Sakura-zensen


春を満たす 01

甲板にいたシャンクスがふいに目にしたのは、青空と海の景色の中を落下していく少女の姿だった。
船からわずかにしか離れていないところで、海に向かって落ちる少女と目が合う。思わず身を乗り出して落ちて行く姿を見たが、次の瞬間には足をかけて船から海へ飛び込んでいた。
故意だったことと、飛び込んだ高さの関係で、シャンクスの方が水中で自由になるのは早かった。少女は落下した勢いで泡を纏いながら沈んでいく。身体の自由を奪われぎゅっと目を瞑っているのが気泡の間から確認できた。
シャンクスが泳いで近づいて行くまでに、少女はぱちりと目を開けてなんとか体勢を整えようとした。
視線はこちらに気づいていたので、泳ぐシャンクスの元へ腕が伸ばされ、それを捕まえる。
「大丈夫か?」
「はぁ、ごほっ」
水面に顔を出すと、思い切り口を開けて、息を吸っている。
こくこくと頷いてはいるが、少し水を飲んだらしく、喉を抑えて苦い顔をしていた。
しょっぺ……と呻いているので、多分そういうことだ。
大丈夫そうだと思いながら船を見上げると、先ほどまで甲板にいた船員が身を乗り出して様子をうかがってくるので声をかける。手を振りたいところだったがあいにくシャンクスの腕は一本しかなくて、小柄な少女が沈んでしまったり波に攫われないようにその身体を抱いているので無理だった。
「お頭ァー無事かー?」
「おー!悪いが縄をおろしてくれー」
「わかった!」
船に寄り添い、少女の肩を押して掴まるように促す。
「ごほ、おえ……」
「海水を大分飲んだか?ここで吐いてもいいぞ?」
「んんん」
苦い顔で首をふる少女に、シャンクスは苦笑した。
小柄な白い手はぺたりと船に貼り付けられているが、やはりこの小さい身体があっというまにどこかへ行きそうで、シャンクスは目を離せないでいる。
「縄おろすぞ」
呼ばれて来ていたらしいベックマンが、ルウと共に上から顔を覗かせ声をかけてくる。
「縄結べるか?」
「うん」
海面におりて来た縄を、少女は自分でたぐり寄せた。一応シャンクスの腕は未だに少女の身体を支えているので助かる。
けれどたぐり寄せた縄をシャンクスにかけようとして来た事には驚いた。
「お、おい、なにやってんだ?」
「船に戻るでしょう?」
「いや、お前が先に行くんだよ」
シャンクスの胴体に縄を回すべく胸元に抱きついてる少女は、きょとんとしながら「お邪魔していいの?」と問う。
何の為に助けたと思ってんだとシャンクスは思うが、とりあえず笑って頷く。しかし少女はシャンクスが隻腕な事が心配だったらしく、ちらりと左腕の方を見る。
「おれは平気だから気にするな」
濡れた手で濡れた頭を軽く叩くと、べちべちと音がした。

少女は自分で手際よく胴体に縄を巻いて、上にいる船員に「おねがいしまーす」と間延びした声で言う。
薄いピンクの髪を長く伸ばし、色白の肌に緑色の瞳をした12、3歳くらいの少女は容易く引き上げられて、船の上におろされ縄を解く。
「ありがとうございます。はい!」
次はシャンクスの番だ、とばかりに傍に居たベックマンに縄の先を渡して来るところは、素直で子供らしいのだが些か落ち着き過ぎているとさえ思う。が、達観した子供も、荒くれた子供も見て来たベックマンたちは、そこに大きな異常性を見出さない。
やがてシャンクスが上がって来たら少女は再度深々と頭を下げてお礼を言うので、またしても濡れた手で濡れた頭を軽く叩きべちべちという音をさせた。
「あれ?おっきい鳥いませんでした?」
「お前をひっかけてた奴なら、諦めてどっかいったぞ」
「残念だったなあ、捕まえて食おうかと思ったんだけどよお」
そういえば、と少女は当たりを見渡すがベックマンとルウは答える。
少女は当初、鳥の足に捕まえられていたのだ。それを、船員の一人が見つけて指を差した瞬間に足を離され今に至る。
「なんだ、お母さんじゃなかったのか」
「え!?」
少女の発言に、多くの船員が目を向ける。
「あれに育てられたのか?」
「気がついたら捕まえられて飛んでたので……お母さんなのか食われるのかどっちだろうと思いました!そっちか〜」
ベックマンは明るい返答にずっこけそうになるが踏みとどまる。すでに他の船員は大半こけているので、自分がこけてる場合ではないのだ。
「まて、今までどこでなにをしていたかも分からねェのか?」
「ん?うーん、普通に暮らしてたはずなんですけど」
「島の名前は?」
「しま……ホントウ?」
「は?」
ベックマンの更なる問いかけも、少女はやはりどこか噛み合ない様子を見せた。
海図を持って来させて見せてみるが、「あれ〜?なくなっちゃったよ」と暢気に呟く。
「島、なくなっちまったのか?」
「うーん?」
どういう意味なのか分からないが、一部の船員は島が滅んだとか沈んだという結末を想像して、表情を曇らせた。
記憶が曖昧のようだから、ベックマンも他の冷静な連中も、少女に深く聞くのは諦めようと思いつつある。
もちろん未知な部分も多い世界であるため、少女が見つけられないだけだとは思うが海図を暫く眺めていた少女は少しだけ寂しそうな顔をしてから大人達を見渡した。
少し、警戒したような様子だ。
立派なジョリーロジャーも、顔に大きな傷のあるシャンクスや武器を携えたベックマンも、あらためて見てから、最後にまたシャンクスに目をやる。
おそらく、今後の身のふりを自分で考えているのだろう。そう察して、ベックマンは少女が口を開くのを待った。
「ここの船員にしてください!」
「は?」
てっきり次の島まで乗せてくれとでも言うと思っていたベックマンは、目を丸めた。
シャンクスもさすがに、楽観的な様子を見せつつもしっかり現状を把握しようとしていた少女が、急に船員になりたいと言い出すとは思っておらず、驚いてから大声で笑った。



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サクラ→GH→OPです。すっごくざっくりしたお話です。まあいつものことですが。
June 2016

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