春の蕾 15
（第三者視点）仮入部の期間中、一年生につけられたのは二人の先輩だった。
主にアップや筋トレなどのメニューを言い渡し、行程管理と雑務を教える、いわば教育係である。
北信介、春野の両名は体格は普通で、パワーがあるようにも、テクニックがあるようにも見えない。
とはいえ上級生らしい落ち着きと統率力があり、教育係に抜擢されるのも頷けるほど、熱心に部活に取り組む真面目さが見えた。
難があったといえば信介の忖度のない正論と、笑顔でメニューをこなして下級生を引っ張るの恐ろしい体力。
───なんだろう、この圧。
一年は精神的にも肉体的にも圧倒された。
おかげで、日を追うごとに仮入部の人数は消えていき、一年の人数はあっという間に半分になっていた。
「おまえら扱きすぎとちゃうか……」
二年のエースともいえる尾白アランは、教育係の二人にものを言える数少ない部員だった。
一年はアランの指摘を聞いて頷きそうになるが、耐えて息をひそめた。
「そかな」
信介と二人、顔を見合わせるにアランは畳み掛ける。
「お前剣道部ン時も扱いたんやろ、部員半分に減ったりしたんか？」
「剣道部んときより優しくしたけどなあ、それに部員はそんなに減らんかったよ」
一年生はこの時初めて出て来た剣道というワードに首を傾げている。
「そもそも俺が入部した時だって人数減ったろ？」
「いやでも今年は減りようがすごいらしい……」
赤木が苦笑まじりに話に加わる。
話を聞いている一年としては、この話を掘り下げて欲しいようでいで欲しくない。
なぜなら、今後の指導がどう転ぶのかわからないからだ。
「剣道部ってなんですか？」
「そういや春野さんてどこ中だったんですか？」
話に入っていった双子に、この時だけは一年全員で心から感謝した。
「なにいうとんねん。お前らはこいつに会うたことあるやろ」
「え？……あ！もしかして師範？」
「師範やないですか！」
「今更か！！！あんだけ絡もうとしよったくせに」
アランの口ぶりから、双子はかつてと会っているらしい。
自身はそれも覚えていつつ、一切口にすることなく宮兄弟を指導していたようで、笑っていた。
「だってあん時はずっとキャップかぶっとったし」
「上からじゃ顔なんて見えへんですよ」
「アハハなんかムカつくな」
「スァッセン！」
は双子の言い分に笑顔のままだが、双子は逆に姿勢を正した。
「ほんま今更やな。文化祭の日やって会うとるやないか……」
「ああ、お稲荷さん探して走り回ってたな、お前ら」
「……！……！！」
アランの言葉に思い当たった信介が指摘すると、双子はさらに硬直してしまう。
「へえ、お稲荷さん探しとったんか」
「お稲荷さんなあ、去年のはえらい人気やったな」
赤木と大耳は何かを面白がるようなそぶりで笑っている。
途端に宮兄弟は口を噤み、その話題をやめてほしそうな顔をした。
一年は宮兄弟の扱いに手を焼いていたので、厄介者を弄ってくれる上級生にほっとしたのだ。
ロッカールームでは去年のお稲荷様の話で持ちきりだった。
毎年在学中の生徒から麗しい女子を投票で選んでお稲荷様とする伝統だが、昨年は謎の人物がなんの前触れもなく現れたのだという。
なぜなら三年前の生徒があまりに美しく、二年前の盛り上がりは著しく欠け、一年前は誰も立候補も推薦もなかったからだ。
「いや実際推薦はあって、でも本人たちはやりたがらんかったらしいで」
「え、そうなんですか」
三年生は色々と事情を知っていることが多く、それを聞いて二年生のは驚いていた。
「今年はどうなるんやろ」
「一応は募るんちゃうかな」
「せやったら去年の人リクエストされそうやんな」
「やだ〜毎年違う人がなるからいいんじゃないですか〜……ってかコンテストどうしたんだって話ですよね」
「それもそうやな〜」
は同輩や上級生とアハハと笑いあっているが、お稲荷様になにやら思入れのあるらしい宮兄弟はその話を聞いて何かを考えているようだった。
