Sakura-zensen


春にふれて 02

なんたって一回大人になって、二回目は忍者にもなった俺にとって小学校はただの息抜き場だった。子ども達と遊ぶのは結構楽しかったし、学校の授業は退屈だったけど、ちゃんと聞いているとなかなか面白い。全てが分かることばかりじゃないので、今更新しく知る事だってあるわけだ。
家ではばーさまがいつも口うるさいので学校は本当にとっても楽しかったと言える。残念ながら放課後お友達と遊ぶ時間はないけど。

家に帰るとばーさまが待ち構えていて、まず連絡帳を確認する。それから今日の宿題をするようにいわれて、済ませたら洋服を着替える。
俺はいまだに着物と前掛けで仕事をしてるのだ。メイド服より大分気持ちが楽なので嫌だと思ったことはない。着慣れているので着崩さない動きも頭に入ってるし、着付けだって上手になった。
「サクラさん、今日からお屋敷で手伝いをしてもらうことになりました」
「ほ?」
「返事は、はい」
「はい……三年生になったらじゃ?」
宿題の後着替えてばーさまに今日のお仕事内容を聞きに行ったらそう言われ、俺はぽかんとしてしまう。まだ小学校に入って一年経ってない。だいたい三年生か四年生になったころには手伝ってもらいますよと最初に言われていたので、俺は首を傾げてもおかしくはない。
「もとよりそのつもりでしたが、おまえにはもう十分家事を教え込みましたからね」
覚えが早いと言われているのかな、これは。
まあ俺は普通の子どもではないし。
「それに、佳代さんが急に腰を患ってしまって、長く休む事になったのです」
「え、佳代さんが?」
佳代さんとはばーさまよりも若いがメイドの中では最も古株でベテランの人だ。のほほんとしていて、おおらかにみえるが人一倍仕事が早くて完璧。一人辞めたくらいでどうにかなる体制ではない筈だけど、佳代さんは本当十人力だったので、その仕事を引き継ぐメイド達は大変そうだ。
そのため俺が少しでも雑用を手伝えるようにと、お家にあがるのを早めたらしい。

まず改めて奥様に挨拶をしに行くことになった。ちなみに旦那様はお仕事で不在なので後日だ。そもそも佳代さんが休む事になってすぐ、旦那様に許可を貰っているそうだけど。
奥様は坊っちゃまの付き添いの習い事から帰って来たところで、お茶の準備を待っていた。
「あら、たまさんにサクラさん」
ばーさまはメイドからお茶のセットを受け取り、俺に持たせて奥様たちの居るお部屋へ入った。俺達二人の姿がある事は稀だから、奥様は少し驚きの表情を浮かべた。けれどすぐ、俺が持っているお茶のセットを見てぱあっと明るい顔をした。
「サクラさんはとうとううちでお手伝いをするようになったのね?」
「はい、奥様」
「征十郎、良かったわね、お姉さんが来ましたよ」
「え」
俺はその言葉を聞いて微妙に固まっていた。
どういう意味で言ってるんだろう。お姉さん代わりにして遊んでもらいなさいってことかな、メイドは中年のおばさんが多いから言ってるのかな。奥様は後者のような事を言わないだろうから前者だろうけど、それはそれでどうかと思う。だって俺は使用人だし。
「サクラおねえさん」
「えっと、そんな……サクラとおよびください坊っちゃま」
「でもサクラさんと征十郎は歳が近いもの。姉のように接してほしいわ」
ばーさまたすけて。ちろっとばーさまを見ると、難しい顔をしていた。おっと、いつもこんな顔だった。
ため息をそっとはいて、ばーさまは口を開く。
「でしたら、姉やとおよびください坊っちゃま」
姉さんでは姉と間違えられるだろうけど、姉やなら一般的に歳の若い女中に対する親しみを込めた呼び方……ってわかる人はわかるかな。
いやあ、どうなの。ばーさまってば相変わらず古い。
奥様はばーさまの堅苦しさもわかってるので、俺に無理をいうことはなかった。

