春の蕾 16
二年生の春、レギュラージャージをもらいました。
「えっ、わ〜い」
名前を呼ばれた時小声で喜び、しゅっと立ち上がりだーっ!と監督の方へいく。
一年の仮入部期間が終わり、正式に入部となってしばらくしてからのことだった。
俺は部活を学年いっぱいと決めていて監督とコーチにも随分前から話をしていたのだが、もちろん最後だから思い出にってレギュラーにしてくれるほど甘いトコじゃない。
「春野はフォローがうまいし、チーム全体見る目に長けとるしな。本番でもええ緩和剤なってくれること期待しとるで……あとレギュラーをガッシガシ扱いたってくれ」
「あ、はい!おおきにさんです〜」
監督にぐっと親指を立てられてにかっと笑う。同時にすでにユニフォームをもらった奴らはさっと俺から目をそらした。
「よかったなあ、」
「うん、うれしー」
帰り道、レギュラージャージを掲げていると信介が隣で微笑んだ。
「信介は残念だったなあ、どうせなら一緒に試合出たかったわ」
「そうやな、残念や」
「残念の感情の気配がこれっぽっちもせえへんな」
「そうか?せやけどががんばっとるのは知っとったし、こうなると思うとったで」
「俺はまさかレギュラーになれるとは思ってなかったけどなあ」
一緒に歩いているアランは、首をかしげる。
「鍛えることは怠らないけど、チームとして、選手としてふさわしいかわからなかったし。でも入ってみて、一緒に練習してさ、頑張ってるお前らみてて楽しかったよ。力になれるんならなろうと思ってたから……コートにまで呼んでくれてありがとうな」
「……や、やめろや、もう試合終わった感じ出すの……!」
「アランって結構なみだもろ……」
「泣いてへんで!!」
顔を覗き込んだが見せてくれなかった。
「ほんとは信介にインターハイつれてってもらう約束だったけど、俺がんばるな」
「うん、頼むわ」
「いや南ちゃんかい」
アランは元ネタをわかっていて胡乱な目を向けて来た。単なる口約束だよ。
まさか俺はレギュラーになる未来を想像してなかったし、信介を一番近くで応援したいって気持ちがあったので、ちょっと複雑な気持ちなのだ。
当の信介は応援してくれるので、これはちゃんと応えないといけないなと思う。
「頼りにしてくれたからには、ちゃんと頼りになるな」
「……まあ、頼むわ」
同じくレギュラーになったアランは少し照れ臭そうに笑った。
「そういえば春野さんって最高到達点いくつなんすか。スパイクの方」
「320だったかな」
ある日の練習中、侑に言われて首をかしげる。
うろ覚えに答えると、俺の数字に納得がいかないのか、侑は考え込むようだった。
「前、外壁飛び超えてましたよね、あすこもっと高さあったよなあ」
侑は一緒になって座ってた治にも確認するように目をやって、治もそうそうと頷いている。
あの時は急いでたので、チャクラをぐっと足に溜めて飛んだ。
スポーツはそういうエネルギーを応用すると、莫大な力になってしまうのでちゃんと自分の筋力のみを使うのだ。そうじゃないとレシーバーの腕の骨が粉砕されかねないし、それ以前にバレーボールが破裂するかもしれん。
「途中で壁蹴って跳んだだろ俺」
「そうやったかな」
「じゃなきゃ跳びこえられないって。ニンジャかよー」
なんとか誤魔化しつつ、記憶の改竄に取り掛かる。もう何年も前のことだし、通じるだろう。
「とはいえ、170そこそこで320はメータージャンパーですよね」
「えっ、春野さんってそんな跳べるんすか?」
「意外」
練習の順番が終わって、タオルを取りに来たりドリンクを飲むためだったりで、俺たちのところにたまたまやってきた銀島と角名が驚いたようだった。
「普段フォロー役やから、あんまし跳ばへんよな。俺はよくトス上げるけど」
「ツムのわがままなトスをフォローして跳んでくれとるだけやろ」
「結局フォローじゃん」
角名がぷっと笑う。
「春野さんはブロックもレシーブも頼りんなるから、そっち見てまうんですよね」
「銀、いいこ」
わしわし、と短髪頭を撫でると硬直される。
