Sakura-zensen


春の蕾 10

信介と同じ高校に入学することができたが、クラスは同じではなかった。
なんかたまにあるすげえ眠い日っていうのが今日で、寝ぼけ眼をしぱしぱと瞬きながら、座席表を見て自分の席にたどり着く。
どっこいせ、っと座ってから周囲を見渡す。顔見知りの人がいるんだか、早速仲良くなったんだか、人の塊がいくつかあった。それでも一人で座ってる人も少なくはない。各々音楽聴いてたりスマホいじっていたりだ。
俺も信介に連絡しようかな、と思ったがあいつは学校にいる時間帯にスマホ開かないだろうからやめよ。
スマホを引っ張り出そうとカバンに突っ込んだ手をスッポ抜いた。

入学式前のHRまではあと10分近くある。そんなに長くないようでいて、やることがないと長い。
目があった人にでも話しかけようかなと思って、一番に目に入ったのは坊主の後ろ姿だ。ここから見ても、体格がいいこと、肌色が日本人よりも黒いのがわかる。
座席表を確認すると席の主は尾白という名前になっている。俺が以前あった尾白くん基、アランくんもあんな感じだったはず。それに、稲荷崎グループの中学校だったし、同級生だ。
静かに立ち上がり後ろから近づいて、ひょいっと顔を見てみる。
「───やっぱし、アランくんだ」
「お、……たしか、春野やったか」
彼は俺を覚えてくれていたらしい。周囲の生徒たちは一瞬賑わう俺たちを見たけど、すぐにまた視線を戻して行った。
「おまえ、たしか京都やったろ、遠ないか」
「今はこっちの親戚んちにお世話んなってる。アランくんバレー部入るんよね、俺もなんだー」
「ホンマか」
引いたような驚いたような顔である。
「がんばりますんで、よろしゅう」
「剣道とバレーは全然ちゃうで」
「わかってますー」
「まあでもお前、めちゃくちゃ跳びよるしな……」
なんだそれ?と思ったが、以前外壁を飛び越えたことを指摘されてああと思い出す。
「あん時双子もびっくりしとったんやで。ほんで気にしとったんやけど、会わんでラッキーやったな」
「なんでラッキー?会えたらよかったんだけど。帽子拾ってもらったお礼言えてないし」
「面倒なやつらやで。……アレはパクったに近いし礼いうことあらへん」
「仲良いんだなあ」
辟易した顔を見るに、おそらく振り回されているんだな、と思った。



部活は急に入部というわけではなく、仮入部期間というのがあって、バレー部は強豪校なだけにたくさんの希望者がいた。標準的な練習が主だった内容だが、本格的に入部して部活が始まるまでに、結構な人数が減っていた。それでも大勢部員はいたけど。
「知っとるか、バレー未経験者で残った一年、礼だけや」
「へーえ」
ランニング中、横から話しかけてきたのはアラン。
部活もクラスも一緒で過ごす時間が多いので、すっかり名前で呼び合っている。
「え、春野ってバレー未経験やったんか!?外のクラブも?」
「そうだよー」
前を走っていた赤木が、ぎょっとして振り向いた。
「中学ン時は何部なん?」
「元剣道部やコイツ」
「いえ茶道部です」
「茶道部ゥ!?」
う、の口で周りのみんながこっちを見てる。
わあ、聞いてたのか。
「いやほぼ剣道部やろ、テレビまで出といて何いうとんねん」
「え、あれ見たの!?よく気づいたなあ」
「たまたまテレビつけたら見知った顔がおったから」
他の部員は、番組名とつい最近放映されたことを聞いて、見たかもしれないけど名前と顔は覚えてないというのがほとんどだ。そりゃそうだ、知らない人がテレビに出ていてもいちいち記憶されないよ。
「二人は入学前から顔見知りやったんか」
「そうだね」
アランと俺のやりとりを聞いて赤木は興味深そうにしている。
「こいつ運動神経だけはええと思うで、球技に向いとるとは思とらんかったけど」
「でも基本はできとるやん、俺は普通に経験者か思とったで」
「全くなんの準備もなくバレー部にぴょんっと入るわけないだろ」
バレーの初心者といったら、ボールの触り方からまずへたっぴなわけで、俺はまさかそのステージのまんま入部しよって思ったわけじゃない。
中学の三年間は信介に会うたびバレーを教えてもらって、自主練もして、春休みも信介と毎日バレーの練習をしてたんだ。
その信介は三年間公式試合には出たことのない選手だったけれど、腐らず焦らず地道に丁寧な練習を重ねた男。そうやって培った技量と姿勢を、監督は気づいて声をかけたのだと俺は踏んでいる。
そして信介に教わった俺も、そこそこ土台は作ってきたわけだ。

ただ、やっぱり場数を踏んだ人とか、俺たち以上に努力をした人とか、この学校にはたくさん集まっているので、俺と信介のプレイは地味で目立たないものだ。
アランは中学時代から有名だったし、パワーは飛び抜けてあってジャンプ力や体力もしっかり備わっていた。赤木はリベロ志望らしくて、レシーブはうまいし、反射神経も動体視力もよさそう。体格のわりには力も強い方だなあ。
練習をしながら人のパワーバランスを分析するのは勉強になる。体育館の端っこでボール拾いをしつつ、周りのうまい人、へたな人を眺めた。

