Sakura-zensen


春をのせて 03

えいっとシャーペンを投げた。
散乱する学用品の中から拾ったやつだ。
ニンジャなのでその辺にあるものをなんでも武器にします。
何やってんのとばかりに律が俺の方を見ているが、律しか気づいてない。犬の頭に命中はしたけど、奴は普通の霊でもないし、妖魔でもなくて、ほとんど実態のないタイプだ。息の根は止められず、逃してしまった。
俺の力で投げたシャーペンは強いので、床に突き刺さってびーんってしてる。もっとすごいタイプのニンジャだったら床も突き抜けちゃうからこれでも優しい方だ。


俺たちが学校に来た日の晩……というか明け方に火事があり、起きたら教室に凶暴な犬が出るという珍事件が多数発生している。
いや、前から頻繁に起こっていたそうだけど、みんなの話ぶりを聞くと悪化しているのだそうだ。
初めてモノを目にしてわかったけど、これは喰い合いをしてるらしい。
周囲に沢山ある人魂は害を出せないくらい弱々しいものばかりだったが、それが塊りとなって徐々に悪いものを膨れ上がらせていく。

急にうずくまってしまった原さんと谷山さんは、どうやら目で見えない景色を見てしまったらしい。
夏に自殺したという坂内くんが、黒い集合体に取り込まれていった。
体を持たない魂とか精神だけの存在は、ああいうのに混ざってしまったらもう、二度と戻ることはできない。

「僕、レポート用紙切らしたので出かけて来ますね」
律は思いっきりがくっとなる理由を作って、深刻な顔をしていた霊能者たちのいるベースから出た。司ちゃんは呼び止めながら、律と渋谷さんたちのどっちについてようか迷って俺たちの方へついてくる。
「あんたこんな時に何言ってんの!?」
「ちょっと行きたいところがあって」
「レポート用紙買いに?なんで準備しておかないのよ!」
みんなも呆れつつハイハイお前は関係ないもんなって顔で送り出してくれたが、司ちゃんはさすがにそうはいかない。
いとこだし、空気読めって思うよな。俺もあのセリフはないわーと思う。
「違う、神社」
ぎううっと胸ぐら掴んで振り回された律は慌てて司ちゃんに言い繕う。
それなら、もうちょっとマシな言い方があったろうに。
「神社?」
「ヲリキリ様っていうこっくりさんが流行ってるって言ってたよね。それを捨てに行くのが神社だって」
「ああ、たしかそんなこと。でもたかがこっくりさんでしょ?」
「昨日、玉霰が言ってたんだ」
「へ?」
律についてた俺が思わず首を傾げたら、司ちゃんも俺の姿に気づいてこっちを見た。
「玉ちゃんが?」
俺なんかいったっけ。
「生徒が霊を喚んでいるんじゃないかって、いったろ」
「ああ。でもあれ……松山の顔を見たらわかるけど、───あいつが呪われてるんだよ」
だから降霊会をしてガンガン喚んでる、とは言えないと思ったんだけど。
そもそもあれは半分冗談のつもりで……。
「松山って今朝のやな教師?」
「そう」
律は短く答えて校門を出るとすぐ曲がる。近くに神社があることは地図で見て調べていたらしい。
「じゃあ、いろんな生徒に呪われてるってこと?それが、ヲリキリ様?」
「見てみないとわからないし、こっくりさんで霊を呼び出して呪いに使っているなら、生徒全員がグルか……あとは知らないで、参加してるかだよ」
「ひ……ひどい」
司ちゃんは思わずといった様子で呟いた。
「だから僕たちにできることはほとんどない。刺激しないようにして、それで───どうしようもないよ」
「使った紙を燃やしても、霊は帰らないの?」
「たぶん」
迷いなく進む足はやがて神社の境内に届いた。
律は俺と司ちゃんをチラチラ見てから、ちょっと行ってくるといってかがんだ。
待って待って、俺はお着物来てるけど別に汚れ気にしないし、小さいから縁の下も入れるよ。
コートの裾をぐいぐい引っ張って引き止め、俺が代わりに入り込んだ。

