した子が優先だから、定員いっぱいなってたら下宿探すか一人暮らしかなあ。おばさんは寮の方が安心やー言うけどな」
崩れない程度には火が通ってるな、と思ったのでひっくり返したら、ちょっと色づきが足らん感じだった。まあ生じゃなきゃいいや。
「信介、そんなに驚いてねーな。いや兵庫だったら近くなんのか……」
「稲荷崎は偏差値も低ないし、医者んなりたいにはええとこやで。それに───」
「信ちゃんも行くんだよ、バレー部の監督さんに声かけられたんだって！」
平ちゃんと新一くんは俺の回答を聞いてしょっぱい顔をした。
ちゃんと学力には合ってますう。
「それやったら、うちから通ったらええやん。おばさんに言うてみ」
「いいの？聞いてみる。信ちゃんもおばあちゃんと、お父さんお母さんに聞いてみてな」
「多分うちは反対せえへん。問題は兄さんやな」
「昔ほど過保護じゃないよお、文麿くんも」
「せやけど、まだ超えられてないしな」
会話中、手持ち無沙汰にお好み焼きをヘラで押してみたりして、じうじうと言わす。
……あれ、おかしいなあ、平ちゃんと新一くんが口をきかなくなっちまった。
「二人共どうした、べろ火傷した？」
俺は顔を覆ったり、口元を抑えてる平ちゃんと新一くんに目を向けた。
「時間の問題どころじゃねえ……すでに出来上がってる……！」
「お好み焼き？？焦げそうだよ？？」
新一くんと平ちゃんの前の鉄板には手をつけられていないお好み焼きがあり、何やら煙を発していた。
「アカン……手遅れや」
「焦げたところ剥がせば食えるんとちゃう？」
信ちゃんは気を利かせてお好み焼きをひっくり返してやっていた。
こんがりしてるが、まあ食えるだろ。
どことなく疲れた顔をした2人に連れてきてもらった工藤邸は相変わらずでっかい。東京の学校に行くんだったらこの家に住まわせてもらいたいくらいだな。
「まあ、大丈夫だとは思うけど、気をつけて行ってこいよ」
「なんかあったら連絡せえよ」
「うん」
「ほんなら行ってきます」
家についてすぐ、毎日の習慣としてランニングに行く俺たちを新一くんと平ちゃんは見送った。二人もそれなりに運動はしてるらしいが、基本はジムで鍛えてるんだって。おっとな〜。
俺は外を走りたい派で、信ちゃんは特にこだわりがない人。そもそもジムなんて普通の中学生じゃ通わないしな。
会うたびに一緒に走ったりバレーをやったりしているけど、信ちゃんはすっかり体力がついて来たと思う。
三年間運動部で頑張ってきたのだし、あたり前か。
「……ほんまに稲荷崎くるんか？」
「受かればね」
帰り道は歩きながら息を整える。
「なら受かるやろ」
「受かります」
改めて断言したら、信ちゃんはふっと笑った。
「信ちゃんと学校一緒なの楽しみ。来年からよろしく」
「うん。せやけどバレー部でよろしくできるかわからんで」
「ど、どう言う意味」
「監督は声かけてくれたけど、そんなんいっぱいおるし」
一瞬俺は、バレー部入ったらライバルだからな、気安く話しかけんなよって意味かと思って肝が冷えた。
いや信ちゃんそんなこと言わんけど。
稲荷崎高校のバレー部は規模がでかいので、信ちゃんみたいにあまり目立たない選手でも少しの可能性を感じれば学校に呼び込む懐の大きさもあるんだろう。そのため実際入れたとしても、そこからが大変で競争率はものすごく高い。
「はすぐええとこまで行けるんちゃうかな」
「いや、バレーボールなめたらあかんで信ちゃん」
「なめとらんけど」
「そうね！」
言葉のあやだよ。
「そういうのは、心血をそそがないといけない」
走った後の方が汗が出るから、ぱたりぱたりと服で扇ぎ、体につきまとう自分の熱気を逃す。
「剣道やらんかったのと一緒で、俺はきっと血まで吐かないよ」
「せやけどは本気でやるんやろ」
「そりゃあもちろんです」
「なら、一緒やな」
「いや信ちゃんはやるからには上を目指さんと！バレーを選んだのは自分だろ！」
ハイハイ、やる気もってこ！
ぱんぱんと手を叩く。
「信ちゃんは南をインターハイに連れってくれ」
「誰や南って」
「俺。信ちゃんの南ちゃんになるから」
北にかけて南ってか。いや違うんだけど。
「は……春やろ、───俺の春」
「お、おお…」
ふざけてたところで急にふんわり甘い言葉をささやかれてぎょっとする。
心の準備ができていなかったです。
信ちゃんはすっかり勢いを失った俺を見て笑った。
next.
バレーボール観戦中、新一くんと平ちゃん（仲良くなってる）が主人公と信介の間に入ってる席順です。なぜなら必死の形相で、二人をあれ以上近づけさせないでほしいと頼まれたからです。
探偵二人も大概主人公のお兄ちゃん気分だけど、綾小路警部ほどじゃない。
そして頭いいのにサクラちゃんには迷推理する所がある。
綾小路はおじさんおばさん、北はお父さんお母さん、信介は警部を兄さんって呼んでることを踏まえて、ああもう結婚しとるわ───ってなってる。
Nov 2019