「俺たち、なんか必殺技編み出した方がいいのかな」
「なんやそれ」
部活終了後、部室のロッカーが隣同士の信介に話しかけてると、周囲の一年も俺たちのやりとりに耳を傾け小さく笑っていた。
「俺たち飛び抜けて良いとこないし」
「そもそもたいして上手くもないしな」
「それを言ったらおしまいですよ」
「下手でもないやろ、おまえら」
信介の向こう側にいる、頭一つ分くらい大きい長身の一年、大耳がフォローを入れてくれる。別に卑屈になっているわけではなくてですね。
「こう、一つくらい特技あった方が良いのでは?と思ったんだけど」
「あったらええと思て出来るもんちゃうやん」
「せやけど好きなもんとか、できそうなことを伸ばして特技にすることもできるわけだ」
「せやな」
ワイシャツのボタンをもそもそと留めつつ、ベルトのバックルをカチャカチャする音を聞く。
礼は好きとか得意とかあるんか?」
「……ないなー。信介は?」
「べつにないな」
「〜〜〜〜なんっやねん、その中身のない会話は!」
背後のベンチを挟んだ向こう側のロッカーを使ってるアランがたまらず叫んだ。
礼は運動神経ええのに……下手したら、部で一番ええんとちゃうか」
「信介もプレイは丁寧やし、失敗っちゅう失敗もせえへんのにな」
赤木と大耳がしみじみと、けれど不思議そうに俺たちを見る。
何かが足りないのは事実で、それが何なのか、どうアドバイスしたらいいのか、困っているようだった。
大丈夫、俺も信介もわからない。
「ああでも、失敗しないのも、特技やんな」
「そうか?」
「平常心、冷静ってこと。なかなかできることじゃないと思うな」
ネクタイを締め終えた俺は、はっと閃いた。
「それいうたら、礼も失敗せえへんよ」
「そもそも失敗するような難易度の高いことやってないしな」
「ははっ、俺もや」
「だからなんやねん、お前らのその会話!!!」
緩急つけろってことかな、アランは。
そんなテンションとテク、年がら年中使ってらんないのよこっちは。
「帰り道でもこれ続くんやで」
赤木と大耳は校門を出たら違う方向で帰るが、アランは途中で別れるまで一緒なので、俺たちを指差して言う。
「延々とゆるいのに何か小難しい話が続くんか」
赤木は俺たちの会話をそんな風に思ってたんだね……。
ていうかそれって、帰り道でアランを無視してだらだら話してるみたいじゃないか。俺も信介もアランに話を振るし。
「両側から数学と歴史の話されとる感じすんねん」
「俺たちの話は授業か」
「授業のがマシや、教科いっこやし、寝たらええ」
「授業寝るなや」
「……なんか帰り道想像つくわ……」
大耳が遠い目をしながらカバンを背負う。
帰り道が一緒じゃなくてよかった、みたいな顔しないでください、傷つくから。
まったくもう、失礼なやつらだな、俺たちの通常運転にケチをつけるだなんて。
「あはは、二人ってなんか似とるな」
「そうか?」
「似てる?」
赤木の言葉に顔を見合わせる。
「似とる……ゆうよりも、息が合うんとちゃうか」
「そうやな、いつのまにか仲ようなっとったし。プレイは似とる思うで」
大耳とアランが同意してウンウンと頷いていた。いつのまに仲良うって、そんなの……。
「当たり前だろ、俺にバレー教えたの信ちゃんだもん」
「それゆうたら、運動はじめさしたん礼やしな」
会話に混じっていたやつら以外の同級生、また上級生までもがしんとして、こっちを見ていた。
あ、うっかり信ちゃんって呼んじゃった。子供っぽいかな、というかっこつけで、外では呼び捨てしてたのに。
みんな、シンチャン……?と目を白黒させている。

「───礼がいうてた親戚か!」

今まで俺が親戚の話をしていたにもかかわらず、それが信介であることをボケ倒したことについて、アランからのツッコミが炸裂した。
アラン以外は俺がそもそも親戚の家に住んでいることも知らなかった。

校門までの道すがら、赤木と大耳も一緒に行きながら簡単に今までの経緯を話す。
元は関東の人間で、親が死んじゃって京都の家に引き取られたことには少し驚いたようだった。
「信介に初めて会ったのは親が死んですぐだったから、8歳だったかな。京都の家は小さい子供いなくて、大きいのばっかりでね。俺のおじいちゃんと、信介のおばあちゃんが兄妹で、俺たちははとこになるんだけど……同い年だったから、仲良くしてねって挨拶にいったわけ」
「そんとき礼、女の格好してきよったから勘違いしたんや」
「アー!それ言う!?」
「え、なんやそれ」
赤木が思わず笑いをこぼして口を押さえた。大耳はうっすら笑いながらへえ、と興味を示した。そして、アランはからかうようにニンマリ笑っている。
「小さい頃、性別わかりにくい顔してたんだよ……おばちゃんは女の子欲しかったゆうて着物きせて、おじいちゃんも可愛いがってくれたんで」
「へえ。まあ今もいけそうな顔やな」
大耳が俺の顔を見下ろして言った。……え!!!うそ!!!!!!
頬をべちっと挟んで少し弛ませる。お、おれ、男らしくなったつもりでいた……。
「うん、あんまゴツくないしな」
「背もまあ、女子にしては高い程度やな」
赤木とアランもまじまじと俺を観察し、元凶である信介はみんなの様子を見て笑っていた。



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稲荷崎の三年生すきです……。
信介と主人公は親戚だから血筋で性格が似てるんじゃなくて、一緒にいることが多く、相手の考えがわかるわけで、つまり夫婦だから似てるんです(力説)
ところでみんな兵庫出身で自宅から通ってるんでいいんですよね?寮暮らしとかいわないですよね??
自宅通学ってことにしますからね!
Dec 2019