春を呼べ 01
サクラちゃんやってた後に現代日本にやってきて、カカシ先生と再会できたと思ったらまた世界が変わっていた。あれれ〜と思ったら大分ちっちゃいころに戻ってて、さすがに馬鹿力とかは無くなってた。勿体ないようなよかったような。でも身体は動かしたい。
綺麗な顔をしたお父さんは、お母さんが病気で亡き後、おかまさんとして仕事を始めた。もともとそっちの人だったらしい。お母さんに内緒で我慢してたのかなあとも思ったが、どうやらそうじゃない。まあ、今お父さんが無理をしてないならいいかあ、と思いながら俺は今日も鍛錬に勤しむ。
お父さん的には、可愛い顔をしてるから綺麗に育って欲しい気持ちもあったようだけど、お母さんが護身術で格闘技なんかを習ってたのをかっこいいとか言ってたから俺が身体を鍛えていてもお母さんの血だと思われていた。
身体がある程度成長すると、元々の勘を取り戻し始め、現代にしては申し分無い程までになった。
まだ力は弱いけど、普通の人間くらいなら倒せるだろう。ここ現代だから、これ以上鍛えても意味ないよな……と思いつつ現役を覚えてると、こう……強くなりたいと本能が……。うっ。
「っていくら鍛えてもゴツくならないのねえ、良かった」
朝のジョギングから戻りシャワーを浴びようとTシャツを脱いだ俺を見て、お父さんはにっこり笑った。
「うーん、確かに。ゴツくなりそうにないかも」
胸や腹回りをぺたぺたと触っていると、お父さんもじいっと俺の身体を見る。
「でも、良い身体してるわ〜」
「えへへ」
まあ、この身体を知っちゃうと、たるんだ肉体にはなりたくないって思っちゃうんだよなあ。
自分のことはちょっとした格闘技馬鹿くらいに思ってたけど、褒められてくうちにナルシストが入ったような気がしなくもない。肉体や能力を磨くのは割と好きだ。
「そうだ、進路調査書落っこちてたけど、大丈夫なの?」
「ああ、明後日提出だったかな、大丈夫」
「何て書くのかちゃんと報告しなさい」
鼻をつままれてふぎゅっとしたら、お父さんは優しく笑って寝室に消えて行った。
報告はお父さんが仕事行く前でいっか。
学校からの帰り道、なんかよくわからないが揉め事を発見してしまった。
いかにも品の良さそうなお兄ちゃんが、いかにも品の悪そうなお兄ちゃんに絡まれている。
被害者側は一切怯えた様子も見せないし、むしろ口で抵抗しているがそういうお話の通じない相手のようで、苛立ってるようにすら見える。良い事にはならなさそうだったので、俺は胸ぐらを掴もうとしている男の腕を阻止すべく掴んだ。
男は俺の顔を見るなり「……ふ、ふじおか!?」と驚いてばびゅっと逃げて行った。
「え?俺の知り合い……?いや、知らないよな……」
逃げて行った方を見ながら戸惑っていたけど、すぐに被害者の方に意識を戻す。
「君の知り合いか、手下か?」
「多分違うけど、なんかすみません??」
手下なんていないけど知り合いと思われてもおかしくない雰囲気になったので、心の弱い庶民はとりあえず謝ってみる。責任とれとか言われないよな、大丈夫だよな。
気まずかったので周りに視線をやると、通行人に紛れて複数の違和感ある影に気がついた。
「護衛がいたのか……なんだ、余計な事した」
「!」
お兄さんは一瞬目を丸めてから、何か合図をする。そしたら護衛のスーツの人達が二人程お兄さんの隣に並んだ。
「お怪我は」
「ない、彼のお陰だな。きみ、助かったよ」
人の良い顔というわけではないけど、お兄さんは少し口元を緩めて感謝した。
「何かお礼をしたいんだが……君の名前をきちんと教えてもらってもいいかな、藤岡くん?」
「俺の名前は藤岡……でも、お礼なんて良いです。なんか俺の知り合いなのかもしれなかったし、ごめんなさい」
「いや、きっと知り合いではないと思うよ」
「そうかな……やっぱり」
「一方的に君の事を知って恐れて逃げたようだったな……」
