Sakura-zensen


春の蕾 11

稲荷崎高校では毎年、お稲荷様コンテストが開催されるらしい。稲荷崎だけに。
応募者や推薦者から出場となる。
実質ミスコンなので歴代優勝者はみんな選りすぐりの美女である。
それは何年も続いてるイベントらしく、優勝者は文化祭で祀りあげられるんだとか何とか。

今年もそんな時期が来たと学校内では噂が持ちきりになっていて、稲荷崎グループの中学出身のアランは内情の知らない俺に教えてくれた。
「一昨年くらいのお稲荷さんはそらもう美人やったぞ」
「へえ〜、見たかった」
「文化祭は大盛況やった」
「去年の人かわいそくない?」
「知らんけどそうやな」
移動教室の最中、お稲荷様コンテストの出場者募集要項の張り紙を一瞥もせず横切った。
知らんけどっていうあたり、記憶にないし興味もなかったんだな……と思うと偲ばれる。
今年はどんな美人が選ばれるのかねえ、コンテスト見に行こうかねえ。なんて話していたのが数週間前のことだ。

俺はある日、イベント実行委員に神妙な顔をして呼び出され、とある会議室で相対していた。
「春野くん、……今年のお稲荷様になっていただけませんか」
ぺこりーと非常に低姿勢にお願いをされた。
委員長である上級生を筆頭にした4人の後頭部を見下ろし後ずさる。
「な、なんすか?急に」
「昨年のお稲荷様があんまりに悲惨でな、今年誰も集まらんかったんよ」
「悲惨……」
「一昨年のお稲荷様が歴代で最も美しいと言われるくらいの先輩でなあ、次の年は立候補者ゼロ……、仕方なく生徒会役員の女子にやってもろたけど、なんかかわいそうでな……どうしても比べてしまって」
「あ、はあ、聞き及んでます」
「せやろ?もう噂なっとるよな」
先輩たちは困った顔をした。
「そしたら今年もゼロ?」
「ううん」
「じゃあその人に頼めば───え、まってください、俺?」
神妙に頷かれた。
「バレー部員による組織票と思われます、不正です」
「お願いお願いお願い〜!」
ぴしっと手を上げて抗議するが、蜘蛛の糸に群がる罪人レベルの形相で足元から来られて怖かった。
「女の子がやるんでしょ!綺麗な人いっぱいおるでしょ!!一昨年のことならもう期待も薄れてるでしょ!!」
「せやから今年は男の子でパリッとやろう思て!あなたテレビ出てはったやないの!!」
「かっこよかったで!!」

「キャーーーイヤアーーーーー!」

群がられた俺は足元から崩れ落ちて床でのたうちまわった。
もうオンエアから半年経ってるじゃないか……!メディアってこわい。
昨年の夏、どうして俺はあんなにのほほんとしていたのだ。
絶対オンエアされない自信はまじでどこにあったのだ。ばかなのだ。

のたうちまわる俺のブレザーのポケットには、ちゃっかりお稲荷様の進行予定表が詰め込まれたし、お稲荷様決定報告書の名前の横に指紋をつけられた。ずるい、報告書を全てパソコンで打って出して同意の部分を署名じゃなくて印にするなんて。名前なら多分理性が勝利して逃げられたし、代筆は認められないから拒否できたのに。
「来週の土曜日部活あるやんな、早めに抜けてや、撮影あるから。監督と先生にはゆうとくし心配せんでええよ」
「よろしくねえ、ほんなら今日はおつかれさん」
のたうちまわっていた俺をひょいっと羽交い締めにしたバレー部の先輩と、俺の親指をぺったんした女の先輩が書面を手に会議室から見送りの笑顔を浮かべる。
同級生の気の弱そうな男が帰り際に、心配そうな顔して追いかけて来たので慰めを期待した。けど。
「これ、ティッシュ……親指拭いて」
ポケットティッシュをポケットから出して俺に一枚差し出した。あんまりな内容に、ア、ウンと受け取った俺は廊下で汚した親指のままティッシュ掴んで数秒佇んでしまっていた。


「おかえり、呼び出しなんやったん?」
「え」
信介のいる学食に遅れて行くと、もぐもぐごっくんの後に聞かれた。
俺は綺麗にしたはずの親指を握ってそれとなく隠すようなそぶりで、席に着く。
「ああ、たいしたことないよ。来週ちょっと頼まれごとして、手伝ってほしいってさ。だから少し早く部活抜ける」
アランから、俺が先輩に呼ばれて出てったことがみんなに伝わってたんだろう。
幸い俺を呼びに来たのはバレー部の先輩だったので誤魔化せる。
どうせいつかは知られるけど、先延ばしにしたかった。
「なんやそれ」
「今日A定食なに〜?」
信介の向かいに座っていた大耳が首をかしげたが、遮るようにして話題を変える。
日替わりのA定食は健康ヘルシー志向メニューで、育ち盛りの高校生には不人気なものだけど信介は大抵それをえらぶ。いつも焼き魚が多くて、俺も結構好きで頼むんだ。
B定食は肉系が多くて、C定食は麺類……というのが基本だけど、たまに変わることもある。
カレーうどんしたんか。ひとくちくれ」
「メンチカツかじっていいなら」
「お前いつも一口でかいやん……加減せえよ?」
信介の隣に空けてあった席に座りつつ、反対隣のアランが会話に混ざってくる。
アランはB定食か〜と思いつつ、交換するおかずの狙いをさだめ、女子高生のようにキャッキャすることで、すっかりお稲荷様の話は遠ざけた。


