Sakura-zensen


春をのせて 02

冬休みが明けて三学期が始まった。しばらくして舞い込んできた依頼は、近頃新聞の紙面をしばしば飾ることになっていた学校、千葉県にある緑陵高校。県内でもトップクラスの偏差値を誇る進学校で、授業内容もさることながら、校則もキビシイ───っていうのは依頼を受けてから、ぼーさんが指摘して気づいたことだけど。
そんな緑陵高校はただいま、数多くの怪奇現象に悩まされている。

あたしたちが訪れた初日、授業中の教室に黒い犬みたいな霊が出現した。
また、ある教室───依頼人である三年生の安原さんのクラス───では、異臭がする。LL教室に出た子供の霊とか、保健室の二番目のベッドに誰かが寝ているだとか、自殺した生徒の坂内くんをみたとか。
とにかく数が多いし、生徒の大半が口を揃えて目撃しているというので、なにかしらおかしなことが起こってることは確実だろう。
それにしたって何から調べたらいいのか迷ってしまうほどに目まぐるしい。ナルは冷静に、そーとー優秀な頭で考えて、あたしたちに指示を飛ばしてるので、あたしはそれに従っときますかって感じかな。
安原さんは手伝うって言ってくれて夜カメラを設置しに行くのも付き合ってくれたから、怖さも半減したし、よかった。

夜リンさんと一緒にきた綾子はくるなり激しく文句を垂れた後、翌日合流する真砂子やジョンのついでに司さんも呼ぼうと言い出し、ナルの答えも聞かずに電話をかけ始めた。
翌日の夜にやってきた司さんは、車を出してくれたいとこさんと一緒にベースに顔をだした。見た所ナルやあたしたちより少し上で、司さんの態度からすると、彼女より年下だろう。遠慮がちに微笑むけど、基本的には静かで、どこか違うところを見ていて、なかなかこっちを見ない。
簡単に注意事項やことのあらましを聞いた後、彼は安原さんたちに連れられて一足先に休むことになった。
司さんはちょっと何か言いたそうにしてたけど、彼を止めることはなく綾子の話を聞く方を優先してベースに残る。

「なーお嬢さん、あのいとこクンはどういうタイプなんだ?」
「え、律がなにか?」
除霊とかそういうのはできませんよ、と綾子に対して言ってるところで、案内していた安原さんとそれについていってたぼーさんとジョンが帰ってきた。
「律さんは見えてはるお人なんですか?」
「ああ、たぶん」
「ほー」
「いつもいろいろなことに首突っ込んで災難に見舞われてるの。来たくないって言いながら、結局巻き込まれて、貧乏くじひいたりとか」
「うんわ」
「一言でいうと、不運なのよね」
司さんは綾子曰く、強運だけど、いとこさんは違うんだ。なんだかかわいそうかも?

その日の夜、更衣室で12日周期で起こる火事を観測する予定だったけど、あたしが見た夢だともしかしたら放送室かもしれなくて、カメラを動かした。
そして見事に、あたしの夢は的中して放送室で火災が起こった。安原さんの話に聞いて予想してたよりも、強い火事。あたしも綾子も飛び起きて鎮火に奔走した。
司さんと律さんは火事の焼け跡を痛ましそうに眺めている。
「ほかに鬼火がいたと言う場所は?」
「えっ、えと、印刷室と、LL教室と……保健室のが大きかったかも。……でも」
「なんだ」
「当たったのマグレかもしんないじゃん……」
ナルに問いかけられて、頬を掻きながら答える。
夢で見ただけなのに、霊感なんて───前の湯浅高校での調査後にESPテストは受けさせられて、ちょっとアリって言われたけど───ないはずなのに。
「たいしてアテにはしてない」
そうでしょうとも。
ナルはつんとそっぽ向いちゃって、言葉は冷たかったけど、その態度がちょっとだけありがたかったりもする。まあ素直に喜んでなんかやらないけどね。
「ねえ律───ちゃん、……るの?」
「───いやでも、……って」
司さんと律さんが何かを話してるのが耳に入ったけど、その一方でぼーさんがカメラのことをナルに聞いていたからそっちに意識をやった。
あたしには、かつてカメラを壊したという弱味があり、弁償を迫られて払えないから泣く泣く調査の手伝いをした、という過去があるのだ。そんなところに、カメラには保険がかけてあって調査中に壊れた場合は大した損害にならないという話聞いてしまったら、もうブチキレるしかないわけよ。
「とっ殿!殿中でござる!」
ぼーさんが乱心中のあたしをつかまえてどうどうと諌めた。

