Sakura-zensen


春をのせて 01

「律ーちょっと車で送ってくれない?」
「え?」
こたつに入ってみかんをむぐむぐしてた俺と律は、司ちゃんからのお願いに顔を上げた。
ただいま俺は飼い主が失踪中のため、実家でお世話になってるところです。
司ちゃんは突然来訪し、防寒具を脱ぐことなく俺たち───いや、今は俺の姿が見えてないだろうから律だけ───を見下ろした。
「えー……僕レポートとかあるんだけど。どこまで?」
「みかん食べてるじゃない。千葉の方」
「今はたまたま休憩してただけだよ……。千葉って遠くない?」
「遠いから送ってって言ってんの」
俺はくいくい、と司ちゃんのコートを引っ張って気を引いた。
「司ちゃんどうして千葉いくの?」
「前、一緒に綾子先輩の手伝いしたじゃない?正式な助手になるのは無理かなって断ってたんだけど、今回は手を借りたいって言われてさ」
「へえ」
ちょっと車でって距離じゃないでしょ、とブツブツいいながらも、基本年上の女性に逆らえない律はしぶしぶとコートを羽織る。俺もみかんを全部口に突っ込んでごっくんしてから二人についてった。
秋頃に一度司ちゃんが調査の手伝いをしたことを知らない律は、なにそれ首をかしげていたけれど、経緯を詳しく聞くとそんなことしてたのと引いていた。
「いいじゃない、お世話になった先輩だったの」
「へえ。それで今日も?千葉のどのへん?」
律は若干嫌そうにして、目的地を聞くとさらに肩をすくめた。
急に送ってって言う場所じゃないんだよ、と言いつつもおばあちゃんにも送ってあげなさいと言いつけられた律は司ちゃんを助手席に乗せて車を発進させる。
俺は後部座席でごろんして、あの道だーこの道だーとやいやいしてる二人を見守った。

出発した時間はお昼を少し過ぎたところだったが、目的地に着いたのはとっぷり日がくれた頃だった。まあ、日が短い季節なんだけど。
「じゃあ僕近くのファミレスでレポートやってるから……」
目的地である緑陵高校の前で車を停めて、違う方を指差した律は司ちゃんにそう言った。けど、あんたもくるのよと言われてショックを受けている。
校内に入って駐車した律はおずおずと車からおりて、校舎を見上げてきゅうっと口を閉ざした。ああ、律にはよくないものが見えるよねえ。かわいそだから、手をつないでやろう。
事務室はすでに閉まっていて、司ちゃんが携帯で松崎さんに連絡を入れたところ、松崎さんと一緒に滝川さんがお迎えにきてくれた。
「司、思ってたより早かったじゃない」
「よーす、お久しぶり……そちらさんは彼氏?」
「お久しぶりです。違います、いとこの律。車で送ってもらったの」
「はじめまして」
律は周囲をキョロキョロしながらぺこりと頭をさげた。
その様子に疑問を覚えた滝川さんは一瞬きょとんとしてから、あっと思い出すように目を見開いた。
「───なんか見えるかい?」
「夜の学校って少し不気味だと思ってただけですよ」
律はすぐに取り繕い、笑った。
今の笑顔ちょっと胡散臭いなあ……開さんも時々ああいう笑い方するんだ。
二人は一緒に過ごした仲じゃないけど、育った環境が似てるからこんな風になるのかな。性格は結構違うけど。

ベースとなる会議室へ向かう道すがら、これまでの経緯を軽く説明された。
今回は渋谷サイキックリサーチが受けた依頼に、滝川さんが協力者として頼まれて同行。松崎さんや他の面々も同じで、遅れて次の日に合流したのだそうだ。
ちなみに昨日ついた時点で、教室には犬の霊みたいなのが出現して生徒が負傷。
依頼人は校長だけど、頭を下げて頼みに来たのは生徒会長をしている安原くんという三年生で、調査を手伝ってくれてるみたい。
寝泊まりは宿直室でするそうで、あとで案内するとのことだった。
「え、泊まり?」
「聞いてない?」
「全く」
律は急なことに驚いて肩をゆらし、司ちゃんを一瞥してから松崎さんに弱々しい声で返事をした。
「司ちゃん僕何も聞いてないけど」
「忘れてた」
そういえば司ちゃんの荷物、そこそこ大きかったっけ。
「僕あんまりこの学校にいたくないんですけど」
「え、なんかいるってこと?」
「いや〜……」
律は青ざめる司ちゃんに対してへらっと笑った。
いるとも言えんし、いないとも言えんわなあ。夜は玉ちゃん貸してよ、絶対無理、とヒソヒソ言い争うふたりを、俺と滝川さんと松崎さんはちょっと離れたところで眺めた。早くいこうよお。

渋谷さんは律を見てわずかに首をかしげたけど、司ちゃんの親戚で送り迎え兼雑用に引っ張ってこられたと聞くと深く興味はしめさなかった。
が、一応責任者のつもりはあるようで夜は十分に注意するように言いつけた。律はそれはもう、もちろんですと元気よく返事をする。なんだったら俺の手を引っ張って帰りたいくらいなんだよね、知ってる。