そしてきたる土曜日、先輩に言われて早めに部活を上がり、ジャージから着替えて集合場所の教室へ行った。
撮影というのは、文化祭のポスターとパンフレットに使う写真で、毎年近所の神社やら公園やらで撮ってるらしい。
過去のポスターも見せてもらったのでわかるが、代々うるわしの女子生徒が着ていたお稲荷様っぽい衣装を俺にも準備されていた。
それはまあいいとして、長髪のウィッグをつけられて化粧まで施されることになるとはおもわず、しかし撮影日当日の忙しい状態で文句もいえず、俺はなんだか女の子みたいな仕上がりになった。
「思てた通りや、これなら今年はいけるで!」
「せやな!」
演劇部のメイクが上手い先生と生徒の協力があったので腹を括るしかない。
会心の出来、という感じの皆さんをよそに、俺は鏡の前でこれが……わたし……と頬に手を当ててみたが、俺にしてみれば『化粧した自分』の域からは出ない。でもはたから見たら女に見えるんだろうなっていうのは自覚している。くそぅ。

さて撮影現場いくぞうってなったところ、俺たちは信介にばったり出くわした。

「え、あ、先帰ってなかったん?」
「スマホ部室のベンチに置いたまんまやったから、靴確認するとこやったんや」
「わ、ありがとう!!慌ててたから……」
こんなん見られるの信介でよかった。
いやゆくゆくはポスターになるし、当日はお披露目があるんだけどさ……。
「歩きにくそうやな、スマホもしまわれへんし……俺も一緒に行ってええですか」
スマホを受け取ろうにも、確かに信介のいう通りしまっておく場所はない。カバンも制服も置いてきてるので、先輩に預かっててもらおうかな、と思っていたけどまさかの提案だ。
「ええよ、全然」
「代わります」
信介は先輩に断ると、手を差し出した。多分俺が、今まで動きづらいんで先輩に手を借りてたからだ。たまたま昇降口出たとこの階段だったからであって、これはべつに浮気じゃないんだ。
「にしても、北くんようわかったね、春野くんやって。よお化けさせた、思うたのに〜」
「?はい、やったんで」
「でも髪こんなに長いし、化粧もしとるし、格好もちゃうやんか。俺でも仕上がった時誰や思たで」
は前、髪長いことあったんで。着物もよう着てたしな」
「……ウン」
信ちゃんそれ内緒内緒!
え、長い時あったん!?ってみんなが驚いてるし興味津々になっちゃうじゃないの。
「ちっさいころか〜、付き合い長いもんな、おまえら」
「はい」
先輩たちは深く想像はしないでくれたみたいで、俺はこっそり安堵の息を吐く。
撮影地の竹林にある鳥居の前に着くまで信介には手を繋がれたまま歩いた。

かつてないほど真面目な顔をさせられ、撮影した写真は後日文化祭ポスターとなった。
このポスターへの起用をもって今年のお稲荷様の発表となるので、朝から張り出された文化祭ポスターに人だかりができている。
「この子誰や?」
「しらん、二年にはおらへんな、一年とちゃうか?」
「後で後輩に聞いてみよ」
俺が女装姿で名前を出すのを渋ったことと、実行委員たちがあまりにも別人だからということで、発表時は学年クラス名前は非公開となった。やったあ。
「今年のお稲荷さん、発表なったみたいやな」
「フーン」
朝練帰りにわいわい部員たちと歩いて、遠目に人だかりを眺める。
大耳は少し背中をそらして、人の頭の間からポスターを見ているみたいだった。
「一昨年とはまた違った感じでえらい綺麗やったわ」
「今年は大盛況間違いないな」
「そうか??」
アランと赤木は面白がって人混みに突っ込んでいき、眺めた後また俺たちのところへ戻って来て話し合う。
俺はその言葉にそんなことないだろうという態度で返すが、一昨年の人も今年のポスターもまともに見てないだろうがと言われてしまった。

結局お稲荷様の正体は不明のまま文化祭当日となった。
誰だかわからないから余計に気になるんだろう、お稲荷様お披露目イベント、稲荷道中への集客率はとんでもないことになっているらしい。
さすがにまじまじ生で見られたらバレるんじゃないかと思ったが、移動中にすれ違った赤木は俺を全く知らん人だと思って眺めていた。
それならそれで、うっかり笑いかけないように努めて、別人で通そうと思った。……のだけど、ドジをして扇子を落とした俺は、反射的にそれをレシーブして弾いた赤木にうっかりナイスレシーブと宣ってしまったのである。
「え、な、……!」
声を聞かれるくらいならともかく、名前を呼ばれるわけにはいかなくて、思わず赤木の開きかけた唇に手を触れて遮る。呼ぶなよと圧をかけてから、内緒話のポーズをとる。
一応周りに聞こえないようにしようと思って。
「おおきに」
自虐的に可愛く笑って、平気なふりをした。本当は恥ずかしいし今すぐ言い訳をしたいんだけど。
とにかく俺は稲荷道中に参加しなくてはいけなくて、御遣いキツネに扮した実行委員たちに伴われてその場を離れた。

「ええか、あんまふやけた顔するんやないで」
「ふやけた顔……」
「知り合いを見つけると尻尾ふってまうやん、お前」
「尻尾ふる……」
「凛々しくも美しくやで!」
「凛々しくも美しく……」
先生と先輩に口を酸っぱくして注意されて、屋台に乗って正座する。
聞きづてならないワードがいくつかあったが、否定するのも抗議するのも叶わなかった。
髪の毛を簾がわりに、視界を狭めてあまり周囲を見なければいいのだろうとつとめ、それでもうっかり俺は知った顔を見つけてちょっぴり笑いかけてしまったのだった。
まあ、注意をした実行委員たちは忙しくて俺の顔なんて見てなかったようで、怒られることはなかったのだけど。



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女装のチャンスは探すものではなく、作るものだという座右の銘(?)が私にはあってな。
Dec 2019

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