春の蕾 14
二年生に進級すると、仮入部期間の新入生の世話役は俺と信介に任された。レギュラーはレギュラーの練習に専念させたいし、平部員はもっと練習させたいし、その中でも練習は練習でしっかりやるが他人の面倒を厭わない真面目な上級生ってことで俺たちが抜擢された。
中学バレーボール界で有名な宮兄弟の他にも、何人かうまいのがいたし、運動部は基本先輩の言うことには従順だったので走らせ甲斐はあった。いやになっちゃうやつもいたが、仮入部期間にそうなるならサヨウナラが定石である。
特に俺と信介みたいに目立った強さのない上級生をなめてると、ある意味では強い部分に気圧されて辞めていく。バレー歴に関して信介は四年、俺は一年ではあるが、バレーボールが自分よりうまいだけの下級生に物怖じするハートは持ち合わせていないのだ。
技術が上だろうと、センスがあろうと、自分たちの数倍努力したやつであろうと、ダメなところはダメというし、走らせる時は走らせる。
そもそも、俺たちより出来る奴らは辞めていかなかった。
ある意味標準以上の選手ばかりを残せたと思うので、俺は内心ほくほくである。
「今日で仮入部期間終わりか」
「んー」
帰り仕度を整えながら、アランが何気なくつぶやく言葉に、俺はぼんやり返事をする。
今日まで残っていた部員は自動的に明日から正式な部員となり、俺たちの後輩でチームメイトだ。
信介のキビしい目にも、俺のキビしい練習メニューにもついて来た可愛い子たちでもある。
「明日っから楽しみだな」
「うん」
「なにがやねん」
呑気な奴やな、とアランに半目で見られる。
信介は同意してくれたというのに。
「だって今年の一年、ポテンシャル高いよー、見てて楽しかった」
「そうやな、甘いとこもムラっ気もあるけど、能力としてはええと思うで」
「はーまあそうやな、でもお前らももっとガツガツせえよ、人の面倒ばっかみとらんで」
「ええ一年がおるゆうことは、ユニフォームもらう確率が下がるゆうことやで」
アランと大耳の言葉が耳に痛い。
「あっはっは、そうやんなー、俺は今年が最後のチャンスだろうし、がんばらないと」
「え?」
「なんて?」
「は?」
信介以外はぴしりと固まった。
「は来年、医学部受験のために部活は早めに退部する予定なっとんねん」
当然事情を知っていた信介がけろっとした顔で補足をしてくれる。
そういえばみんなに言ってなかったか。
「えー……めっちゃ頭ええゆうことですか、春野さんて」
「見えへん」
「おい、失礼やぞ!」
今までポカーンとしていた宮兄弟が驚いた顔で口を開き、銀島が叱咤する。
本当失礼だな。
「少なくとも双子よりは賢そうだから」
角名のそれは喜んでいいのかわからない。
「はあ〜、お前ときたら!いっつもそうや!なんっにも言わへん」
「えええ……」
「最後なんやったらちゃんと言えや、ほんでもっと頑張れや!」
「そうやで、いつか一緒にユニフォーム着て試合できる思うてんねん、こっちは」
「あ、え、それはどうも……」
アランは叫び疲れてぜえはあしていて、続きは大耳が口を開く。
ぺこりぺこりと頭を下げて、後頭部をかいた。なんだか照れくさいじゃないか。
いや、俺だって内緒にしとこうとか考えてたんじゃなくてさ、今年もレギュラーに選ばれなかったらそれっぽい顔して今年で最後なんや……って告げたりするつもりだったんだ。
「思った以上に期待されてたんだなー」
「そらそうや、はいつでも頼りんなるしな」
帰り道、アランと別れた後の信介と二人きりの時間におもむろに呟いた。
面映ゆいやら、寂しいやらで、静かに信介の制服の端っこをいじくる。
「もっと周りから大事にされとる自覚持った方がええで」
もじもじと動かしていた指先を掴まれて笑われた。
「むずかしいな、そういうの」
