春の蕾 13
稲荷道中は屋外ステージ前の広場で終了となり、本来ならばお稲荷様となった生徒の紹介が行われる。今年は俺が固辞したこともあり、紹介は行わずにフンワリと終わらせて、にっこり笑って終了することになっていた。
屋台は撤収され、あとはのろのろと教室に戻って着替えるだけなのだが、帰り道が一向に進まない。
お稲荷様の写真を撮ると幸運になるんだとか、触るとご利益があるんだとか、そういった感じで俺に人が寄ってくるのだ。声を出したら俺だとバレる可能性を考えて喋れないし、記念撮影には応じなくてよろしいと言われていたのでやんわり断りながら、何人か残った実行委員のキツネがガードしてくれている。
こんな囲み取材なんて聞いてないよう……。
「うわ、え、どないしよ」
「すげー混雑や……」
実行委員も途方にくれた声を出す。
俺は声を潜めて先に人混みを抜けると告げた。まさかこんな混雑の中、原因が一人で消えられるわけがないと思ったようで、実行委員がエッ!?と振り向いたが、俺はニンジャの素質があるので目立つ格好をしていようと人の不意をついて、隙間を縫って、素早く距離を取れるのだ。
校舎内に入っても人の目は少なからずある。お稲荷様やーと言われつつ遠巻きにされるのが関の山で、さすがにお触りしてくるような人もいないが、声をかけられないとも限らないので、足早に廊下を進む。
はやく制服着替えてメイク落としたい……!
「あ、」
目の前に現れた人が俺を見て声をあげた。
思わず声を出さなかった俺はえらい。いや別にちょっとくらいいいんだけど。
「……ここにおったんか」
「上から人混みに囲まれとるの見えたけど……」
「アラン……、大耳!」
二人は俺を見て、知り合いのように声をかけてくる。はわ〜っと声をこぼすと、二人は知ってたであろうに目をそらした。
「ほんまにの声しよる」
「そんな別人か俺は」
「違和感……はあらへんけど……信介に言われた時は半信半疑やったな」
「その信介は?」
「昼飯調達せなあかんゆうて、後から合流するらしいで」
「その間、俺たちがんとこ行っとけゆうてな」
「こわかったの〜〜、あんがと」
人混みを思い出して泣き言を宣いつつ、助けに来てくれたお礼をいう。
「なんちゅー顔しよんねん」
「はよそこらの教室入れや」
俺のアホ面をみた二人はぞんざいな手つきで教室に押し込んだ。
空き教室で待機していると、お昼ご飯を買った信介と、俺の着替えを持った赤木がほぼ同時にやってきた。
「ごはん!はらへった!!!」
「先に着替えんのか」
「いっこだけ、いっこだけ」
赤木の苦笑いを受けながらも、信介の持ってるおにぎりの入ったパックを両手で持って掲げる。
ただでさえ朝ごはん少なめだったし、ずーっと我慢してたんだもんね。
ウェットティッシュで手を拭いてから、おにぎりを一掴みする。口紅してるので、ああんっとでかい口を開けてかじりついた。
「あ、やっぱつくなあ。しゃーない」
白い米粒に若干紅いのがついてしまって、なんとなく歯でかじり取る。
「着物汚さんようにな」
信介はティッシュをぴろぴろと広げて俺に渡してくれたんで衿の合わせ目にぐにぐに突っ込む。
その間、みんなもそれぞれ買って来たものを食ったり、スマホをいじくったり、俺の写真を撮ったりする。
「ははっ、めっちゃくうてる」
赤木がスマホ画面に写る、俺のほっぺ膨らました顔を見て笑った。
覗き込んでみると、口とんがらせてる顔があまりにもアホ……。ちょこっと指先で唇を隠した。
「撮るなよぉ」
「ギャップすごいな」
「何十回も言われとるわい……」
お澄ましサクラちゃんと俺では、結構別人に見えるようでお稲荷様コンテストの実行委員の連中や先生たち、かつて俺のちっさい頃を見ていた新一くんや平ちゃんたちも言ってたっけな。
「お稲荷様の写真撮っとくと幸運なるらしいで、これはご利益なさそやけど」
「そやな、一応撮っとくか」
アランと大耳が無遠慮にスマホを向けてカシャカシャ撮って来た。やめろって言ったでしょうが。
俺のお稲荷様タイムはもう終わってるからな。今は単にくんがおにぎり頬張ってるだけだからな。
「ていうかそれ見せびらかさんでよ、俺だってバレるからさ」
「なんや?秘密なんか?」
一般的には知られてないが、俺の正体を知ってる人は今日まででかなりできているので、完全に口止めはできないんだろうけど。
「好んで言いふらしたくはないなあ、この歳になって女装なんて」
驚いたような大耳に苦笑した。
「文化祭なんやし、けったいな格好しとるやついっぱいおるけどな」
「しかもこれ、あんまり女装って感じせえへんもんな」
「普通にが髪伸ばして和服着とるだけやな」
