Sakura-zensen


春の雫 02

───なぁんか、律が体調崩している気がする。
不思議な電波を受け取りそう呟けば、開さんがぎょっとして俺の顔を見てきた。
「……なんでわかるの?」
「なんとなく。会いに行かなくちゃって感じがして」
「へえ」
あれ、なんか引かれてる気がする。
開さんの顔を見返すと、そっと目をそらされた。別にそこまで律と繋がってるわけではないので、弁解させてもらいたい。

結局、ちょうど実家に用があるって開さんが言うので、飯嶋の家に顔を出すことにした。
そしたらやっぱり律は寝込んでいるという。
部屋に様子を見に行くと、開さんは高熱に魘される律にヤダと手を叩かれていた。
え、拒否されたらヤダなー、と思いながら触れずに手を翳すと、それだけで熱を感じる。
「玉霰はどうする?」
「泊ってもいい?心配だな……」
「そうすると思ってたよ。母さん、いいだろ?」
「ええ、構わないけど。布団は別室に敷く?」
「いいです。今日は寝ないで律さんを見てますから」
帰る開さんに続いて、俺とおばあちゃんも一緒に律の部屋を出る。
廊下を歩きながら話していると、お母さんも話し声に気が付いて居間から出てきた。
「あら玉霰さんが看病してくださるの?でも横になるくらいはしないと駄目よ」
「そうよね。絹、布団一組出してちょうだい。……律の部屋でいいかしら?風邪がうつってしまうかもしれないけど……」
「ありがとうございます。もちろん律さんの部屋で大丈夫です。きっとうつったりはしませんよ、丈夫ですから」
「そう?まあ、律の熱も半分は知恵熱かもしれないしね」
「あれこれ悩んでたものねえ」
「知恵熱?」
まだ帰ってなかった開さんが、この時ようやく口を開いて首を傾げた。
叔父として甥の悩みが気がかりなんだろう。もちろん俺も気になるが。
「卒論のテーマが晶ちゃんと被ったうえに、卒業後の進路もまだ決めてないって話してたの」
「晶ちゃんとねえ……たしかにそれはやりづらいな。ていうか律、進路どうするかまだ決めてないんだ」
「開と玉霰さんと同じ仕事すればって言ったんだけどね」
「?」
そこで、俺と開さんはきょとんとする。
まあ、俺も一応開さんと同じ仕事をしてる人と思われてるか。
律はどうやら開さんのように霊能者じみたことはやりたくないそうで、断固拒否したそうだ。
「ははは、玉霰どうする?律が無職になったら」
「??どうもしないけど」
「養えるの?律のこと」
「ああ、───うん、頑張る」
俺は人間ではないから、人間社会で暮らすためにはどうしたらいいだろう、と一瞬考えたがどうにでもしようって結論に落ち着く。
だがお母さんたちにしてみたら、さすがに一人息子が身を立てられないと言うのは困るのだろう。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、駄目よ、玉霰さんにだけ負担を強いるのは」
「よかったら、律の相談にのってやってくださいね」
相談にのれるかはともかくとして、これから一緒に居ることは当たり前なのでもちろんだと頷いた。



看病の成果がでたのか、翌日昼近くまで眠っていた律はすっかり熱が下がったみたいだった。
俺を抱きしめて眠っていたところを、慌てて飛び起きた。
「え、あれ……玉霰!?」
「おはよう」
「き、……来てた、……の?」
「忘れちゃったの?ゆうべはあんなに俺を求めてきたのに」
ちょっと不満を乗せて言うと、律は俺の格好を指さす。
「いや、でもその格好」
そういえば今は小さい姿ではなくて、成人した男の姿だったなと見下ろした。そして律の服を着ていたので、そのことを言いたいんだろう。
「寝るんで、スウェット借りた」
「いつの間に……」
律がどんなに俺をぎゅうぎゅうに抱きしめて眠っていても、俺が抜け出すことは造作もないのである。
というのはあえて言わずに、にっこり笑ってごまかした。
「どこからどこまでが夢なんだか───あれ、外騒がしいな」
「開さんがいれた業者。桜の木が病気になってるんで、呼んだんだよ」
頭を抱えていた律はやがて、庭の方が騒がしいことに気が付いて布団から抜け出す。
障子を開けて庭に面した廊下に出たら、遠くの方で木を切ってる人影やそれを眺める開さんとおばあちゃんの後姿がある。
「ゆうべ、開さんと来てたんだよね」
「そう。その時の律すごい魘されてて、開さんにヤダヤダって」
「ああ、なんか覚えてる。……青嵐をとられるって思ったんだ」
「ははは。前科あるからな」
縁側に座った律の隣に、俺も座る。すると、少しだけ身体が寄りかかってきて、素直さを取り戻したのかなと小さく笑った。
「玉霰も」
「ん?」
「開さんが全部持って行ってしまう気がして……玉霰は開さんの式神で、僕のじゃないけど」
俺の所有権で言えば確かに律より開さん、ってことになるんだろう。
「自分の立ってる場所がよくわからなくなった」
ぽつりと呟いたきり、律は静かになった。
卒論や進路に悩んだり、自分に降りかかる怪異にいっぱいいっぱいになったり、律は若く未熟な身にたくさんのことを抱えている。
寄りかかってきた律の肩に手を回し、俺も体重をかけた。
「恐れないで、律───俺に関しては」
「え……?」
「俺の存在も、俺の心も、俺を失うということさえも怖がる必要はない。それ以外のことは、俺と一緒に考えよう?」
律の揺れた瞳と、俺の眼差しが交わる。一瞬だけ緑色に光ったのは、昨夜たくさん俺の生気を吸わせたからかも。
鼻先がぶつかり、もっと近づくために顔を傾ける。
その時、風が律の髪の毛が揺らして、俺の肌をさした。
「ふ、くすぐった……、」
一瞬その感触に顔を離しそうになったけど、律がぐっと身体を乗せてきて俺に唇を押し当てた。
笑ってたので、んっと言葉に詰まって変な声が出る。
静かに、だけど何度も俺の口に噛みついてくる律の、肩をそっと押し返した。
俺たちの存在は開さんたちにまだ気づかれてなかったけど、このままじゃいつか見られるだろうから。
「律、そろそろ」
「……ん」
不満そうな律が背後の気配に目を向けようとしたとき、いたずらに頬に口づけて立ち上がる。
「!あ~~もう、さっきからずるいよ!玉霰は……」
「ええ?なあに?なんで?」
俺の差し出した手をとりながら律も立つ。肩越しに開さんたちがこちらに気がつき、手を振るのが見えた。
「ほら律」
「はいはい」
二人で手を振り返して、廊下をぺたぺたと歩きだす。そして部屋に戻って障子を閉め切ってため息を吐いた律が、今度は俺を見てぎょっと驚いた。
「え!?」
「なに?」
「もう着替えてる……」
「あ、スウェットありがと~」
いつまでも人のスウェット姿でいるのは悪いと思って、一瞬で普段着に着替えたのだった。
「どうして……」
「え、洗濯するだろうし。律も着替えな?いっぱい汗かいただろ……あ、風呂入ってくれば」
「はあ~……も〜」
何の落胆だかわからず俺は終始ナンデを繰り返す。
だけど律は教えてくれなくて、重い足取りで部屋を出ていってしまった。
え……大丈夫かな、一人で風呂入って。



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振り回されてる律。部屋に戻ってからを期待してた。
この後お風呂を覗かれる()ので叫ぶ未来が待ってる。
July. 2023

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