面白そうにお兄さんが笑った。聞かれたので礼儀として名前を名乗ったけど、お礼をしてもらいたいわけでもない。ただ腕を掴んだだけしかしてないし。助かったよとお礼を言われただけで充分である。
恐れて逃げたといわれると、まるで俺がこの界隈で有名な不良のボスのようだ。
俺の見た目は普通の男子中学生だ。髪を染めたりなんてしてないし、鍛えてもごつくならないと言われている通りだし、お兄さんより身長だって低い。
「あのう、帰っても良いですか?」
「良かったらうちの車で送ろう、家はどこかな?」
あ、これ、おうち特定される……って思ったけど、まあ制服着て名前名乗ってんだから無駄じゃねと思って、お兄さんの言葉に甘える事にした。
お兄さんこと鳳さんは、俺のひとつ年上で、鳳グループの三男坊でおうちは総合病院等の医療系をメインに他にもリゾートとか開発しているのだとか。は〜世界ちがうわ〜とか思いながら聞き流しておく。
医療関係に興味がないと言ったら嘘になるが、いまの俺とは全く関係のない事で、けれど自己開示をしてくれた彼に君はと聞かれたらそりゃ隠してる訳でもないので父子家庭で、父はオネエくらいの事は言っておく。全く表情を変えずにそうかと頷く鳳さんすごい。
興味ないんだろう。全然良いけど。
家につくとお父さんは出勤した後で、鳳さんは速やかに帰宅した。
家を知ってるとはいえ、これ以上関わることはないだろうと思って別れたのに、その数日後菓子折りを持ってうちに来るとは思わなかった。
「は?」
「だから、君には桜蘭高校に通って欲しいんだ」
うちの学校に通わないか、と言われた俺は思わず聞き返したのだけど、鳳さんはニヒルな笑みを浮かべて再度言う。
「調べた所、君は将来医者になりたいそうだな」
「え、あー」
学校の先生とも迷ったんだけど、サクラちゃんの生活の方が長かった俺はそっちにめざめていたので、つまりそういう進路を希望してはいた。ただし、本当に医大に行くかはまだ決めてなかった。せめて高校は医大に進みやすい学校に……なんて思ってたわけだ。
「そりゃ、桜蘭高校は色々な機関や大学などに通じてるので視野にはありましたけど」
「まあうちの学校は学費が高く、生徒層も特殊だからな……入るにはそれなりの準備と心持ちが必要だろう」
眼鏡をかけ直した鳳さんはそっと書類を差し出した。
特待生制度の申し込み用紙をわざわざ持って来たくださったようだ。ありがとう、受けるとは言ってないがな。
「なんでここまでしてくれるんですか?」
資料をそっと引寄せてから鳳さんの顔を見る。
───興味が沸いたんだ、君に。
鳳さんはそういった。
彼は俺の事を将来の夢だけではなく、品行なども調査した。
かつてどこかの柄の悪い兄ちゃんが何故か俺の名前を知っていて恐れて逃げたような件があったが、実のところそれが初めてではない。柄の悪い兄ちゃんに絡まれそうになったけど顔を見るなり避けられたとか、かつあげしてる男にやめろよと声を掛けたら舌打ちして逃げて行ったとか。
名前を呼ばれたのは初めてだったから気にしてなかったが、俺はそっち界隈でどうやら有名だったらしい。
別に、数多の不良を華麗に蹴散らして来た、とかいうわけではないのだけど、何度か格闘技系の部活の助っ人で練習試合や大会に出場させられた時のムービーが出回り、純粋な格闘技経験者から自己流で叩き上げられて来た不良くんたちまで流れて行ったようだ。
俺がちょっと鍛えたくらいの男子中学生に負ける訳もなく、なおかつきっちり手加減して綺麗に倒しているので、ちょっとしたリスペクトを受けていた。
暴力や強さを格好良いと思ってる界隈の男を刺激したのかもしれない。嬉しいような複雑なような。
そんなこんなで、俺のムービーを見たっぽい鳳さんも、こいつはなかなか使えるなとでも思ったのかもしれない。
つまり、同じ高校に通いつつ鳳さんの簡単な護衛をしろってこと?