一年生の視線がなんとなく冷めてて、俺はキモいんだろうかと心配になって手を離す。
「俺はスパイクするためにとぶよか、地に足ついて、ギリギリまでボール落ちんように見ときたいんだよね」
犯罪ちゃいます、と両手を上げてから後頭部で組んだ。
「そのがお前ら楽しくできるだろ」
な、と重ねて立ち上がると、1年たちはぽかんとした顔で俺を見上げていた。
公式試合で最初から入れられることはないけれど、出場が徐々に増えて来た。サーブは得意だったのでピンチサーバーだったり、体力温存のための交代だったり。
大抵厳しい場面で、流れを安定させたり、周囲のフォローに回ったりすることが多い。
一年はたいていそうだが特に双子は調子の良い時悪い時と差が大きい。それがなくてもチームのプレイが噛み合わないことなんていっぱいある。攻撃力高すぎるっていうのも考えものね。
監督にこいこいと手招きされて、隣に座って試合を見る。
なんか今日はアランも調子よくないなあ。攻撃が決まらない。
それで焦ってる雰囲気がチーム全体にあるし、みんなが闇雲に攻撃し続けている印象だ。
「おし、そろそろ春野いれたるか」
しばらく無言で見ていたが、監督が膝を叩く。
「ピンチじゃないですかあ」
「試合にピンチはつきもんやろが」
監督がニマニマと笑う。あ、あせってるくせに!!!
今日はピンチサーバーかあ……とフダを手ににぎにぎする。
このゲームを取られたら稲荷崎ここで敗退なんですけど、って思った矢先に先輩が注意力散漫でボールを落とした。
「あっ、今の落ち着いてたらレシーブ取れたやん……」
「アカンなあ、春野準備しときや」
「あい」
ジャージを脱いで立ち上がる。
ポイントとられて、5点差になってしまった。サーブ権は向こう、ここで1点取られたら試合は終了だ。
俺が立ったのを、コートのみんながハッとして見た。
「春野待たしといて、ここ獲れんかったら全く無意味になってまうで」
監督の笑みを含んだ声が背後からする。なんなん、そのプレッシャーのかけかた。
俺が立ったことで、みんなに圧がいくのか……糧にしてくれ。
このままサーブで点獲られておしまいになったら、ほんと立ち損だから。
とはいえ、俺を頼りにしてくれるはずのチームメイトが、ここで点を落とすなんてことはしない。
アランが拾って、侑がトスして、キャプテンが点を獲った。
サーブ権はこちらにきて、俺が札を上げる。
稲荷崎の応援団、吹奏楽部が登場に合わせて派手に音を鳴らした。
すごい格好良さげな登場である。ありがとうございます。
見上げれば応援席には信介がいて、他の部員たちがいて、俺の名前を呼ぶ。
入れ替わる選手は俺の手をぎゅっと掴んで希望を託していった。
「頼むで、かーちゃん」
「え、ハイ」
カーチャン???
よくわからないまま位置につく。
言い間違い……だよな?
コートにいるみんなは安堵した顔で俺を見て、背を向ける。応援団の演奏がぴたりと止まり、サーブ開始の笛がなったので疑問を残しつつも、気を引き締めて渾身のサーブを打った。
「ウオオオオ〜〜!!!」
「!!!」
「ようやった!!お前はほんま頼りんなる!」
「はい〜〜どうもです〜〜」
サーブで無事、しっかり点数稼いで、流れを立て直して連続得点。ゲームもとってきた俺はベンチに戻りながらチームメイトと監督にわっしゃわっしゃと頭をかき混ぜられる。
「お前ら、こんっだけお母さんに甘やかしてもろて、終るわけには行かへんからな!」
「次のセットとるで!」
「はい!!!!」
お母さんっていった??聞き間違いじゃなくて?
チームメイトたちはなんか更に士気を上げてコートへ行き、俺は見送りベンチに戻った。
───お母さん……?
誰も俺のぽかん顔には気付かず、結局俺自身も試合の応援で忙しかったので謎は謎のまま終わった。
next.
レギュラーに選ばれた時の反応が軽くイッヌ。
そういえばはいきゅキャラブックで北信介の家族構成が明らかになったと噂なんですがもうしょうがないんで書き直さんです。
July 2021