「飯嶋さんって大学生なんですよね」
「うん」
話に聞いてた安原くんは、さわやかな笑顔を浮かべた人当たりの良い少年で、寝泊まりする宿直室へ案内する役目を買って出てくれた。
司ちゃんは松崎さんたちとまだベースにいるし、おそらく女性は女性で案内してくれるだろう。
滝川さんとブラウンさんもついでに用があるそうで、一緒になって廊下を歩く。
どこの大学?とかあー恵明……とか高校生っぽい話をしたり、千葉まで車で来たなら大変だったろうと労われたりしている。みんな社交的だ。
「今日はもう休んじまってもいいぞ、やってもらうことはあんまりないしな」
「そうですか?」
「レポートやるんですよね、机出しますよ」
安原くんとブラウンさんは二人で折りたたみ式のテーブルを出して組み立ててくれる。
律は慌てて手伝いに行ったが特にふたり以上の手を必要とすることもなく、テーブルがセットされてしまい、おずおずと正座する。
「何から何まで、すみません。お言葉に甘えてここにいさせてもらいます」
「校舎内じゃないから、平気そうか?」
「はい」
滝川さんの言葉に頷く律。それ、校舎内に何かあると言ってるようなもんだろう。
「ま、なんか怖いことあったら電話してこいさ」
「ああ僕、携帯電話持ってないんです」
親切心で携帯を出した滝川さんに、律は断りを入れる。
「めずらし」
「どこと繋がるかわからないので」
ははっと笑った律に全員うっすら引いていたと思うんだな、俺は。
律ちゃん自分のこと隠しきれてないよ。おまえはいつも詰めが甘い。
時々あえて人を引かせて距離を取る手法を、この人たちにとる必要はないだろうに。

みんなが去った後、律は教授に手書きと厳命されているレポートと向き合った。
「玉霰、大丈夫?」
「なにが?」
「いや連れてきちゃってごめん」
「自分の意思でついてきたんだよ」
いつも俺が後ろにいてもレポートを進めてるし、たまに雑談はする。今の俺はおじいちゃんの書いた小説という暇つぶしの道具を持っていないので、のんびりするしかやることがないのだが、律が気にすることじゃない。
「俺の場合、帰ろうと思えばすぐ帰れるし」
「……え、帰っちゃう?」
「律と司ちゃんを置いては、さすがに帰らないよ」
律の資料しか見るものがないのでそばで頬杖をついて眺める。
「ここ、なんでこんなに息苦しいんだろう」
「人魂が多いよなあ」
俺もあまりいい気分とは言えないこの場所にぼやく。
司ちゃんと前に行った湯浅高校も空気が悪かったけど、ここはもっと混沌としている。この学校という空間だけが異様だ。
「結界みたいに、出ていけない雰囲気がある。そのくせ、ここにはたくさん現れてるから……」
「なんで現れるんだ?」
「さあ?何か良い餌でもあるのかな。……いや、だとしたら狩ったり取り込んだりしてるだろうし、ここまでたくさん集まっておいて何も達成できてないとしたらヘンだね」
「でも人間に影響は出てきてる」
律はペンをテーブルに置いて、手を後ろについた。
「それにしたって、効果が薄い」
「効果が薄い?」
「だってここにいるものは量があまりにも多いよ」
「うん……」
律にはどう見えてるのかわからないけど、俺の目にはいつでも羽虫のように目に入ってくる人魂がある。
「何か餌があるにしては集るものがない。無理やり集められたみたいだ」
「だとしたら、喚ばれたものたちってこと?」
「そうかもしれないね」
湯浅高校は厭魅といわれる呪法で、人が人を呪う時に妖や悪霊などを使役するものだった。だから呪われた生徒や机や部室などには痕跡が残ってた。
緑陵高校の場合はそのまま人魂が漂っているだけなので、呪いの意思までは見えない。厭魅とは違うんだろうけど……だとしても、何かに喚ばれたと考えるのが妥当なくらい集まっていた。
「ずさんだ」
「え」
畳にごろんすると、律も俺の言葉を聞くために肘をついて体をたおす。
「生徒が面白半分にランダムに喚んでるんじゃないだろーな」
「まさか」
湯浅高校も結構な量だったのに、結局一人の女教師が神経をすり減らして呪法を行っていた。それ以上の数がここにはいて、そして特に意思もなく漂っている。
律は否定したけど、それ以上考えられることもなく、俺たちの話は一度終わった。
みんなが寝静まった頃に学校を一回りしてこようかなって思ってたけど、夜中に起きた火事で全員が飛び起きたため、探検には行く予定はなくなった。


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律と青嵐連れて行きたかったんですけど、司ちゃんきっかけだし、これ以上人数増やしても書ききれないなと思って断念しました。というか司ちゃんもわりと出番ないしよく考えたらみんないる様でいないんじゃないか(哲学)
May 2018

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