学校はそれなりのセキュリティがあって安全だとか、すでに鳳さんの護衛が既に学校の随所に配置されてるとかいうけど、足りないと申すのか。念入りすぎる。どんだけ鳳さんは身を危険に晒されてるのか……。ちょっと心配。
俺に大きな期待をされているかと言ったらそうでもなく、興味が沸いたし、もう少し力が見てみたい、なおかつ医者になりたいというなら丁度良いじゃないかってことだ。
それで鳳さんの御眼鏡に叶わなくても良いそうだし、だからってすぐに退学させるつもりはないと。俺にはメリットばかりである。
逆に鳳さんの御眼鏡に叶って本格的に雇いたいとか思っても、無理強いはしないと。
特待生になると学費が免除になる上に、鳳さんから勉強を見てやるとまで言われて、まあそれなら良いか、お得じゃん……と思って引き受けてしまったのだ。
鏡夜さんはお忙しい人なので、小テストという名の宿題を作って俺にやらせて、次の授業では採点と解説を行いまた宿題を残していく。週に一度一時間くらい会う以外、基本的には俺が一人で頑張る形だ。もちろんそれで良いと思うし、鏡夜さんの解説はとっても分かりやすいし、桜蘭の現役生徒で一年首席の人が作ったテストが為にならないわけがない。
試験前日だけ三時間くらいみっちり付き合ってくれて、俺は無事万全の状態で試験にのぞんだ。結果は無事合格で、特待生制度も受けられるようだった。
学費はほぼ免除になるので、自腹を切るのは制服くらいで……せ、制服高くね……?普通の私立高校の二倍から三倍はある。きっと有名デザイナーがデザインして、オーダーメイドで、最高級の生地をつかってて……。学費免除分浮いたんだから良いじゃんって感じだろうが、そういうこっちゃない。
目を皿のようにして伝票を見ていた俺に、担当してくれていた先生は制服に準ずる服装なら私服でも校則で許されていると教えてくれた。
わあい、じゃあ俺そうする!と、制服採寸には参加せず意気揚々と帰って来た俺をお父さんの涙が襲う───!
「制服くらい買ってあげるわよおお!」
「えー別によくない?桜蘭の男子制服なんてちょっとブレザー違うくらいでシャツもスラックスも中学のままで問題ないって……」
「周囲の空気は読むのにほんと大ざっぱよね……!」
ひいんと泣きついて来るお父さんの鬘頭をよしよしする。
お父さん的には高校生になって格好が変わるのを楽しみにしていたそうな。
「じゃあ制服に準ずる何かお洋服でも買ってくださいな」
そういった俺に喜んだ父はあろうことかセーラー服を出して来た。いいよ?着るよ?でも学校では着ないからな!!!