こうして俺は正式にお手伝いさんデビューをして、坊ちゃまに呼び名を与えていただき認識を得た。
まあ普段はもっぱらお掃除とお片付けとお洗濯だから、習い事の多い坊っちゃまの身の回りの世話をすることはないけれど。
むしろ奥様がよく俺を気遣ってくださって、おやつに時々呼ばれる。
今日のおやつはロールケーキなのよとか、美味しい紅茶の葉をいただいたの飲んでって、とか言われるとたじたじしてしまう。一緒にお茶しましょう程度だったら仕事がありますので、仕事中ですので、と言えるんだけど。奥様メニューまでおすすめしてくるから本気度がちょっと高い。
ふええおいしそうだよう、と足を止める俺も俺なんだけど。
そんなこんなで俺は奥様とティータイムをすることもしばしば。ここの使用人はみんな俺を可哀相な子どもだと思ってる節もあり、おやつを一緒にしていても生暖かい目で見てくれる。
「サクラさん、学校生活はどう?」
「つつがなく。坊っちゃんは最近ピアノも始められたんですよね、楽しいですか?」
「楽しいよ、上達したらねえやも聴いてくれる?」
「もちろんです」
これでも俺は仕事に対する熱意はあるほうなので、なるべくなるべーく奥様のお誘いには乗らないようにしてるんだけど、この日は坊ちゃまがいらっしゃるというから速攻で頷いてしまったわけだ。習い事でお忙しい坊っちゃまと奥様の大事なティータイムを邪魔するのも考えものだけど、俺だって坊っちゃまとお話したい。
「サクラさんはたまさんからお琴を習ったのよね、他に楽器はおできになるの?」
「習ったと言ってもさわりだけです。練習はあまりできないので、楽器はとくに」
首を振ると、奥様はそうと頷いた。
お琴に関してはばーさまが持ってたから触らせてもらっただけで、必修科目というわけでもなかった。
「———はっ、ちょっと失礼いたします」
ばーさまの気配がする!?
俺は持っていたティーカップをソーサーに乗せて、テーブルの上を整える。あたかもお二人でお茶をしているかのようにセッティングを終えるまで、坊っちゃまが瞬きを一度するくらいの時間しかかからない。
「ね」
「失礼いたします、奥様、坊っちゃま」
厳格な低いしわがれた声とともにドアが開けられた。俺は瞬時に姿を消したのでバレてない。ハズ。
「た、たまさん?」
「ご休憩中のところ申し訳ございません、サクラの姿を見かけておりませんか」
いつも以上にはきはきした様子のばーさまに奥様は目を白黒させていた。坊っちゃまはねえやと言いかけてたがあまりの事に口を閉じる。よし、そのまま何も言わないでくれ。
「サクラさんは先ほど廊下でみかけたけれど。お掃除をしていて」
「そうでしたか……まったくあの子はどこへ行ったのやら……」
「たまさん、私がお買い物を頼んだの、手があいたときで良いからと。その所為で出掛けたのかもしれませんから、あまり責めないでやってくださいな」
「わかりました」
ばーさまはきっと口を結んで、恭しく頭を下げて部屋を辞した。
奥様は初めてじゃないので、嘘も言わず本当の事も言わずに誤摩化す。さすが!いや、ぶっちゃけ事の発端は奥様……違います仕事をさぼってる俺が悪いです。
ぱたん、とドアが閉じられた後俺はふうとため息をついて、身を隠していた所から出た。手には自分用のお茶と小皿にのったおやつがある。
「サクラさん相変わらず……どこに隠れていたの?」
「ないしょです」
ドヤ顔を浮かべながらもとの場所に座る。
「どうしたんです、坊ちゃん」
ぽかーんとしっぱなしの坊っちゃまにへらっと笑うと、ようやく我に返る。
「たまさんがくるの、どうやって分かったの?」
「気配です」
としか言いようがないので素直に言った。まあわからんだろうな。
「……ねえやはとっても耳が良いんですよ、坊ちゃんが学校から帰ってらした足音も、ピアノを練習している音も聴こえるんです」
「!」
坊っちゃまはもじもじをはじめた。
「上手になってから聴いてほしかったな」
「いまでも十分お上手です」



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態度はちゃんとしてるけど、堅苦しくはない感じで接しています。
呼び方、話しているときは坊っちゃん、文章中やかしこまるときは坊っちゃまです。
Mar 2017

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