Sakura-zensen


春にふれて 13

大学生の俺と、部活関係なくいつでも忙しい征十郎さんの時間が合うことはほとんどない。
冬の終わりの雨の日、見にいこうと約束した桜はいつの間にか散っていた。ほんの少し寂しいなとは思ったけど、学校生活が始まったばかりで、環境に馴染むためにも征十郎さんはやることが多いんだろう。
新緑の季節はあっという間にやってきた。
征十郎さんはゴールデンウィークの時間が空いた日に俺を誘ってくれた。その日は午前だけで部活が終わるそうなので、昼食を一緒にしようと。別邸にはシェフもいるので外食する必要もなく、久しぶりにゆっくり話ができる。
俺はその日1日予定を空けたので、征十郎さんの学校まで行くことにした。
征十郎さんは部活の後に車で家によると言ってくれたけど、部活動してる姿が見たかったのでお願いしてみた。
そしたら監督に許可を取ってくれたので、体育館の二階で待つことを許された。

一緒にパスの練習をした日が懐かしい。
あの頃の俺はセーラー服を着てて、詩織さんに見守られながらきゃあきゃあ遊んだものだ。
本来なら関わることのない相手だったし、ほんのわずかな時間だけしか遊べなかったけど、今でも宝物みたいな日々だと思う。
今ではどうだろう、と考えながら柵に肘をついて見下ろす。
あの家にいた頃はどうしても、坊っちゃまという印象が強かったし、幼くてあどけない方だと思ってた。でも今は普通の高校生のように思う。たいして使用人らしくはなかったが、無関係になったからより気楽になれたような。
だからといって、普通の友人という感じもしない。歳が離れてる認識は多少あるけどそこを問題にするつもりもなくて、やっぱりまだ俺は征十郎さんに対してとくべつな感情が抜けてないんだと思う。
幼い頃からずっとずっと坊っちゃまを大事に思ってた。そして、その大事に思っているとくべつな感情を、普通の友人になるために捨てようとは思えなかった。

部活動の終了時刻になって、監督のところに集まった選手たちが礼をしていたので階段をおりた。体育館のわきを歩いて征十郎さんの方へまっすぐ向かった。
「せ」
「征ちゃん、おつかれさま」
誰かが親しげに彼を呼ぶ。
今までも彼のお友達をみかける機会はあったけど、随分可愛らしい呼び名だなあと口を閉じた。
呼びかけたのはとても背の高い人で、涼やかな顔立ちの美人さんだった。体躯に似合わずたおやかな喋り方で征十郎さんに話しかけている。
歩きながら軽く返事をしていた征十郎さんは俺の方にやってくる途中、気づいて顔をあげる。それにつられるようにして、お友達もこっちを見た。
「おつかれさまでした」
「あら?」
「ああ、おりてきてたのか」
「監督さんにご挨拶をしようと思いまして」
「行こうか」
頷いて、征十郎さんは踵を返した。そのお友達放置でいいの?と思いつつも俺は軽く会釈して征十郎さんを追いかける。
後で挨拶し直そう。まずは許可してくれた責任者の方に挨拶しないと。もちろん来た時もしたけど、帰りの挨拶も大事だし、監督が体育館を去る前にしないといけないのだ。