そう思っていた時代が俺にもあったわけなんだが、元々着ようと思っていた服を朝からコーヒーをこぼして汚してしまい、元々そんなに服を持っていなかった俺は初日だけならきっと大丈夫……と思ってセーラー服で入学式に参加した。入学案内を持っていた俺は学生証を提示することはなく、記載された性別と違うとか止められることもなく、ただただ、制服が違うことだけで目立っていた。
たとえこうやって目立っていてもまだ誰も親しい人はいないのだから、明日からまた男の格好してても、昨日のあれはなんだったんだろうくらいで忘れ去られる筈……。多分。
「あの、あなたのお名前は?」
あ、早まったな、今朝の俺。
そう思いながら、隣の席になった女の子に応対する。ちょっと男の子っぽい名前だな、くらいにしか思われてない、まぎれもなく女子生徒として認識されてしまった。
「その制服はどうされましたの?」
とてもお上品な口調に内心ひえーと驚きつつ、自分は特待生で一般家庭の出身であることと、制服を購入することが出来なかったことを素直に答えた。まあ、とお手手で口を抑える少女は、純粋に驚いた後に俺の格好を見て微笑んだ。
「その制服も素敵ですね」
「……ありがとう」
純粋培養のお嬢様だったのかもしれない……。貶す事すらないだと……。
いやあ恵まれたわーと言いたい所だったけど、しっかり認識されてしまったのであまり喜べない。つまりこれって明日から男の格好してきたら、キャー変態ですわー!って通報される可能性があるってことじゃん。
鏡夜さん俺どうしよう……。
「馬鹿なのか?お前は」
「へえ、仰る通りでございます」
てっきり普通に入学したものだと思っていたらしい鏡夜さんは俺のクラスに覗きに来た後に、黒髪ロングのセーラー女が居てちょっとだけ目を見開いた後、アイコンタクトでちょっとこいと言った後、廊下を歩いていった。俺はちょっとお花を摘みに……と周りの子たちに声をかけて立ち上がり、鏡夜さんの姿を探すと人気の少ない部屋に連れ込まれた。そして呆れた視線を盛大に浴びせられている。
「制服を買えなかったそうだな?何故言わなかったんだ」
「え、言ってどうするんです?」
「立て替えるくらいはしてやる」
ここで、買ってやるって言わない鏡夜さん好き。
特待生制度への案内と、時々勉強を見る以外に鏡夜さんが俺を手厚く扱ってしまったら、俺は恩を感じ過ぎて鏡夜さんの為になんでもせざるを得なくなってしまう。互いに、ある程度の手助けであることと、自発的な行動でなければならない。
その後俺はとりあえず部活の面々には紹介しておこうということで、第三音楽室とやらに連れて行かれる事になった。鏡夜さんは音楽クラブとやらにでも入ってるんだろうか。楽器はあまり似合わないけど。
「ようこそ───って、なんだ、鏡夜か」
甘い声がしたと思ったら、すぐに軽やかな言葉がかけられた。鏡夜さんの後ろから顔を出して中の人を見ると、金髪の美形がいて、はっとしてからさっきの甘い声で「どうしたの?」と問いかけて来る。
「鏡夜さん、なんです、この王子さまみたいな人」
「嬉しい事を言ってくれるじゃないか!では君はお姫様……かな?」
つかつか歩み寄って来て俺の頬を撫でた彼は、うっとりするような瞳で俺を見つめる。はあ、金髪が眩しい。
「環、こいつは客じゃない」
「客じゃなくともレディに愛を囁くのは当然のことだろう?」
「あっれー?君、藤岡さんじゃん」
「うちのクラスの庶民特待生だー、なんでここにいんの?ってか鏡夜先輩の知り合い?」
金髪の人は鏡夜さんに言われて顔をそっと離したけど、次に俺によってきたのはそっくりな顔をした双子だった。
その口ぶりからするに、俺のクラスメイトってことか。双子で同じクラスってあるんだ……って思ったけど家柄と成績でクラス分けされてるからあり得るわけだ。
「だから連れて来たんだろう……をホスト部に入れようと思ってな」
「え」
俺だけではなく、双子と金髪の人が固まった。
「ねえねえ!藤岡ちゃんだよね?」
「あ、はあ」
「僕嬉しいな〜君に会えて」
固まった三人をよそに、ちっちゃいのとおっきいのがすすっとよってきた。
「お二人はやはりを知っていましたか」
「ああ、動画も見た事がある」
「僕たちが中学を卒業した後に試合出てたから、残念だったよねえ〜」
動画がどこまで広まってるのか段々怖くなって来た。いや、もう、ネットって怖い。
ていうかこの人たち鏡夜さんよりも上の人なのかあ。
「試合って空手とかですかね?正式な部員ではなかったので、都大会の段階で辞退しましたけど」
「僕ら丁度後輩の様子を見に行ってて、あの試合見たんだよ〜」
「良い身体さばきだった」
俺がなんだか急に褒められている間に復活した三人はどういうことと声を上げた。
三年生二人は俺が男だと気づいてるようだけど、双子と金髪の人は気づいてないようだった。鏡夜さんはぽんと俺の頭に手を置いたと思ったら鬘をはぎ取るので、抵抗せずに受け入れる。
髪の毛を直しながら向き直ると、またもや驚いた顔が目に入った。
三人して俺に詰め寄り、顔をがしっと掴んだ。そして金髪の人が鏡夜さんに制服の手配を指示している。え、鏡夜さんそれには応じちゃうの?誰のお金を使うの?