その後部活はいつも通り始まり、と信介を前後に挟んで一年生はランニングをしていた。
「そういえば、双子はなんでお稲荷さんに会いたいの？」
「エッ、なんです急に……」
「覚えとったんですか」
の方からランニング中に私語が始まるのは珍しいが、基本的にその辺はゆるい。信介は最後尾で見張っているが、は先頭なので彼と話していても目が気になることはなかった。
「たしか、昔あった人に似てるとか……」
「なにそれ初恋？」
隣を走っていた角名はしどろもどろになる双子を一瞥する。
「ちゃう！……くは、ないけど」
「サムはあれが初恋なんか〜」
反射的に否定するのは子供らしい癖ともいえたが、治はまごつきながら肯定した。
しかし侑はさりげなく自分の話題をそらそうとする。
「でもツムのほうがムキになって絡んどったやろ」
「アァ！？破けた便箋欲しい言い出したんは治クンの方やないですかぁー！？」
途端に口喧嘩と罵り合いが始まり、は笑いつつもどこか硬い表情で言葉を探した。
「それはーえーと。そっか〜、お大事に」
「お大事にって」
ぎこちない言葉選びに角名は思わず笑ってしまう。
おそらくも、双子の弱味は知りたくとも、淡い恋なんて知りたくはないのだろう。心の中で激しく同意した。
「でもまあ、あんまし顔も覚えとらんしな……髪長くって着物やったな」
「……会うたんは京都で、同い年くらいな」
侑と治は久しぶりに、記憶をすり合わせるように桜の花を思い浮かべた。
───あれは春の、ちょうど、今くらいの季節だった。
「そんな一瞬のこと、あっちは覚えてないんじゃない」
角名は出会いの話を一通り聞いて呟く。
そんな淡くロマンチックな状況が、と面白くは思うが、現実的に考えて両方が覚えていることは稀だ。
治や侑はそろって心を奪われたが、あちらからすれば単に会ってたまたま話しただけのこと。
「覚えてたとしても、お前らが勝手に喧嘩しとったんと、意地悪言われた印象しかないな」
「エッ……！」
「たしかに、単なるクソガキ」
「ウッ……ぐ、」
の感想に、角名も頷く。双子はショックを受けながら二人を見比べた。
おそらくまともな対応を取れたとは自分でも思っていないのだろう、しおしおと肩をすくめた。
「ごめんごめん、二人んなかでは綺麗な思い出なんだな」
「お大事に」
慰めてくれるようなとは違い、角名は先ほどのの言葉を繰り返して使用した。
たしかに彼の言う通り、綺麗な思い出は双子だけにしかなく、相手はきっと何一つ抱いていないのだろう。そしてそんな思い出を大事に持って来てしまった自分が情けない。
忘れかけていたというのに、似た人を見ただけで奮い起つような大切な思い出になってしまっていた。
そして、目があって微笑まれただけで思いを積み重ねてしまった。
それだけで満足できなくなってしまい、今や綺麗な思い出をかなぐり捨てて、神様に会いたいと思っている。
双子がかつて見た春の風が、今まさに吹いてるところだった。
前を走っていたの髪の毛を揺らして、どこからか飛んでくる桜の花びらがそこに潜りこもうとした。
咄嗟に二人は手を伸ばす。
互いによく競っているせいか、はたまた譲れない思いがありあまったのか。
の後頭部に手をぶつけた。
「っえ、……んだよもー」
乱暴に叩いたわけではないが、急に髪を巻き込み頭に触れられれば驚くだろう。
驚いで振り向いた顔を見て二人はばつが悪そうに両手を隠した。
「桜……」
「取ろうと思て」
結局何もつかめず、花びらは風に飛ばされていった。
「そんなら、今日はずっと花集めといたらよろしいな」
はちょうど、校門の前にたどり着いて足を止めた。
軽く汗が滲み、息を弾ませているが疲れのない様子で、遠くを指差す。それは一日中走っていろという意味で、双子は慌てて謝り倒していた。
next.
宮ツインズもちろん好きなんですけど、角名りんも好き……。
Dec 2019