「そんな経緯があったんだ」
「ったくう……あたしがあの時どんだけアセったか」
翌日あたしは司さんと律さんと、昨日のことや過去カメラを壊したことを話ながら廊下を歩いていた。
「まあ、おかげでSPRでバイトできてるんですけど」
「バイト、楽しい?」
「う〜ん、楽しいかって聞かれるとびみょうだけど……。司さんは綾子の助手になるのはやめたんですよね」
「うん、やっぱりそういうのは知識も経験もないと無理かなって」
「ええ?あたしなんてどっちもないんですけど〜」
律さんは相変わらず、あたしたちの方っていうより、周囲をぼうっと眺めながら歩いてることが多いし、会話に加わってくることはなかった。まあ、感じが悪いってほどでもないけど。
そこに、学校にやって来た時から態度の悪い教員、松山がやってきてイチャモンつけてきた。
「今朝また火事があったそうだな。除霊なんかできてないんじゃないのか?」
高圧的でこっちを完全にナメてる、それで霊能者のことを全員詐欺師だと思ってるヤツ。
あたしは心の中で、怒るな、ひるむな、慌てるな、と言い聞かせて対応する。
苦情は責任者……つまり松山が言い負かされたナルにお願い、と遠回しに断るのだ。
「───幽霊だなんだと、バカな迷信に振り回される奴がどうなるか、教えてやろうか!?」
戸惑う司さんと律さんの腕をつかまえて背を向けたけど、松山の言葉に足を止める。
「うちの学校にもいたんだよ」
二人があたしの様子を気にしている空気を感じながら、ゆっくり振り向いた。
「オカルトだかにかぶれて、悲惨な末路を辿った奴が!」
「……それは、坂内くんのことでしょうか?」
「なんだ、知ってるのか?ああならないように気をつけるんだな」
「───……、先生は」
「……谷山さん、行こう」
律さんがあたしの腕を引こうとする。
松山の、坂内くんが死んでしまったことに対する態度が嫌で、言い返そうとしたのに視界は背中で占められた。
「どうやら彼は、後悔していないみたいですよ」
「は?なんだお前は」
律さんの言葉にえっと声をあげそうになったけど、その瞬間後ろのほうの教室から大きな物音と悲鳴が聞こえた。
戸惑う松山をよそに、あたしは一目散に音がした教室へ走っていく。司さんと律さんも追いかけて来て、扉に手をかけた時にはぼーさんとナルと真砂子もかけつけて来ていた。
教室の中は騒然としていた。なぎ倒された机に散らばった教科書類、生徒は教室の壁ぎわに逃げ、ほとんど腰が抜けてしまっている。怯えて縮こまる人もいれば、呆然と、大きな『犬』を見上げている人もいた。
大きな口でひしゃげた椅子を咥え、首を振りながら投げつけた。それは一人の男子生徒の身体にあたる。
鋭い爪の生えた足がこちらを向いた。
横にいたぼーさんがとっさにあたしを後ろに持ってこうとしたけど、荒い呼吸を繰り出すそれは凶暴な目つきでこちらから目を離さない。しかも、ニヤっと笑った気がする。
その時、どこかから鋭い光みたいなのが差し込み、犬の頭を突き抜けた。何が起こったのかわからないうちに犬は霧散し、突き抜けたものは犬がいた地面に突き刺さっていた。
「シャーペン……?」
「……なんですの、今の霊と光のような矢は……」
床に刺さったのは誰かの使っていたシャーペンだった。普通に投げたそれが刺さるはずがない。真砂子も光のようと言ったけれど、ほんとうにそのくらいのスピードと威力だったろう。
ナルは一足先に思考を現実に戻して、松山に救急車を手配するように指示した。


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律が年下の女の子から律さんって呼ばれるの珍しい。
中学生の女の子にも小学生の女の子にも、あんたって呼ばれてた気がします。笑
May 2018

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