それから何故かお茶をだされ、三年生……埴之塚さんと銛之塚さんに挟まれて座って格闘技談義をして、一時間程で到着した制服を鏡夜さんに渡されることになった。もしかしてこれの為に部活とやらに連れて来たのか?
制服代は気にするな、と言われたけど後になって、それは部活に入って働いてもらうから問題はない、を意味していたのだと知った。
男子の制服に着替えた俺は、うんうんと頷かれてこれで客も取れるな……と言われた。
ホスト部とかいうおかしな部活に入れられる事は決定なんだね。
「あの、鏡夜さん……明日から俺は男子の格好で登校して良いと思います?」
「いや、女子のままがいいだろうな」
珍しい生き物ということで目に付いていただろう俺は、明日男の格好で登校したら紛れも無く驚かれる。
「部活でだけその格好で入れば良い」
「でもそれ、気づかれません?同一人物だって」
「それで良いんだ、元々お前は中性的な顔をしていて、格好次第ではどちらにも見える。ミステリアスな魅力もまた良いと思わないか!?」
須王さんが話に入って来て、なんかドラマチックに魅力を語って来た。同意はしかねるが言いたい事は分かったし、もう決定事項なのでしょうがない。
ホスト部では俺だけ源氏名がある。一応呼び名くらいは変えようと考えたんだけどさすがに男の格好でサクラを名乗るのは変なので、春野からとってハルという名前になった。
*
桜蘭学院高等部一年A組に、一人毛色の異なる猫がいる。指定の制服ではない黒いセーラー服姿の彼女は、藤岡と言った。
背筋をしゃんと伸ばした一見すると清楚な少女だったが、育ちは周りの生徒とは違い一般家庭からの進学だ。D組にいけば中小企業や成金、極道の倅などもいるが、一般家庭出身の人間が入学するには、桜蘭学院は敷居が高すぎる。そんな所へ一人、制服も買えなかったであろう少女が居れば、育ちが良い健やかな少女たちは自然と声を掛けてしまうものだった。
自己紹介をすると、はにかみながら名前を復唱するは、丁寧で優しい印象を受ける。
彼女は新しく桜蘭学院に進学したばかりで慣れないこともあるだろうから、と皆喜んでの世話をやく。その度にありがとうね、と笑うのでクラスメイトの少年少女達も純粋な感謝に胸を躍らせるのだ。
一方ホスト部には、新たに部員が入ってきた。その名は藤岡ハル。のクラスメイト達は苗字や顔立ちに喋り方等から、まず似ていると感じた。けれどハルはどこからどう見ても少年だった。
指定の制服を買えなかったと苦笑まじりに零していたとはちがい、糊の効いた指定の男子制服に身を包み、やってきた少女たちに「はじめまして」と挨拶をした。
ハルにクラスを聞いても、内緒ですと言って笑うだけで、答えは返って来ない。
名前を名乗った後、なら復唱して呼んでくれたけれど、ハルはお嬢様と呼んだ。
他の部員は姫と呼ぶが、何故かと聞くと自分は庶民の出だからとと同じような出自を明かす。
一緒にお茶をする裕福な家庭の男子とはまた違う、まるで従者のような振る舞いをする彼に、不思議と親しみと同時に背徳感が沸く。
「ハルくんって、あまり人の名前をお呼びしないのね」
「え……?」
慣れた手つきでお茶を入れながら、少女のしぼんだ声にきょとんとして首を傾げるハル。
「一度でいいから呼んでみてくださらない?」
「私もお願いしたいわ!」
ハルは考えるように顎を撫でて、困ったように微笑む。
