Sakura-zensen


春にふれて 03

俺が小学校6年生になると、坊っちゃまが1年生に入学してきた。
いつも歩いて小学校に通っていたんだけど、今年はついでだから乗って行きなさいと旦那様に許可を頂いてしまった。
「今年から同じ学校だね」
「そうですね、とても楽しみです」
入学式の日は別として、その翌日からの登校に際し同じ車に乗る俺は坊っちゃまの隣に座っていた。ランドセルをお膝の上に乗せている坊っちゃまは、それを撫でたりしながら外や俺の方をちらちらみた。坊っちゃまも学校楽しみなんですね、なんとお可愛らしい姿か。
「学校で困ったことが起きたら先生やねえやに言ってくださいね」
「うん」
「慣れない事が多いと大変でしょうけれど、最初の1年はねえやがいますから」
「1年かあ……みじかいな」
ぶらぶらと足を投げ出した坊っちゃまは、ぽつりと呟いた。
驚いた。まだ6歳の坊っちゃまから1年が短いっていう台詞が出てくるとは思わなかった。大分長いはずなんだけど、子どもの1年って。
「小学校は6年間ありますからな」
「うん。折角ねえやと一緒に通えると思ったのに」
運転手の岡崎さんが分かった様子でしみじみと言ってくださった。なんと、坊っちゃまはすでに客観的な視点を得ていたのか。
ていうかもっとねえやと学校通いたいって聞こえるんですけど。ねえやは今すぐ小学校に入り直したいです。

坊っちゃまは別に俺を頼ることはなかった。まあ小学校にはいって特定の人物を頼らなくちゃいけない事案なんてないがな。校内には誰かしらいて、移動教室なんて滅多になくて、同級生はみんな初心者だもの。
毎日が習い事ばかりの坊っちゃまは、学校では同級生達と笑っていた。俺はそれを遠くで見てほっとした。
落ち着いてから開かれた新歓は、一年生一人につき六年生一人がついて入場する。ほら、サッカー選手の入場みたいな。
当然俺はぼっちゃんのペアの座をぶんどった。造花のアーチをくぐって入場することになっていて、周りの子ども達はそれにそなえてそっと手を取り合う。
「ねえや」
「は……え」
坊っちゃまは肘をくっと曲げた。ダンスパーティーか……そうじゃないんだ。
そこに手を通して入場するのは、間違ってないんだけど、今は違う。
「坊ちゃん、こういうときは普通に手を繋ぐんですよう」
周りを特に見てなかったのか、俺が手をきゅっと握ると、慌てて周りをきょろきょろしていた。
坊っちゃまの坊っちゃまみがこんな所で露になるとは思わなかった。普通にしてたら結構普通の子に馴染んで見えるのに。
「いやでしたか?」
「いやじゃないよ」
坊っちゃまはちょっとだけ俯いて、俺の手をきゅうっと握り返した。

それにしても1年間は本当に短かった。
俺にとっては当たり前なんだけど、やっぱり楽しい時間は早く過ぎると言うもので。
高学年と低学年ではどうしても下校時刻が違うために帰る時間は別になり、当然お迎えはない。だから坊っちゃまと緒に居られた時間はすくなかった。それでも廊下ですれ違ったり、昼休みに坊っちゃまが俺を見つけてお話してくれたり、そういう時間は存在した。
「行こうか、ねえや」
少しだけ背が伸びた坊っちゃまは、卒業式前の送別会で俺のエスコートをしてくれた。すっと手を出してくるので、ふへっと笑って握り返す。
「……早い1年でした」
「そうだね」
造花のアーチをくぐって、分かれ道まで案内した坊っちゃまは、名残惜しそうに手を離した。
坊っちゃまと一緒に学校に通えるのはこれが最後だ。中学校は重ならないし、そもそも俺はいつまでも赤司の家に居るとは限らない。
はじめのうちから気づいても良いものだけど、最近まで考えてなかった。
ばーさまはもう64歳、本人は70まで働けるとか言ってた気がするが、つまりあと6年だ。俺が18歳になるまで頑張るつもりなのかもしれない。それは助かるが、その後はどうなるのかわからない。なんなら高卒で働いてもいいし、奥様が口利きしたら俺はずっと使用人が出来るかもしれないが、それが良い事とは思わない。
ばーさまと話をする節々から、大学にまで行ってほしい感じはする。
多分俺達は赤司の家を出ることになるだろう。さびしいなあ、坊っちゃまとお別れするのは。
しみじみしながら、6年間の思い出写真を映し出すスクリーン眺めた。残念な事に、そこに坊っちゃまはいない。


家に帰ると、中学校の制服が届いたとばーさまに言われた。
地元の公立中学の黒いセーラー服をみて、呆れとちょっとしたよろこびを感じる。俺はまだ、サクラとしてこの家にいられるのか。
ははっと笑った俺はそれを持ちあげながら眺める。
「着てごらんなさい」
「?はい」
俺はばーさまに言われた通りに着替える。セーラー服姿の俺を上から下まで眺めて、相変わらずきつい顔をしながらも、大きくなりましたねと言われた。
「うん、ばーさまの身長もすぐに越すよ」
「そうかもしれませんね、おまえは男の子ですから」
「ははは」
私室なので、もちろんそんな話をしても誰にも聞かれていない。
「俺、いつまで女の子してればいいの?」
「わたしがこの家に居る限りは、そうでしょうね。……苦労をかけます」
「え」
まさかばーさまが俺にそんなことをいうとは思わなかった。
「なにいってんのさ、ばーさまのが大変だろうに」
「わたしに大変なことなどありますか、やっていることはおまえが来ても来なくても変わっていませんよ」
「でもお金はかかるでしょう?俺なるべく早く働くよ」
「そんな事しなくても良いんです。金銭的な問題などありはしません。まさかこの家の使用人になろうなど考えていませんね?」
そこまでは……ほんのちょろっとしか考えてなかったけど。
「良いですか、おまえには普通の使用人と大差なく教育を施しましたが、それは今のおまえを守る為に必要なことだからです」
「はい」
俺はセーラー服のまま正面に座った。
「今後の人生で必要な基礎となるものも全て躾けました。使用人になる為ではありません、おまえがおまえの生きたい道を生きるためです」
「はい」
「わたしだってほんとうは」
詰襟を用意してやりたかったのですよ、とばーさまは小さな声で言った。
この人本当になんというか、不器用というか、難しい人なんだなあ。
母さんが合わなくて別れたのもわかるけれど、ばーさまのこういう所まで知っていたのなら別れなかったんじゃないかなあとも思う。それとも、むかしのばーさまはもっと厳しかったのかもしれない。母さんと別れて、年をとって、こうして性格が変わったのかもしれない。
どちらにせよ俺は、ばーさまに引き取ってもらえて良かったなあと思う。
「大丈夫俺、セーラー服嫌いじゃないよ」
「何を言ってるんです」
ばーさまはちょっとだけ笑ったような気がした。



next.

ぼっちゃんとねえやも書きたかったけど、ばーさまとサクラくんも書きたかったんです。
Mar 2017

PAGE TOP