監督に丁寧に挨拶をした後、また来た道を行く。体育館にまだいる選手たちは俺たちにちらちらと視線をやるけど、征十郎さんは一瞥もしないもんだから黙って後ろをついて行くしかなかった。
「ね、ねえ、ねえ」
ちょんちょんと肩をつついてみると、征十郎さんはん?と振り向く。
よく考えたらこの人一年生だし、堂々と部外者一人連れて歩いてるけど大丈夫なのか?お世話になってる先輩とかに挨拶とかした方がいいのでは。前も俺、先輩を通したし。たしかあの時主将がいたはず。
「部員の子たちには挨拶しなくて平気ですかね、主将とか」
「問題ないよ」
顔を寄せてヒソヒソ話しながら周囲を見ると、今度は向こうが目をそらした。
「あれ〜赤司その人誰?」
その時、俺たちの背後から元気な声が聞こえて来る。
いい感じに親しみのこもった発声で、ほっとしながら振り向いた。小太郎、と小さな声で呼ばれているのを耳にする。同級生かな?
「こんにちは」
「こんちは、赤司に連れがいるなんて珍しいじゃん」
入学してわずか一ヶ月で珍しいも何もと思ったけど、部外者連れてる人自体が珍しいだろうからあながち間違いじゃないのか。
「彼は葉山小太郎、こっちはさっき話してた実渕玲央」
征十郎さんは曖昧な返事をして、さらりと紹介をしてくれた。
葉山くんのそばにはいつの間にかさっきの子もいた。そして今度は遠くを指差して、あれは根武谷永吉、と特定の人物のみ名前を知らされる。この三人が二年生でスタメンらしい。あと征十郎さんも当然そうだとか。
「え、それだけ?」
「他になにか?」
俺は簡潔に終了した征十郎さんの仲間紹介にびっくりしてしまった。他に誰を紹介してほしいとかはそりゃ、ないけどさ。
っていうか堂々呼び捨てにしてるの上級生じゃないの。
「それで、この方は?」
「この人は春野さん。実家に勤めていた使用人のお孫さんで、今はこちらの大学に通っている」
「あら、そうなの」
実渕くんがまあと声をあげて俺の顔をまじまじと見た。
「祖母と一緒に住み込みさせていただいてたので、幼い頃から顔を合わせてたんですよ」
「へえ〜。部活見に来るってことは仲良いんだ」
「そうだな」
「ですね」
俺と征十郎さんは普通に頷いて顔を見合わせる。
実渕くんも葉山くんもふーんふーんと、興味なさそうな返事をしながらも、興味津々でこっちを見てた。
聞きたいことがあるなら聞いてくれても構わないけど……と思いつつも征十郎さんの汗がすっかり引いてるのに気づいたので話を一旦切り上げた。
「着替えて来たら、征十郎さん。お車、もうついてるでしょうし」
「ああ。待合所はわかるね?」
「ええ、そこで待ってますよ」
タオルを片手にあっさり征十郎さんは去っていった。
あれ、やっぱり先輩に会釈もしないの?ちょっと心配なんだけど。監督には去り際に会釈してたけどなあ。
「あの」
「は、はい」
俺とともに征十郎さんを見送った、というよりも捨て置かれた、二人の先輩の方をふりむく。ぽかんとしていたところだったので、振り向いた途端に引きつった声をあげられた。
「監督にしか挨拶できてないんですけど主将さんは?」
「主将は赤司だけど、知らないの?」
「驚いた、一年生なのに」
「まあ、征ちゃんは特別よね」
なんとなく、上級生にも堂々とした振る舞いをしているのに納得がいってしまった。しかしまあそれでいいのかと思わないでもない。
顔を見合わせてた二人は、やっぱり俺に何か言いたそうにしている。征十郎さんは着替えをして出て来るのにそう時間はかけないだろうけど、何か?と聞くくらいならいいか。
「あの、春野さんっておいくつ?」
「21歳ですけど」
「え、若っ」
「うそ……」
「ん?」
実渕くんと葉山くんの反応に俺の方が驚く。
「赤司って誰にでも堂々としてるし、監督とか教師とかは別として基本的に呼び捨てなんだよなあ」
それ俺も思った〜と言いたいところだけど、そういえば征十郎さんは俺のことはさんと呼んでたっけ。だからうんと年上の人と思ったのかな。
でも、もともと年上の人を呼び捨てにする子じゃない。
「昔から、礼儀正しくおとなしい子でしたよ。だからぼくにはずっと、そうなのかもしれませんね」
「いくつのころから征ちゃんと?」
「ぼくがちょうど5歳の時なので、生まれた頃から。かあ〜わいいんですよう」
やだも〜と手をぷんぷんしたら、実渕くんも両方の頬をおさえた。や〜ん、見てみた〜いとのことだ。
葉山くんは想像できねえといってたけど。

「話してたのか」
着替えを終えるまでに待合所にたどり着いてたけど、すっぱり言い当てられた。どういうことなんだ、と思ったけどまあいいや。
「少しだけね。21歳っていったら若いってびっくりされちゃった。俺って老け顔なのかと思ったけど」
「まあさんは、話し方が落ち着いていて、しっかりしている思うよ。敬語が板につく」
実際はそういう理由じゃなかったんだけど、征十郎さんの言葉にそうかと同意しておく。
たしかに、若いのにしっかりしてるねって言われる。まあ大人だもの。
「その敬語、柔らかくて嫌いじゃないが、たまに邪魔になるな」
「へ」
俺は征十郎さんを不快に、はわわ、と思ったけど本人はゆるく笑っていたので多分そんなに怒ってないだろう。
そもそも征十郎さんに怒られたことないや。むすっと拗ねさせたことはあったけど。
「使用人特有の響きがあるね」
「あ、あーたしかに、そうかも、自覚してます」
ぺちっとおでこを叩いて、手の隙間から征十郎さんを見下ろす。
俺の周りにいたのは使用人たちばかりだったし、おばあちゃんがそうだったので、同じように接してた。
「やめた方がいい?」
「嫌いじゃないって言ったろう、強要はしない」
「じゃあてきとうに」
「それで良い」
敬語は尊敬のあらわれでもあり、砕けた口調は親しみのあらわれでもあって、どちらもなくし難い。それをわかってくれてるんだろう征十郎さんに感謝しつつ、俺はとくに言葉を直さないことにした。



next.

主人公はその場のテンションで口調がころころ変わります。
June 2017

PAGE TOP