まさか、覚えていないということはないだろうけれど、無言のハルを見て少女達の間に緊張が走る。
ゆっくりと伸びて来たハルの指先は、懇願した少女の髪の毛を耳にかけてほんの少し肌をかすめて行った。
「お嬢様のお名前を呼んだら、今の俺がなくなってしまいます」
寂しげに微笑むハルに、少女はえっと声を漏らす。
「お嬢様は男に名前を呼ばせて、どう、したいんですか?」
「ど、どうって……」
「ああ違うか、───どうにかされたい、のかな?」
ハルのゆっくり近づいて来た顔は、ふふっという笑いとともに遠ざかる。いつも敬語で、下の者としてどこか遜るような彼が不意に漏らした口調や、色気のあるセリフに、少女達は声にならない悲鳴を上げた。
「なあ鏡夜、あいつ、最年少だったよな……?」
「そのはずだが?」
環は伝票を処理している鏡夜にそろりと近寄って問う。
「なんかさあ、一番若いのに、一番色っぽいってどういうことなの」
「別に顔は老けてないのにね」
光と馨までひきつった笑みを浮かべがら鏡夜に近づいて来た。
「誰ともタイプが被っていなくて良いことじゃないか」
「そーなんだけどさ」
「女と男ではやることを区別していたかと思えば、時々同じ事をしてみたりと、中々上手くやってるじゃないか……も」
鏡夜は眼鏡を光らせて笑みを浮かべた。
は客人に対してお嬢様と呼ぶが、二人以上の時は苗字でも呼ぶ。それと同様に部員のことも、埴之塚さんに銛之塚さん、須王さんや常陸院さんなどと呼ぶ。双子に至ってはそれで良いのかと思う所だが、個人に用がある様子もなければ、きっと見分けがついていないし仕方ないと本人達は言うだろう。
そんな中で、は鏡夜のみ、鏡夜さんと呼ぶ。
いつも敬語で丁寧な接客をするが、鏡夜には間延びした口調で呼びかけ、近づいて行き、親しげに話す。時にはなんだか叱られたり、笑われたりしている光景も見られた。
客達は、そのひとときも見に来ていると言っても過言ではない。
悪くはないのだが、の接客は堅く丁寧だからギャップにきゅんと胸が疼く。その態度を自分たちにもしてほしいが、鏡夜にだけだというのも、何故か、興奮する。
双子の兄弟愛や三年生の主従愛を参考にしているのか、単にの中で線引きがされているのか、その心中は誰にも分かっていない。
*
「どっちが光くんでしょうかゲーム!!」
合同接客が行われ、俺は常陸院の双子と同じ席についていた。
クラスメイトなので毎日顔を合わせるし、なんだかんだあっちも俺に関わって来る。周りに正体がバレるかバレないかの瀬戸際のところを楽しむっていうゲームをしているのかもしれない。というか、お客さんは薄々勘づいているような気がする。
双子の見分けと言うのは、家族だとか友人だとかで身近に居続ければわかるものだと思うが、如何せん俺達はまだ出逢って一ヶ月も経っていない。しかしなんというか、忍の観察眼か、心霊現象にたびたび立ち会う中で培われた勘か、それともヒロインパワーが後を引いているののか、双子の見分けがついてしまう。
「ハルくんはどっちだと思う?」
このゲームに何の意味が?と思ったけど女の子達がきゃっきゃしてるし、双子がなんか得意気なので見守る気でいた俺は、唐突に問われてえっと声を漏らす。うーん、俺が言ったら当たっちゃって終わりなんだけどなあ。ま、いいか。
「向かって左」
「ブブーッはずれでーす」
一瞬きょとんとしかけた。あ、こいつら当てさせる気なかったな?
