春の蕾 17
お稲荷様の季節がやってきた。
実行委員に飛びつかれ、またしても断りきれず、異例の二年連続抜擢に心から遺憾の意を表します。
今年は、昨年のように身動きが取れない事態にならないよう、昨年より多めに護衛をつけてくれるらしい。
じゃあアランと大耳がいい！でかいし！と名指しでお願いしようとしたら既に立候補者多数により推薦は不要となった。なぜ俺の意見をことごとく聞いてくれないんだろう、お稲荷様実行委員って。嫌いです。
「よろしゅうたのんます〜」
「おわー、綺麗やわ」
俺の護衛ならぬ、御遣いのキツネとなる筆頭が宮兄弟だった。
お稲荷様用のお澄ましした顔のまま硬直して、お手伝いしてくれる生徒たちに深々と頭を下げた。
そして髪がさらっさらと落ちるのでいそいそと戻す。
「ねえ何でうちの後輩がいるの」
双子や他の生徒たちは少し離れたところにいたので、声は聞こえないように同級生の実行委員に耳打ちをする。
「あの二人は立候補してきはったんや。それにほら、人気あるやろ、あっちでも注目集めるんちゃうかな」
「そうか……それ観客増えるやんな」
「……あはっ。まあまあまあ」
ひそひそと話している間も、二人の視線をひしひしと感じる。
多分俺であることはわかっていないんだろうけど。
「基本的には雰囲気を保つために口きかれへん……って言っといたけど」
「それは……お気遣いどうも」
もっと違うところで気を遣ってほしかったけどな。
無事に稲荷道中は声を出すことなく終わったが、問題は撤収作業である。
前回より人混みを押さえる人材は増えたが、みんな手一杯だ。
まあ別に、エスコートされたいわけじゃないので、さあて今年も逃げるか〜と思っていた矢先にぐわっと体が持ち上がる。
え！と声をあげなかった自分を褒めたい。
腹に手が回って、腰が多分誰かの肩にぶつかる。その勢いで浮き上がった足を膝のあたりで支えられた。上半身が落ちそうになるところを、また誰かの腕が支えて担ぐ。
「お稲荷様の御通りやでー！」
「道あけんかー！」
侑と治が俺を俵担ぎにして走り出した。
えー、バレー部員ガラ悪っ。
ヨイショー！と準備室に戻ってきて降ろされたら、双子は俺のぐちゃぐちゃっぷりにはっと目を見開き必死で謝ってきた。
たしかに息はあっていたけども、全体的に動きは雑でした。
「げっ、す、すんません！髪も着物も！」
「着、着替えられます！？」
むちゃくちゃな奴らだなあ、と笑ってしまい声を出さないように押さえた。
あ、でももう、声我慢してる場合じゃないよなあ。さすがに。
「あのー……やっぱ話したらダメなんですか」
「俺ら去年のお稲荷さんも見とって……」
先輩の前でいじいじするときの二人にすごく似ている。まあ実際その通りなんだが。
「ごめんごめん、ありがとな。去年も見てたの知ってるよ」
「───！！！」
「夢壊すようで、嫌だったんだけど……エヘ」
「〜〜〜！！」
いつもの声で、いつもの笑顔で、いつもの調子で話す。
二人はぴゃっと目を見開き、顔を見合わせうなずき合い、おそらく声に出せずして俺であることを確認している。
「やっぱり！」
「なあ！そうやと思うた！」
「───え」
そして今度は俺が驚く番だった。
やっぱりってなんだ。やっぱりって。
「え、気づいてたの」
「お稲荷さんって、試合んときの集中しとる春野さんと雰囲気似とったし」
「実行委員の人と話しとるとこも、春野さんみたいやったしな」
バレバレやんけ。いやバレない方がおかしいんだけどさ。
むしろ恥ずかしいよう……。
「残念でしたー……アハハ」
「残念？なんでです？」
治が俺の照れた顔と蚊の鳴くような声を聞いて首をかしげる。
顔が熱いので頬を両手で隠す。
「だって、初恋の相手と似てたんだろ？」
「あー、でも、あれ？俺らの初恋って春野さんっちゅうことにならへん？」
ならへんならへん。
「まあ、あの子のことはあんまし覚えとらんもんな……ツムなんて桜の花びらすぐ失くしたもん」
「しゃあないやん、子供やったし。サムはあの便箋もっとるんですか〜？どこにあるか言うてみい」
おっかしいなあ〜、お稲荷さんと初恋の人の話でからかわれ、桜の花びらを拾うのに躍起になっていた時代がこいつらにもあったはずなんだけどなあ〜。
「その開き直りっぷりなんなん……」
頬を押さえていた手でほんのり痛む気がするこめかみを押した。
「あんとき、ええ思い出と同時に辛いもんあったんですよ」
「せやけどそんなんいつも思い出してたってしゃあないし、今度こそ掴みたかったんや」
何やら雲行きの怪しいことを言い始める双子を見上げる。
「───この桜の花」
はひ……。
両腕を取り上げられた俺はまるで降参というポーズをとってるみたいだった。
「お、やっぱここにおったか」
「宮兄弟に攫われたって噂んなっとったで」
「とうとうバレたかー、双子に」
いつもの二年メンバーがガラッとドアを開けて入ってきたことにより、するりと手は離れる。
俺は降参ポーズのまま振り向いたので、みんなは無事俺の正体がバレたことを察していた。
「飯買うてきたで」
「ウン、でも先に着替えるわ」
「そうやな」
信介は特にコメントもなくまっすぐな目をして俺に飯を差し出す。
着替えるの信介に手伝ってもらおーっと。
「あ、じゃあ手伝いますよ」
「着るのも想像できんけど、脱ぐのも大変そうですね」
この教室は最初に俺の待合室となってた場所なので、他の生徒から見えないよう仕切りもあって、そこに双子がついてこようとした。
「いらんし、ついてくな」
「ええ！春野さんに戻るとこみせたってくださいよ」
「俺らお供やないですか」
しっしっと追い払うと、双子は笑って引き下がる。
「信介ちょっと手伝ってー」
「うん」
ほっとしつつ信介を呼ぶと、双子と入れ替わって仕切りの中に入ってきて、外ではなんでやねん！！というツッコミがこだました。
だって信介は信頼してるもの。
他の奴らは信介と俺のことをわかっているし、そもそも双子に対する評価がアレなので、はよ飯食いにでも行ってこいと言って教室から追い出すくらいだった。
next.
宮ンズにバレるのまではかいとこ！と思いまして。えへへ。
北信介への圧倒的信頼感つよい。
July 2021