「なんでや、文麿兄さんにも、じいちゃんにも、おじさんおばさんにも俺たちにも愛されとるの、わかってへんわけないやろ」
「……うん」
親戚のみんなが俺を大事にしてくれてることはすごくわかる。
たとえば、文麿君が俺を目に入れても痛くないほど可愛がってる態度とか、おじいちゃんたちが医大に行くにあたって国立だけではなく私立でもなんでも行ったらよろしいと応援してくれるとことか、北家の人たちが信介と同様我が子同然に接してくれるとことか、……そういう言葉にできるものだけではなくて。
出会ってから今までの1日を何十回何百回過ごして、記憶が積み重なって、信頼と愛を俺に感じさせていた。
理由や証のないものでも、自信になるのかもしれない。
「せやからはいつでも朝寝坊したらええし、好きに暴れたらええし、そんでまた俺たちを助けてくれたらええねん」
「寝坊とか暴れるとか、なんだよー」
「好きやろ、どっちも」
「ウ……」
俺は否定できずに言葉に詰まる。
実のところ、寝坊というか、二度寝が好きだったりもする。
基本的に朝に鍛錬したいし、今は朝練があるので早起きする。おばあちゃんも信介も朝が早い方なので、生活リズムは早寝早起きだ。苦に思ってるわけでもないし、早起きした方が気持ち良いのを知っているのだけど。
「たまに……幸せなんだもんなあ」
「ええやんそれで、の毎日は───俺やばあちゃんとは違くても、同じでも」
信介の毎日を見ているのも、手伝うのも楽しくて、だからこそたまに気が緩んで自分の癖が出たりして。
それを今度は信介がゆるしてくれると、嬉しいのだ。
予言どおり───といったら変だけど、翌日俺は寝坊した。
「あかん、何しても起きひん」
信介はそう言い残して先に学校へ行ったとおばあちゃんから聞いた。
ふえーーーんと泣き真似をしながらダッシュで学校に行くと、部員たちはランニングに出てるようだった。
「え、春野が……え、寝坊?体調不良ちゃうのか?」
コーチが座っている足元に自主的に正座して、すみません寝坊しましたと謝ると、目を白黒させた。
「信……北から聞いてないんですか?」
「いや北も寝坊やと思うゆうてたけど、北が起こせないで置いてきたゆうことはよっぽどお前の体調が悪いんやと思うてたけどなあ……」
「なんですそのあつい信頼……恥ずかしながら純粋な寝坊です」
本当に起きなかったらおばあちゃんに学校に連絡するように言ってたみたいで、信介自体も半信半疑だったようだ。
一年に一度……ってほど周期しらんけど、すんごい気が抜けちゃったりすると寝坊するのだ。ニンジャだったら基本気は抜かないが、現代人やってると抜けちゃうもんだなあ。
昨日は特に、信介に精神的にとても甘やかされたので緩んでたのかもしれない。恥ずかしいので言わないが。
「うお、春野、お前なに正座なんかしとんねんビビったわ」
「黒須監督、おはようございます」
「おはようさん、どないした」
コーチは笑って監督に挨拶をして、俺も正座のままぺこりと頭を下げる。
「それが……春野が珍しく寝坊しよったみたいで」
「自主的に正座しております……」
「な、なにっ!?どうりで頭ボサボサや」
監督がぎょえっと驚き身を引くと、コーチがそういえばと俺を見直し、ボサボサになった頭を撫で擦る。寝癖もあるし走ってきたせいもあるんだけどさ。
「うわ、え、……なんで!?」
程なくして、背後から人の気配と声がした。この声は銀島があまりの光景にびっくりしてるとこだ。
「え、なんか春野さん正座してはる」
「しかもめっちゃ撫でられとるやん」
宮兄弟が続き、引きつった声を出す。
俺は現在監督とコーチという大の大人二人の足元に正座して、頭を撫でくり回されていた。
「犬……」
そして角名の感想が胸に刺さった。
next.
一年生に見られてハウゥ……><ってなるのが遅刻した時のペナルティ(嘘)
Dec 2019