「うそつきだね」
ヒロインパワーなめるなよ、と思って得意気に笑う。悪戯っ子な双子が認めるとは思わないので、俺の負けでもいいけど。
ところが常陸院さんたちは少し驚いた顔をしてから当たりを認め、お客さんからの株が上がった。
何故かそれ以来、常陸院さんたちがより頻繁に俺に絡んでくることになった。
部活でも、教室でも基本的に俺の両脇に居る。
「なあなあ、って本当に僕たちのこと見分けてんの?」
「どっちだと思う?」
「んー、毎回、偶然?」
お客様の居ない時間に、俺の鬘の手入れをしている二人に聞かれた。
常陸院さんたちは今まであまり見分けられたことがないようで、会ってひと月も経たない俺に当てられたのが腑に落ちないようだ。でもそれだけではないような。
「二人は、見分けられたくないんだ?」
「は?違うし」
「そーそー、皆が見分けられないだけなんだって」
「そうかな?」
俺はそっくりな二人を見る。
双子じゃないので、間違えられる気持ちを考えられないけど、二人の態度は見分けて欲しいものとはちょっと違うような。あ、でもこいつら天の邪鬼だった。
「なんだ、ハードル上げてるだけか」
ぽつりと呟いたら何かを言いたげにしていたけど、鏡夜さんが部屋に入って来たので俺は立ち上がった。
*
藤岡が、常陸院光と馨と仲が良いのを見ても、殆どの生徒は驚かない。男子生徒に至っては疑問にも思わないだけかもしれないが、女子生徒は薄々と、がハルなのではないかと思っているからだ。
入学してわりとすぐ、光と馨はどうしてだかによく話しかけていたが、今ではそれ以上によく絡んでいる。
「おはよう、」
声を揃えて挨拶をした光と馨をみて、は丁寧に答えた。
「おはよう、光さん、馨さん」
いつも常陸院さんと呼んでいたが、初めて下の名前を呼んだだけではなく、一人一人に目を合わせて区別するように挨拶をしたのだ。光と馨は驚きのあまりかたまり、それを見ていた女子生徒達もしんとする。
「え、え、どうしちゃったわけ、急に」
「やっぱり駄目だった?下の名前で呼ぶの」
「いや、駄目っていってないけどやっぱりってなに!?っつーかほんと、今更だけどな!」
クラスメイトの女子生徒も光くん馨くんと呼んでいるので、がそう呼ぼうともおかしいこともない。
すぐにやめようかと首を傾げるに、光と馨は言募る。
「よく考えたら、二人居るのに同じ呼び方をするのは変だったかなって」
いや本当今更だな、と双子は声を揃えて呆れた。けれど、今更でも少し嬉しいのだ。
「お前ってあんまり人の事下の名前で呼ばないけど、何で?」
「ああー、それは、まああれ」
軽やかに会話をする三人を、周囲に居た少女達は耳を大きくして聞いている。
であろうとハルであろうと、人の下の名前を鏡夜以外呼ばないのだからその理由も気になる。
「呼んで良いものか、躊躇って。みんなご令嬢ご子息だし、普通の感覚で下の名前で呼んだら怒られてしまうのかなって」
「いやいや、そんなことないって」
「なに変な事考えてんの?」
お家事情とか疎いし……だのなんだの言うに、少女達はごくりと唾を飲む。
「あ、あの!」
「?倉賀野さん、おはよう」
「おはようございます、……さん」
「うん?」
倉賀野百華は初めてに声を掛けた少女であり、ホスト部の常連でもあり、を指名する客人である。
ハルの時の控えめな空気感と見え隠れする男らしさ、で居る時の懐っこく柔らかな親しみやすさの、両方を味わうことに嵌った人でもある。