「いやさすがにそう思えんのはお前だけや」
アランと赤木に続いて信介がははっと笑ったけど、さすがに一目で俺とわかったのは信介だけらしい。それにしてもアランは相変わらずのツッコミ気質だ。
「いやでも、赤木だってさっきすぐわかったろ?」
「あれはが声出したし、ナイスレシーブゆうたからな」
「えー、近くで顔見たからだと思ってた」
「いや、どっちやろな。両方かな……」
「どーお、俺の顔」
ずずいと近づいて見ると赤木は少し目を泳がせつつも俺の顔を見た。
「もうにしか見えん」
みんなすっかり俺のこの格好にも見慣れたらしい。
おにぎりを一つ平らげた俺は、二つ目に差し掛かる前に信介に止められて着物を脱ぐことにした。
さすがにこれ以上食べるのなら着物じゃ苦しいだろうから、食べ足りない気持ちを押さえて従う。
外したカツラを柔らかく丸めてしまって、着物は解いて剥いて解いて剥いての繰り返しだ。
紐は適当にまとめて、着物は軽く畳んで、カバンに入ってた風呂敷に一式を包む。後日演劇部の先生が手入れしといてくれる約束だ。
「信介、メイク落とし、一枚とって」
「鏡もみんと落とせるんか」
顔だけはまだ綺麗なまんまだったので、先輩に借りた拭くだけで済むメイク落としを信介にとってもらう。
カバンを漁ってた信介は裏面の使い方を見てから、テープを剥がして一枚抜いた。
空気を抜いてから蓋をして、手を差し出す俺の方へ歩いてくる。
「すわっとき、拭いたるから」
「え?」
椅子を指さされて大人しく座ると、信介の手が俺のひたいをなぞり、かきあげた前髪を頭頂部で抑える。
「うっ、ひー……」
冷たい濡れたシートがぺたっとくっ付いたので、思わず声をあげた。
「痛かったら言えや」
「うう……」
ぐにぐにと顔を拭かれて、痛いという暇はない。痛くはないけどさ。
目を瞑っている俺の顔を信介がまじまじと見ているのを感じつつ、まだかなあ、まだかなあと終わりを待った。
「最後口抑えんで」
「ん」
その言葉に目を開けて、すっと息を吸っとく。鼻まで抑えるような真似はしないだろうけど、なんとなくだ。この唇の紅いのが厄介なんだよなあ。
さすがにそこは自分で押さえておけると思い至り、信介の手をどかした。
水分が口の中に入らない程度の力加減で押し付けていると、廊下で何やら声がして、おずおずと教室のドアが開けられた。そっくりな顔が二つ、見たことのあるそれは宮ツインズだ。
さっき稲荷道中の時にも見かけたし、来てるのは知っていた。
「確かこの辺の……お、アランくんや」
「失礼しゃーす」
赤木と大耳は俺のかわりに着物を届けに行ってくれてて、今は俺と信介と、さっきからずっと飯食ってるアランしかいない。
双子は顔見知りであるアランがまず目について、目を瞬く。それから俺と信介に気づいて会釈した。 「なんや……お前らうちの文化祭きとったんか」
「まあ来年から通うんで」
「探索がてら……」
「この教室は出しモン何にもやってへんで」
信介は初対面とは思えないけろっとした顔で会話に入る。
俺は未だに口をおさえたまんまだ。だって離してまだ紅かったら恥ずかしいし。
「そうなんですか」
「ここらの教室に、お稲荷様いてはらんかったですか」
「……」
俺は動揺を隠し、信介は俺をちらりと見下ろす。頼むから言わないでな……。
「なんやお前ら、空き教室見回ってんのか?」
「下から、ここらへんの教室におるの見えたんで」
うわー、見えたとしたらさっき窓際でおにぎり食ってたときだ。
もう少しくるのが早かったら、俺のご飯中かお着替え中だったってことだな。危ない危ない。
「なあ、くちとれたかな」
「まあまあ」
信介にだけ見えるように濡れティッシュをぱかっと開く。
双子はお稲荷様の行方とアランに夢中なので、俺のことを気にしてないみたい。
「お前らあれに惚れた口か?やめとけやめとけ」
「なっ」
「そんなんっ……!!」
びゃっと固まった二人にドキーッと俺も固まる。
そして信介の視線が俺に突き刺さる。え、誤解です誤解です。
「ちゃいますぅ!昔の知り合いに似とっただけやし!!」
「ポスター見てデート切り上げてまで走って来たんはこいつだけやでアランくん!!」
「ああ!?何言うとんねんお前!サムのがぽーっとしとったやろ!!俺はいまの今まで忘れてましたあ!」
「お前らうるさいっちゅうねん!」
俺と信介は双子の喧嘩とアランのツッコミ大会を遠目に、話に入っていくことをやめおにぎりを食べることに専念した。
next.
主人公はナチュラルに甘やかされている。
「こわかったの〜〜」のところは主人公が可愛い顔を作ったので、二人はときめきそうになりつつ(こいつ男や……)と打ちのめされていた。
Dec 2019