案の定こっくりさんに使うみたいな紙は出て来た。あるだけ持って来てみたけどこれが全部とは言い難いなあ。
「これが呪符……?」
「そうだね」
五十音とはいといいえが書かれる体裁がそう思わせるだけで、鬼という文字で象られた円や、妙な印からは他意はないのに確かに害のある匂いがする。
「こわ……」
これを無自覚にやっていることにも、流行っている現実にも、今この学校で起こっている事態にも、戦慄した。
「ねえ、律これ本当に松山先生が呪われてるの?」
「うーん、僕……梵字は読めないんだけど、これ多分人の名前だ」
呪いなので青嵐は食わないし、俺も倒せない。
間違いなく命を狙って作られたらしいこのタイプは、呪符を燃やしてハイ終わりというわけにはいかなかった。
その呪いを施行した相手へ返すか、呪いによって降り注ぐ難を相手が受け入れるか……だ。

学校に帰ると、レポート用紙買えたのねハイハイって顔はされたけど、律は全然視線に戸惑わずに笑顔だった。一周まわって尊敬するわ。
「この中で呪いに詳しい方はどなたですか?」
ぱ〜っと手を軽くあげる律。ハート強い。
周囲の視線が突き刺さり、しいんとした空気になった。
みなさん、これ律の特技なんです。
「どうかしたんですか」
渋谷さんは元から無表情なので、変わらない様子で口を開いた。
律はそっとヲリキリ様の紙の束を差し出す。安原くんや滝川さんは見覚えがあったみたいであっと声を漏らして覗き込んで来た。
「ヲリキリ様の紙───これが?」
「学校の生徒のほとんどが参加してると聞きましたが確かですか?」
「はい」
律が聞くと、渋谷さんは安原くんの方を見る。そして安原くんは神妙な顔つきで頷いた。
「僕も詳しいわけじゃないんですけど、これは呪符の一種だと思います」
「呪符……?───リン」
リンさんがゆっくりと立ち上がる。いつも話を聞いてるのか聞いてないのかわからないくらいこっちを見てないし、作業に没頭してるようにみえるけど、意外とちゃんと聞いてたらしい。渋谷さんの手から受け取った紙をみて、すぐに眉を顰めた。
「こっくりさんに使う風に作り変えられてはいますけど、このへんとか、見覚えがあります」
「見たことがあるのですか……?」
「まあ、ちょっと前に」
リンさんはちらりと律に視線をやったけど、深く話すつもりはない様子にあきらめて口を閉ざす。そして渋谷さんの方を見て頷いた。
「飯嶋さんのいう通りこれは呪符です」
「えぇ!?」
松崎さんはリンさんが肯定したことにより驚いた。
律の発言じゃ本気にはしてなかったみたい。まあ律なんて普通の大学生にしか見えないしな。

松山が呪われていると確定した瞬間の、みんなのなんとも言えない顔は言葉で言い表すことができない。ただ、けして喜んでる顔ではなかったのは確かだ。
「これは破ることのできる呪法か?」
「いいえ、できません。数も多すぎる」
「ほぼ全校生徒がやってるっていうもんね」
リンさんと渋谷さんの会話を聞いて、松崎さんは少し考え込むように呟いた。
滝川さんはううんと唸り首をかしげる。
「じゃあ大人しく松山に呪いがいくのを待つっつーわけか?学校中の被害は全部このヲリキリ様が原因なわけだろ?」
「あれが一つになって松山先生に行くゆうたら、とんでもないことになるんやおまへんか?」
ブラウンさんの言い分はもっともだ。
「一つになる───そういうことか」
「へ?」
渋谷さんはきょとんとした谷山さんの方を向いて、蠱毒だと呟いた。
今学校内では蠱毒が行われているらしい。
壺の中に蛇やムカデなどを複数封じ、喰い合いをさせて最後に残った一匹を呪いに使う手法。
わずかな金銭と蠱を呪い殺したい相手に送りつけると、その蠱が新たな飼い主を喰らう、というわけだ。
本来は呪い殺すためだけにヲリキリ様が行われていたが、普通の子供達の力でできるのは程度がしれている。けれど爆発的大ブームとなって学校中の生徒が試すこととなり、下手な鉄砲も数打てば当たるというわけか、大量の呪いの粕が蔓延した。
かつて見た、なにもできなさそうな人魂は、融合し、徐々に力を増していく───と、いうわけだ。
考案者は蠱毒になるまで考えていたのか、果たして真相は……蟲の肚の底である。


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おじさんと玉ちゃんが二人で、あれは食えない、倒せないって口を揃えるシーンも想像してたんですが出せなくて残念です。
May 2018

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