Sakura-zensen


春にふれて 10

毎年、桜の開花に皆浮き足立つ。待ち遠しいのはわかる。
春は幸せの色と似ていた。

桜の花が散り始めた頃に、入学式を迎える。
もう車での送迎は頼まないことにして、歩いて学校へ行った。姉やは毎日歩いて学校へ行っていたっけ……。そう思ったら、オレも歩いてみたいと思った。
二人で並ぶ事も、姉やの通った道を辿る事も叶わないけれど。

母の死を経て、父は厳しさを増した。おそらく悲しみを紛らわそうとしているのだと思う。
オレは重圧に屈する事ができなかった。倒れてしまったのなら、きっとどうにかなったのかもしれない。けれど自分の力でどうにかなるうちは、立っていたいと思ったのだ。
唯一の憩いであるバスケットと、母と姉やの思い出を糧にして。

オレの心を彩る人達はもう思い出の中にしか居ないけれど、バスケットはいつもそこに在り続け、オレを楽しませてくれる。
入部早々に一軍入りを果たした。先輩や同輩たちは概ね良い人たちだと思ったし、マネージャーや教員、監督にも不満はない。常に上を目指す姿勢は嫌いじゃなかった。
夏の大会はあまり出番がなかったが、自校が優勝を果たす感覚はやはり良いものだ。いずれもっと大きく関わって行けることは、緊張もするが楽しみでもあった。

ある日の練習後にマネージャーの桃井と軽く話をしていたところに、虹村さんがやってくる。大抵一年のまとめ役をやっているオレに用があるはずなのに、彼は桃井を呼んだ。
「桃井、お姉さんが来てるぞ」
「え?わたしの……?」
桃井は普通とは違う驚き方をした。すぐ傍に居た青峰も訝しげに首を傾げる。
「わたし、ひとりっこ……なんですけど」
「は?」
虹村さんは硬直した。桃井の幼馴染みだと言う青峰も姉は居ないと言ってるので、心当たりは全くないのだろう。
「桃井じゃないのか?」
「どういうことですか?」
まさか不審者かと思いながら、詳しく聞こうとすると虹村さんは慌てた様子で後ろを見る。その先には誰もいない。

虹村さんは体育館からでて外を歩いていた所に、件の人物と他の部員が居る所を見かけたらしい。
なんとなく話を聞き流して居た所、対応していた部員が慌てて虹村さんに声を掛けて、桃井はと問うので呼びに来た、というのが経緯だった。
「どんな人でしたか?私の名前を言ってたんですか?」
「いや、多分見た目で……髪色が同じだったんだよ」
「はあ」
桃井は長い髪の毛を指でくすぐる。確かに、ピンクの髪色は珍しいだろう。
「そういや、桃井とは言ってなかったな。部員が早とちりしてたんだなあれ」
おもえば、その人も歯切れが悪く、止めようとしていたそうだ。虹村さんがそれでも足を止めなかったのは、遠慮だと思ったからだろう。
「身内のようなもので、って言ってたからお姉さん、でもないな……てっきり血縁かと思って」
彼はもう一度聞いてくると背を向けたが、周囲が騒がしくなる。
向こうから、部員が一人走って来て虹村さんに声を掛けた。違ったといってるので、多分会いに来た部外者に対応していたのがその人なのだろう。
ついて来ていたらしい来客は、ピンクの……桜色の髪をさらりと揺らして角から顔を出した。
「───ねえや」
騒がせた事で深々と周囲に頭を下げていたが、オレが呟くとすぐにこちらに顔を向けて微笑んだ。
やっぱり、見ない間にまた少し大人びた。
柔らかく動いた唇が、いとおしげに、きっと坊っちゃんとオレを呼んだ。ここからだとオレに声までは聞こえないけれど。
歩み寄ると、姉やは白い歯を見せて笑みを濃くした。
「どうしてここへ?」
「すこし、お姿をみたくって……ごめんなさい」
「声をかけないつもりだった?」
「う、……はい、でもあわよくばとは……」
もじもじ体を捩ったり、口許を隠してもごもごする所は子供っぽいままだ。
「赤司の知り合いだったのか」
「すみません、呼びに行かせてしまって。桃井さん?も、急にごめんね」
「あ、いえ!」
姉やは虹村さんと桃井に頭を下げた。
「春野といいます、征十郎さんには以前お世話になってまして……」
「そうだったんですか、こちらこそすみません」
虹村さんは部員とともに早とちりしたと謝っている。
今日はもう通常の練習を終えているので自主練はせずにこのまま帰ろうと決めたが、姉やはすぐに帰りますからと言葉を続ける。
「え、帰っちゃうんですか?」
「……うちにはよる?」
桃井が驚きの声を上げてからオレをみる。姉やは無言で首を振った。
「帰りのチケットをとってるとか?」
「───大きくなりましたね」
「ねえやこそ、相変わらず背が高いんだな」
しみじみといわれて、少しだけ話がそれた。
まだオレは身長を超せていない。
「また、会いに来ますから」
「今度はオレが京都へ行くよ、別邸もあるし」
引き止める事は出来ないと悟り、一歩離れた姉やを追って足を踏み出すのはやめた。
彼女は何故だか困ったように笑って、頭を下げた。お元気で、と言葉を残し、周囲の人達にまた騒がせて申し訳ないと謝ってから走って行ってしまった。
「不審者じゃなくってよかったね〜」
「そうだな」
「並べてみると、髪の毛の色違かったしな」
黙ってみていた紫原と緑間が声を上げて体育館に戻っていくので、青峰がそれに続く。桃井と虹村さんは確かにと同調した。
「桃井より淡いんだ……サクラさんは」
「サクラ……たしかに、桜色って感じだな」
虹村さんが彼女の名前を復唱して、思い返すように上をみながら呟いた。
「つーか、どういう知り合いなんだ?ねえやってなに?」
「小さい頃うちにいた……ばあやのお孫さんです」
「なるほど、だからか」
姉やの態度や呼び方を、皆あっさりと理解してくれたのでそれ以上口にはしなかった。

刹那の逢瀬は、脳裏で何度も思い描くだけだった。
記憶の中にしかなかった淡い少女の像はすこしだけ色を濃くした。大人になったサクラさんはオレを見て、オレのかすかな声を拾って、嬉しそうに笑う。どんどん現実味がなくなっていくが、記憶は薄れなかった。
会いに行くと言いながらも部活以外の時間はほとんど自由が効かず、京都へ行く事も叶わない。
何よりも楽しかったバスケットが違うものに成り果てようとしている中、色あせない記憶の中にある、もう変わる事のない母と、淡い花を夢見てうつむく。

あれから何年経ったのだろうか。
身長は追いつけたのだろうか。
わからないまま地面を見ていたら、足元に桜の花びらがひらりと落ちる。
もう春なのか。そう思いながら形だけは前を向いた。



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ねえやって呼べる時期短くないか?尊い
ぼっちゃんがねえやに「ねえや」って呼びかけるシーンがかきたかったし、それを同級生に見られてえっとなるシーンがかきたかったし主人公がねえややってるところを他の人に見てもらいたかったんです。
〜今度はオレが京都へ行くよ、ヤックルにのって。〜
May 2017

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