「わ、私の事も下の名前で呼んでくださらない?」
倉賀野姫おはよーと挨拶する双子にも恙無く答えてから、彼女は赤らんだ顔で懇願した。
ハルはけして女子生徒を下の名前で呼ばない。
下の名前で呼んでと言うことでときめきも貰えるようだが、強請っても意味がないのは周知となっている。
けれどなら断る為に甘い言葉で躱して断ることもないだろう。今の話を聞いていたら、もしかしたらと思うのだ。
「どうしたの、そんなに怯えちゃって」
ぎゅっと目を瞑っている彼女を、はあっけからんとした様子で笑った。やっぱり駄目なのかと落胆しながらゆっくりと目を開けて、少しだけ高い位置にある顔を見上げると、いつもと変わらない笑顔を浮かべたがいる。
「───百華ちゃんに意地悪なんてしないよ」
輝かしい笑顔とその呼び方に、百華はふらりと体勢を崩して卒倒しかけた。
next
リクエストでホスト部でハルヒなり代わりでした。お相手はいてもいなくてもってことだったのでまんべんなく。
NL夢は書かないのに何故かこの主人公だと女の子を口説きたくなる不思議……。べつに倉賀野姫落ちではありませんがオチに使ってしまいました。
ハルヒじゃないので環先輩とはくっつかないと思います。男だってわかってるので環先輩は普通の態度です。可愛気がある素直な後輩なので普通に可愛がってはくれるのではと。主人公もキングって呼んであげそう。
女子生徒は主人公のこと調べようと思えば調べられるけど、庶民で大変だろうから調べちゃいけない気もしてるし、暴いてしまったら二面性が無くなってどちらかが消えてしまうのは惜しいので、正確な性別などは調べない。お、女の子でも良い〜〜〜くらいに思われてたらいいなって。
サクラちゃんにしたのは、格闘技と医療系という少しの接点がほしかったからです。普通の主人公だったらまず桜蘭行かないと思って。
お医者さんになるっていう夢を作っても桜蘭に行こうとしないので、鏡夜さんに目をつけていただきました。護衛にも使えるじゃないか……くらいに思ってる。まああと、戦う主人公にちょっと魅力感じてくれてもいいんじゃないかなという希望も。
July 2016
リクエストでホスト部でハルヒなり代わりでした。お相手はいてもいなくてもってことだったのでまんべんなく。
NL夢は書かないのに何故かこの主人公だと女の子を口説きたくなる不思議……。べつに倉賀野姫落ちではありませんがオチに使ってしまいました。
ハルヒじゃないので環先輩とはくっつかないと思います。男だってわかってるので環先輩は普通の態度です。可愛気がある素直な後輩なので普通に可愛がってはくれるのではと。主人公もキングって呼んであげそう。
女子生徒は主人公のこと調べようと思えば調べられるけど、庶民で大変だろうから調べちゃいけない気もしてるし、暴いてしまったら二面性が無くなってどちらかが消えてしまうのは惜しいので、正確な性別などは調べない。お、女の子でも良い〜〜〜くらいに思われてたらいいなって。
サクラちゃんにしたのは、格闘技と医療系という少しの接点がほしかったからです。普通の主人公だったらまず桜蘭行かないと思って。
お医者さんになるっていう夢を作っても桜蘭に行こうとしないので、鏡夜さんに目をつけていただきました。護衛にも使えるじゃないか……くらいに思ってる。まああと、戦う主人公にちょっと魅力感じてくれてもいいんじゃないかなという希望も。
July 2016